家の玄関のドアを開けた途端、バタバタと走ってくる足音が聞こえた。
「千早っ!」
余裕をなくした様子で、壱が駆けてくる。
何事かと思った。
「お前!どこ行ってたんだっ!?」
千早の肩を掴むと、真剣な面持ちで尋ねる。
「どこって…梓月の舞台見に行ってたんだよ。」
それを聞くと、壱は安堵したように表情を緩める。
「よかった…。」
「何だよ?」
「……香住が、バイトに行ったまま帰ってこねぇって言うからさ。少しな…。」
壱は、そこまで言って口を閉ざした。
そのまま、ごく自然に千早の手を取って「香住!千早、帰ってきたぞ!」と、声を上げる。
壱には、まるで俺が見えていないようだった。
『少しな…心配した。』
壱が言おうとした言葉は、多分それだ。
普段クールというか、
あまり感情を表に出さない壱の慌てぶりを、俺は初めて見た。
あんな顔を初めて見た。
なぜか分からないが、それが無性に腹が立った。