「…なぁ、千早。」


「あ?」


「…明日!バイト終わったら、ウチの劇団の公演見に来ないか?」





俺は、静かにチケットを差し出す。



心臓が五月蝿くて、気が遠くなりそうだった。






「公演?」


まじまじとチケットを見つめる千早。




俺は不安で、焦ったように口を開いた。


「劇団『みかんケーキ』、夏公演『勇者のてんとう虫』!……俺、初めて主役になったんだ。」


「……劇団の名前、『みかんケーキ』っていうのか?」


「え…あぁ。」


「『みかんケーキ』って…。
主役ってことは勇者役?」


「いや、てんとう虫役だ。」


「…………。」




千早は何とも言えない顔をしている。





ヘタレと言われるかもしれないが、逃げ出したい気持ちに駆られていた。



「黙って来りゃあいいんだよ!俺が誘ってやってんだぞ!」と、今までならサラッと女に言ってきた。



それが、どういう訳か喉の奥に張りついて出てこない。










「主役なんだろ?」


「……へ?」






千早は、小さく微笑した。





「楽しみにしといてやるよ。」






肩の力が、ストンと抜け落ちた。










………千早が来る。

明日、千早が見に来る!






「よっしゃぁぁーー!!」





押さえ切れずに声を上げてガッツポーズをする俺に、千早は笑顔を向ける。




そんなことさえも、嬉しくて。








千早が笑うなら、もう何だって良かった。