「隼人には何もない。」、と冷たい瞳で清香(きよか)は言った。
2年前のことだ。
俺は将来を真剣に考えるほど、清香に入れ込んでいた。
後にも、先にも、恋愛にあれほど溺れたのは、
あの時だけだ。
だから、俺は追いかけ続けた夢を諦めるつもりでいた。
清香と生きていくために安定したまともな職に就こう、と。
けれど、プロポーズをした時、
清香の表情は俺の想像するそれとは違っていた。
レンガ造りの薄暗い喫茶店、
昭和の匂いが残るレトロな店内、
壁に掛けられた紫陽花の絵。
清香は眉をひそめて、俯いていた。
清香は言う。
“隼人には何もない”、と。
― 何年も夢を追いかけて、何一つ結果がない。
…何もないじゃない。
私を、夢を諦める理由にしないで。
そういうのは重いの。 ――
格好悪いとか、プライドとか、
そんなものはもうどうでもよくて、俺は必死で清香に縋った。
けれど、清香が頷くことはなかった。
終わってしまうのは、
酷く呆気ない。
仕事がデキて、芯が強く頑固だった清香は、
何となく編集部の彼女に似ている――。