「…お聞きしても、よろしいでしょうか?」
「何を?」
「朔様は、なぜ強盗を?」
「朔様って何だよ。」
「…………では、朔ちゃん?」
その瞬間、俺は吸っていた煙草をむせた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「………アンタ、いくつ?」
「21です!」
……5つ年下から“朔ちゃん”って………。
俺は、咳払いをしてから口を開く。
「………強盗は借金があったから…と、俺でもやれば出来るって思いたかったから。」
奥田梨子は、首を傾げる。
「…まぁ、度胸試し?……ってサイテーか。」
「……はみ出しちゃったんですね。」
「はっ?」
奥田梨子は、ニコリと笑って言った。
「私も、朔ちゃんも、世界からはみ出してしまったのです。
だから、はみ出した新しい世界で、私達は二人きりなんです。
それは、ステキな事です!」
なぜか嬉しそうに笑う奥田梨子の笑顔は、まるで天使だった。
一点の曇りもなく、罪を犯した天使は笑う。
「…ステキ…か?」
「はい!
せっかくですから、逃亡生活を楽しみましょう!」
「え?」
「大丈夫です!お金には困りません!」
そう言って、重いボストンバックを持って見せた。
「とりあえず…服を買いましょう!」
「……そうだな。」
……俺の格好は目立つからな。
車に乗り込む瞬間、俺は呟いた。
「……梨子、急ぐぞ。」
「………はいっ!」
ありったけの笑顔で天使が笑う。
俺は、どういう訳か、
こんな状況なのに安らぎさえ感じていた。
奥田梨子が持つ、独特な雰囲気と大らかさが、俺に癒しを与えていたのは確かだった。
今にして思えば、
俺はもう、この時には心を動かされていたのかもしれない。
君が俺を“朔ちゃん”と呼んで、
俺が初めて君を“梨子”と呼んだ。
俺たちは、
この世界からはみ出した
自由で愚かな逃亡者。
『……エース・マートに強盗が…
……目撃者の証言によると…………犯人は女性店員を人質に逃走中。
……店内からは…遺体が………被害者は…店長・竹田陽一さん(46)…
……犯人は未だ逃走中で…………人質となっている女性店員の安否が………。』
「朔ちゃんって……。」
「なんだよっ!?」
「…もしかして、センス悪いんですか?」
真っすぐな瞳で問いかける梨子。
まるで、遊びに来ただけみたいな浮かれ気分の梨子に試着を勧められ、そのノリに負ける形で試着室に入った俺。
出てきて、一番最初に梨子はそう言った。
「…う〜ん、やっぱり派手な服がお好きなんですね。」
……センスが悪い、と言われて腹が立たないわけじゃない。
そりゃムカつくさ。
だけど、多分、梨子が言っている事は間違いではないだろう。
俺が試着している服は、
ジーンズ、『ムンクの叫び』のような表情の外国人女性の写真がアップでプリントされた白いTシャツ、その上にド派手なピンクのパーカー。
センス……特に、ファッションセンスが悪いと言われ続けて26年。
………確かに、これじゃ目立つな……。
「朔ちゃんは顔は良いのに、何だか残念ですねぇ。」
「……褒めてるようで、だいぶ失礼な事言ってるぞ。」
俺のツッコミを気にせず、梨子はおもむろに服を選ぶ。
そうして、何着か見繕うと、立ち尽くす俺に渡した。
「きっと、こちらの方が似合うと思います。」
「…………。」
再び、試着室に入って着替え始める。
はぁ。
小さな溜め息を零してから、目の前に広がる鏡に目を向ける。
俺は、はっとした。
……俺まで、浮かれ気分じゃねぇか!
鏡に映しだされる自分の表情は、少なくとも俺が想像する逃亡者のそれではなかった。
もっと緊迫感とかあってもいいんじゃねぇか?
なに、のほほんとしてんだよっ!俺!
ボケって移るのか?
これじゃ逃亡じゃなくて、まるでデート………じゃねぇよっ!!
「朔ちゃん、もうい〜かい〜?」
「うるせぇなっ!ちょっと待ってろよっ!」
「そこは、“まぁだだよ〜”です!」
………かくれんぼう風?
他人が見たら、コレ……マジでバカップルにしか見えねぇんじゃ………。
俺は急いで着替える。
それから慌てて外へ出ると、梨子は上から下までまじまじと俺を見た。
「やっぱり、こっちの方が似合います!
バッチグーです!」
……バッチグーって久々聞いたな…。
梨子は、天使の微笑。
「朔ちゃんはシュッとしていらっしゃいますから、ロングのカーデが似合います!」
梨子が選んだ服はジーンズに、柄の一切ないシンプルな白いTシャツと、軽くてさらりと羽織れる感じの黒いカーディガン。
センスのない俺には、何が似合って、何が似合わないのか、
いまいち分かんねぇけど………まぁ、これなら目立たないな。
「次は、私の服です!」
「あ、あぁ。」
梨子が、俺の腕を引いて歩きだす。
……逃亡生活にしては、かなり緩い………。
だけど、変に塞ぎ込んだりせずにいられるのは、
やっぱりこの子のおかげなんだろう。
俺は、心の内で呟いていた。
花柄のワンピースに、ミリタリー系のベスト……。
デニムのバギーパンツに、Tシャツ、ハット……。
女の買い物は時間がかかる…………でも、コイツの場合、少しズレてる気がする……。
片っ端から次々と試着して、出てくるたびにいちいちポーズをキメる梨子。
……これじゃ、ファッションショーじゃねぇか!
半ば、呆れ気味の俺の横で、高い声の店員が口を開く。
「可愛い彼女さんですねぇ〜。」
「はぁ……。」
………可愛いとか、言われなくても分かってるよ。
喉元まで出かかった言葉を、俺は呑み込んだ。
また別の服に身を包んだ梨子は、ポーズをキメるとウィンクまでした。
俺は、そそくさと目を逸らす。
波が揺れるように騒めく心、俺は気づかなかった事にする。
梨子は思う存分ファッションショーを楽しんで、
結局、エスニックっぽい柄のロングのワンピースに、ブラウンのフリンジベスト、白いサンダルで落ちついた。
「お腹空きませんか?」
「あぁ、そういえば…。」
「次は、ご飯を食べましょう!」
せっかくですから逃亡生活を楽しみましょう!、
その言葉通り梨子は、奇妙な逃亡を楽しんでいるらしい。
スローなリズム、
軽やかでゆったりした梨子が持つ空気に、俺は馴染み始めていた。
それは、不思議と居心地がいい。
気を引き締めなければ、
俺たちは逃げているんだ、という意識さえ空高く飛んでいってしまいそうな気がした。