肩で息をするあたしに、モモは言った。



「……告白は?…どうだった?」


「………っしてない!」




数秒の間ができた。





「してないって……何でまた!?」


「する必要…なくなったから。」



モモは、意味が分からない、という表情。



思わず、あたしは笑った。





「って、エリー!?足どうしたんだよ!!?」


「え?」




自分の足に視線を落とすと、親指と小指の外側から血が滲んでいる。



「あ、大丈夫、大丈夫!
たいした事ないって。」




笑って言うあたしを見て、モモは唇を噛んだ。


それから、黙って背を向けて屈みこむ。






「……送る。今日、チャリじゃねぇから乗れ。」


「…って、な、なに言って!?無理!無理!!」


「いいから!」


「モモが潰れる!!」


「潰れない、潰れない。
………そんな足で歩かせるわけいかねぇだろ。俺が嫌なんだよ。」














……まさか、自分の人生で男子におんぶされる日が来るとは…………。






「お、重いよ?」


「重くない、重くない。」






モモの背中に、身体を預ける。








あたしの足は、地上を離れた。






………これは、ヤバくないか?




自分の耳に響く、自分の心臓の音。


背中越しに、モモにも聞こえているかもしれない。







「モモ…。」


「ん?」


「………ありがと。」


「な、何だよ、急に…。」


「モモ。」


「え?」


「あの大きな観覧車、『星空観覧車』っていうんだって。」


「へぇー。」


「………今度、一緒に乗ってくれる?」


「……いいよ。」


「…モモ。」


「ん?」


「ばぁか。」


「はっ!?」





















どうか、あたしの心臓の音、

モモに聞こえていませんように。




















― 「いつまで、ついてくんの!?」


「どこまでもっ!」 ―











「アイツ、マジ死ねばいいのに!!」


美帆は、吐き捨てるように言った。

ファーストフード店で、ポテトを食べながら眉間に皺を寄せる。



「まぁ、まぁ。」



あたしは、美帆を宥めながらポテトを口に入れる。


二人で一つのポテト。




金のない女子高生であるあたし達にとって、変な話、ポテトは身近な高級品だった。






「もう!なんで人生って、うまくいかないの〜。」


美帆は、テーブルに突っ伏してしまう。






8月、
外の暑さとは対照的に店内は冷房により涼しく、あたしは窓ガラスの向こうを忙しなく行き交う人々を眺めていた。







夏休みに入ってすぐ、美帆は立花くんとケンカをしたらしい。




女子も男子も入り混じって遊びに行ってしまう彼氏……美帆には、それはもう、グループデートにしか見えないようだ。





それについて二人は口論となり、ついでに立花くんは言ったそうだ。



美帆は嫉妬深くて束縛が激しすぎる、と。


うんざりする、とまで。








それで、美帆はすっかりこの調子。










「進路にしたって、そうだよ…。
あたしは上京して専門学校に行きたい、あっちは地元の大学に進学したい。
……遠距離なんて、ぜったい無理!」


あっち、というのは、無論、立花くんの事。





「…エリは良いよねぇ〜。」


「へ?」


「恋の始まりって、実は1番楽しい時だったりするじゃん。」




あたしは、美帆にモモの事が好きだと話していた。






恋の始まりが1番楽しい?



付き合ってからが1番楽しいんじゃないの?






そう思ったけど、口にはしなかった。










正直、楽しいというより、悶々としている。




夏休みになってから、あたしはモモと一度も会っていなかったし、連絡を取ってもいない。






ダイエット大作戦は終了してしまった。



会うにも、連絡するにも、理由というか口実が必要だと思う。







でも、それがさっぱり思いつかないわけで…………。













思えば、自分からモモに電話をした事も、メールをした事もない。






好きだ、とか思った途端に身動きがとれなくなるのはなぜだろう。




大体、モモには好きな人がいる。


…………これって、既にあたし終わってね?








「進路だってさぁ、エリの成績ならそれなりの大学行けるだろうし。
いいよなぁ〜。あ〜ぁ。
あたしも頭良く生まれたかった〜。」




美帆の言葉に、あたしは心の中で呟く。





あたしはアンタが羨ましい。







美帆は何だかんだ言いながらも彼氏がいて、それだけでもあたしから見れば勝ち組で。




進路にしたって、舞台関係の裏方スタッフになりたいという立派な夢を持つ美帆。








あたしには、何もない。




やりたい事も、


将来の夢も。







何度となく配布される進路希望のプリントを白紙のまま提出するあたしに、さすがの菊りんも渋い顔をする。












大学に進学するとしたって、やりたい事も何も見えてないのに行く意味なんてあるのかな……。







……モモは、どうするんだろう。




芸人になりたいって言ってたけど………。









みんな、そうやって何かを見つけてるのに……なんか、あたしだけ取り残された気分だった。







「エリ!明日の夏祭り、二人で行こうねっ!」


「えっ?だって、立花くんは?」


「いいの、いいの。あんなバカ、もう知らないし!
浴衣着てさぁ、女二人で楽しもうよ!ねっ!ねっ!」




明日は、この町でもう何百年も前から続く夏祭り。


商店街が連なる大通りは歩行者天国になり、たくさんの夜店が立ち並ぶ。




夜には、花火も上がる。






「うん、じゃ行こっか。」


あたしは、笑って頷いた。














……………あの女!!!






白地に、ピンクの蓮の花柄の浴衣に身を包み、あたしはすっかり日の落ちた空の下で美帆を待っていた。










けど………あの女ときたら、もう30分も遅刻だ。





携帯電話にかけてみても、留守番電話になるだけ。



途方に暮れて立ち尽くすあたしの前を、浴衣姿のカップルやハシャぎまわる小学生のグループが通り過ぎていく。






あたしは、溜め息を吐いた。








なんか……バカみたい…。