モモはベンチから立ち上がると、自転車に跨って言った。



「エリー、乗って。」





…………乗って?




「はっ!?」


「エリー、頑張ってんじゃん?
帰りは送ってやるよ。ほら。」



モモは手招きしている。




あたしは戸惑いながら、立ち上がった。



「あ、あたし重いから。いいって。」


「なに遠慮してんだよ。ほらっ。」



あたしの腕を掴んで、モモは自転車の後ろに乗るよう促す。






………まさか、自分の人生で男子と自転車を二人乗りする日が来るとは……。







「じ、自転車潰れても知らないからねっ。」


「なぁに言ってんの。
潰れない、潰れない。」



モモは笑う。






あたしは、どこに掴まればいいのか一瞬悩んだ末に、結局モモの肩に手を置いた。



それを確認するとモモは、落ちるなよ、と言ってペダルを漕ぎ始めた。














さっきまで生温かったはずの風は、少しひんやりとしていて気持ちがよかった。






彼氏いない歴=年齢のあたしにとって触れているモモの肩は未知だった。



骨張った感じとか、

硬さとか。




男の子って、こんなに自分と違う生き物なのか、とぼんやり思う。






そんな事を考えている時にモモに、エリー、と呼ばれてドキリとした。





「……なに…?」


「エリーの恋、叶うといいなぁ。」




恥ずかしげもなく、自然にモモは言ってのける。



でも、逆に恥ずかしいのはあたしだ。




照れくさく、むず痒く。





こういうストレートな言葉に、あたしは恐ろしい程慣れていない。
























モモの顔が見えなくて、

モモからもあたしの顔が見えなくてよかった。



あたし、きっと今、変な顔してるから。




















― 楽しい。


モモの笑顔は、人を引きつけるから。 ―











金曜日。


放課後のいつもの公園で、ランニングから戻った後でモモは言った。





「明日は学校も休みだし、カラオケ熱唱ダイエットだ!」







最近では、けっこう慣れてきたけど、モモは突拍子もない事を突然言いだす。




カラオケ熱唱ダイエットというのが、モモの思考のどこから湧いてきたんだろう。



つい今の今まで、ランニングという古典的なダイエット方法をやっていたのに……。






でも、たまには気分転換も必要じゃん?、とニッコリ笑ってモモが言うから、あたしはそれ以上何も言えない。








………ずるいよなぁ。

あんな笑顔見せられたら、もう何も言えないじゃん。











そして、土曜日。



昼下がりから集まったあたし達は、そのまま駅前のカラオケ店へ直行した。






モモは、タンバリンまで持ってノリノリ。



あたしは、もはや苦笑するしかない。






1曲目、最新ヒットナンバー…………。




2曲目、アゲアゲ☆ノリノリ系…………。




3曲目、HALUの最新シングル曲…………。




4曲目、話題のドラマ主題歌…………。




5曲目、夏を盛り上げるアゲアゲ☆ヒップホップ…………。








………ってか、あたししか歌ってないんだけど!!?



5曲連チャンって!!?


5曲連チャンって何だよ!!?





しかも、モモが勝手に曲入れるから………ヒップホップなんて人生で初めて歌ったけど!!?







……あたしが歌っている間中、モモはタンバリン片手にノリノリだった。










「え〜っとね、じゃあ次はHALUのアルバムから。」


「ちょ、ちょっと待って!!それ、モモが歌うんだよねっ?」


「エリーに決まってんじゃん。」



はぁ!!!?




「何で、モモは歌わないの!?」


「だって、カラオケ熱唱ダイエット!
俺が歌っても意味ねぇじゃん?」







…………マジっすか?



……これなら…ランニングの方がマシだったかも…………。






「ほら!マイク持って!
歌って!歌って!」







ノリノリのモモは、120%の力で盛り上げているらしい。





……あたしも、120%の力で歌えって事ですよね…?




カラオケって…こんな体育会系だっけ……?



しかも、ウチらってフリータイムで入っちゃってるよね……?








意外とマジメでスパルタなモモのダイエット大作戦。




はて、一体あたしは何時間歌わされるんだ………?















声が…………声がぁ!!






およそ7時間後、連続で歌わされ続けたあたしの声は見事にかれた。




「やり過ぎちゃったかなぁ。」


モモは苦笑する。





………やり過ぎちゃったかなぁ、じゃねぇよ!!




マイクを持ち続けた右腕もいい加減痛い。





「あっ!じゃあさ、ゲーセン寄ってこうよ!」




カラオケ店の向かいにあるゲームセンター。



すっかり夜になって、派手でバカげた明かりを放つその建物をモモは指差す。






……“あっ!じゃあさ、”って…その発想いったいどっから来るんだよ!





モモは、カラオケの余韻が残っているのかノリノリだ。



「プリクラ撮ろう!プリクラ!」


「やだ。」


「なんで?」


「じゃじん…うづり、悪いがら。」


ガラガラの声で答えるあたし。

しかし、抵抗も虚しくモモは言う。




「うん、気にすんな!」







一言で片付けるなよ……。










「ほら!エリー、笑って!!」



終始、仏頂面のあたしにモモが言った。





………笑ってって言われて笑えるかっ!



小さい頃から苦手なんだよ、写真って。






もちろん、美帆とプリクラを撮る時だってある。



……あるけど、開き直って無理してる自分に気づいた時の虚しさったら酷いものだ。






「じゃあ、俺が笑わせてやる!」


「はっ!?」


「それではぁ、3組担任・菊りんのモノマネからぁ。」



モモは、菊りんの声マネを始める。


ノイズがかかったような、特徴的な菊りんの声マネだ。




「えーっと、じゃあ、次の授業までに提出するようにー。」





……まぁ、似てなくもないが…。







笑わないあたしを見て、それでもモモはめげない。