モモを好きにさえならなかったら、あたしは気づかずにすんだのかもしれない。
嫉妬とか、ヤキモチとか、そういう面倒なものを知らずにすんだのかもしれない。
こんな汚くて行き場もない、救いようのない虚しい感情知りたくなかった。
自分の中に、そんなものがあるなんて知らない方がよかった。
外見だけじゃない、あたし……なんか、中身まで腐ってるみたいじゃん。
モモだって……ズルいよ…。
こんなに惚れさせておいて、こんなの……。
どうしようもなくイライラして、バカみたいに不機嫌で、悲しくて、悲しくて。
腹立たしさと自己嫌悪の塊だ。
………立花くんに、束縛と嫉妬でうんざりする、と言われた美帆。
メガネと話しただけで、睨んだり、嫌味を言っていたチビ。
二人の気持ちが、初めて分かった気がした。
嫉妬する気持ちなんて分からなかったのに。
………それから、同時に怖くなった。
あたしは今、美帆やチビと同じような顔してるんだ。
嫉妬に溺れて、感情のコントロールが出来なくなった……酷く、可哀相な顔…。
歩いて、歩いて、横断歩道の赤信号で足を止めた。
軽く息が上がっている。
マンションとマンションの隙間から覗く夕闇の空。
隣に並んで信号待ちをしている女子高生が放つ、キツい香水の匂い。
泣きたい。
泣いてしまいたい。
でも、こんなところで泣くもんか。
バカじゃあるまいし。
赤信号、点滅。
バカ信号っ!さっさと変われっ!!
― 疑って、疑って…
結局、あたしはモモを信じられなかったんだ……。 ―
風が、秋の匂いを連れてくる。
それでも、真夏の暑さは残っていた。
地球が太陽で溶かされでもして何もかもなくなってしまえばいい、
あたしはどこか遠くでそんな事を思っている。
モモと、ケンカをしたわけでもなければ、別れたわけでもない。
周囲から見れば、あたし達はうまくいっているように見えただろうし、バカップルだと思っている者もいるだろう。
実際、あたし達はうまくいっている。
けれど、あの日からあたしの心に小さな穴が開いてしまっているのも事実だった。
でも、あたしは、それを口にするなんてしない。
ウザいとか、重いとか、思われるのは絶対に嫌だ。
全部、見なかった事にしたらいい。
何も、気にしなければいい。
それが、あたしの出した結論だった。
あたしとモモは、付き合っている。
それで、いいじゃない。
文化祭当日。
未だに汗ばむ、秋晴れの日。
朝早くから登校して、クラス全員でカレー作り。
寸胴鍋を調理室から教室へ移す。
“『カレー食堂3の3』。
チキンとポーク、2種類のカレーに豊富なトッピングをご自由にどうぞ。
看板メニューは、絶品『焼きチーズカレー』!!”
そんな宣伝用チラシの束を片手に、あたしはそれぞれに任された作業をこなすクラスメート達を眺めている。
クラスで揃えた山吹色のTシャツには、左胸に『3ねん3くみ魂』とデザインされている。
その、今になって考えてみると恐ろしく滑稽なTシャツを着て、むせるようなカレーの匂いにあたしは眉をひそめた。
教室の飾り付けに精を出す美帆は、最近ずっと機嫌が悪い。
立花くんとのケンカが長引いているのか、二人が話しているところも、カーテンの中でのイチャイチャ劇場もめっきり見なくなった。
モモのクラスは『メイドカフェ*3年1組』。
愛らしいメイドの衣装に身を包んだ同級生の女子と、何度か廊下ですれ違った。
モモも、メイドのコスプレをするらしい。
昨日、文化祭準備ですっかり遅くなってしまった帰り道でモモは言った。
意外と可愛い俺のメイド姿楽しみにしてろよ、と。
無邪気な笑顔だった。
あたしは、その時、なぜか寂しくなった。
………寂しかった。
文化祭は盛況。
校庭では、特設会場が作られてミスコンなんてものまでやっているが、あたしには全く関係のない話だ。
ミスコンと同じく、『制服王子コンテスト』なんてものを毎年やっている。
これはうちの高校の文化祭の名物といってもいいものなのだが、2年連続優勝を果たしているのが我がクラスの志木くんである。
今年、優勝すれば3連覇だ。
しかし、忙しく廊下を駆けずり回っていたあたしは、アイスキャンディー片手にぼーっと立ち尽くす志木くんを見つけて驚く。
今まさに、校庭では『制服王子コンテスト』真っ只中なのに。
「志木くん!?」
「あ。蒼井さん。」
「制服王子コンは?
校庭で、今やってるよ。」
「へぇ。」
……へぇって………。
呆然としているあたしに、志木くんは言った。
「俺、興味ないんだよね。」
「へっ?」
「1、2年の時はクラスの連中に強引に出されただけだし。
人前に立つのって、苦手なんだ。」
……学校の王子様が人前に立つの苦手………。
なんだか、意外だ。
「……だから、行かないの?」
「そ。アイス食ってる方がいい。」
………マイペースな人だ。
独特というか……。
それにしても、遊園地に行った時は緊張して会話を続けられなかった志木くんと、今では普通に話せている。
全く、不思議なものだ。