あと3段……2段……。
 

「あー!! 限界だぁっ!!」
 
 
気分はゴールしたばかりの長距離ランナー。
 
陸が差し出した手のひらにハイタッチすると、パシンと良い音が鳴り響く。
 
そのまま陸のPUMAの黒いエナメルのカバンに倒れ込むと、なんとも言えない匂いがした。
 
 
「くさっ……これ、くさいよ……」
 
 
「あぁ、それ多分スパイクの匂い。そろそろ新しいの買わなきゃと思ってんだけど、どれがいいか悩んでてさぁ」
 
 
カバンの外にまで匂いが漏れてくるなんて。
 
実物はどれだけの臭気を放ってるんだろう。
 
 
「まずは、誰の着用モデルが良いかって話になるじゃん? 俺はさぁ……」
 
 
だいたい何の匂いなんだよ。
 
 
……汗?
 
 
「ぉうぇ……」
 
 
カバンの中の匂いを想像しただけで吐き気がした。
 
最悪だ! 朝から最悪の気分だ!
 
 
「やっぱ日本代表がいいかなぁ、でも海外選手のも捨てがたいしなぁ……」
 
 
どうして男子ってこう不潔なんだろう。

なんか年々不潔になっていく気がする。

思わず眉間にシワが寄る。
 
 
「志津? 聞いてる!?」
 
 
「うるさい!120円を全部10円玉で払ってる分際で、スパイクなんか新調すんな!どうせ臭くなるんだから!」
 
 
陸の顔が硬直する。
漫画なら“ガ―ン”という効果音が入りそうだ。
 
私は立ち上がると、陸を置いてさっさと歩き出した。
 
 
「お、お前なぁっ!!」
 
 
うしろからは、立ち直りきれていない負け犬の遠吠えが聞こえてくる。

10年前だったら「志津~、待って~」という泣き声が聞こえてきた筈だったのに。
 
なんとも言えないやるせなさで、カバンを持つ手に思わず力が入る。


陸だって昔は小さくて女の子みたいで、可愛かったのに!