Shall we Skate!-はじめてでも滑りたい!-

高校3年生、夏休み。
将来何を目指すのか決まらないまま、僕、結城綺羅(ゆうききら)は大学のオープンキャンパスに参加していた。
大学のキャンパスは、高校とは比べ物にならないくらい広い。
朝一で大学に足を運んだ頃にはジワジワと鳴き声を上げていた蝉の声もいつの間にかやんでしまうくらいにその日は暑かった。
工学部棟実験室で実験体験をしたり、神学部の先生が構内のホールで講話をするのを聞いたりしながら敷地の中を歩いていく。

「スケート体験、しませんか?涼しいよ!」

体育館だろうか?と思ってスルーしようとしながら歩いていた先で、大学生の女性の人が僕に声をかけてきた。
笑顔で僕に話かけてきた女性が着ているTシャツには、大学の名称とフィギュアスケートクラブという英語の文字がプリントされていた。
掴まれた腕に触ったひんやりとした手が冷たくて気持ちいいなと思った瞬間に、背中を押されて背中から声が室内に飛ぶ。

「一名さまご案内!」

僕の他にも別の人にキャッチにつかまった何人かがスケートリンクの中に案内されると、扉が閉められる。
冷たい空気が一気にまとわりついてきて、吐いた息が一瞬白くなった。
なにこれ。涼しい。天国か。

「君、足のサイズ何?いつも履いてる靴のサイズでいいよ」
「26」
「耀光(ひかり)、あんたのこの前潰したやつある?」
「めろめろでよければ」
(めろめろ・・・??)

どうしていいのか分からないまま立っていると、”ヒカリ”と呼ばれた男性がリンクの真ん中からこちらのサイドまでひとけりで滑ってくるとスィっと目の前で止まった。
スラっと立った姿が綺麗で、僕をみとめると涼し気な目元が一瞬細められる。

「ちょっとまってね」

彼はスケートの靴の銀色の刃の部分についた氷を払いおとすと、プラスチックのカバーをはめこんだ。
ロッカールームらしきところから帰ってきた時には、彼の手に黒いスケート靴がつかまれている。

「空いてる椅子、座って」
「はい」

言われるままに返事をして、リンクサイドの椅子に腰をおろすと彼が僕の前にひざまずいた。

(ええ!?)

何をされるのだろうと慌てていると、しゃがみこんだ彼が顔を上げる。

「手袋は?」
「あ、ない・・・です」
「予備のがいるな・・・」

言いながら、靴を脱いだ僕の足に彼が持ってきた靴が履かされる。
かかとをトントンと打ち付けると、手早く紐が結ばれていく。

「ちょっと、首が折れるから、キツめに結ぶな」

足首までぎゅうぎゅうに締められると、立ち上がって跳びはねるように言われる。

「先輩、オッケーです。手袋とヘルメットお願いします」
「あいよー」

流れるように渡された手袋とヘルメットを装着すると、人生で初めて氷の上に立つことになった。
リンクの周りに張り巡らされているゴムの床の上を何往復か歩く練習をしてから、氷の上に立つことになる。
説明をしてくれたのは、3年生の主将の先輩らしい人だった。

「氷は蹴るんじゃなく、歩く!足踏みをするように」

こう!と主将の先輩が指さす先で見本として歩いていたのは、先程から使いっ走りにされているらしいヒカリ、さんだ。

「こけそうになったら、まぁコイツとかに抱きついてOKなんで」
「ばっちこいです。なおこの先輩でも大丈夫なんで。」

あはははと笑い飛ばす和やかな雰囲気を見せる中で、立っているだけで足がぷるぷる震えているメンバーが複数いる。
僕はというと、何故か氷の上に立っているのに微動だにしない感じで立てている。

「ほんっとうに・・だきつ・・き・・ます、よ・・・!」

僕の隣にいた女性は半分涙目になりながらぷるぷるしていたが、僕と違ってコミュ力が高いのかするっと甘える言葉が口から飛び出していた。

「紗有里(さゆり)、この子に付いて。俺だとセクハラでしょ」
「しょーがないなぁー」

ヒカリさんが女性を呼びつける。さっき表でこのスケートリンクへと僕を勧誘していた女性だ。
しゅるんっと、僕の隣の震える女性の隣にサユリさんが立つと、彼女の手を取った。
そうして、ぷるぷる震える組は先輩になる人に手を引いてもらいながら、僕にいたっては少し放置プレイにされながらリンクの中を歩く。
歩いているうちに滑る感覚が分かってきた頃、広げていた手が不意に掴まれる。

「上手じゃん」
(ヒカリさんだ)
「少し、揺らすよ」

滑る方向に手を引っ張られ、また反対の方向へと腰を押される。
冷えた風が頬を撫でていく。
彼の力を借りて加速していくのがわかる。

「・・・こわ」
「くない。俺が持ってるから」

言葉通り、ヒカリさんに手を握られているうちは怖くなかった。
そのまま一緒にしばらく滑るとゆっくりと握られていた手が離される。
自走してスピードが落ちてくると、頬を撫でていた風が感じられなくなっていく。
気づけばヒカリさんは、僕とは違ってまた別の男子高校生の手を引いていた。

――――もうちょっと、一緒に滑っていたかったのに。

頭の中に浮かんだ言葉に、僕は首を横に振った。ら、よろめいた。

「うわっ!」

ぐらぐらっと視界が揺らいで、体がうなぎみたいにうねうねっとなる。
僕の様子に気づいたヒカリさんが、その一瞬の間に僕に駆けつけると躊躇なく力いっぱい僕を抱きしめた。

「!?」

ビクッとなった瞬間に、一本の木になったような気分になる。
そして完全に静止した。
それとは裏腹に、動悸がうるさいくらい耳についていた。

「・・・あ・・・えと・・・」
「ゆっくり、離すよ」

言葉通り、ゆっくりとこめられていた力が解放されていく。
何事もなかったかのように平然とした表情で僕を正面から見つめ、目が合ったらにこっと笑った。

(なんなんだ!)
「耀光(ひかり)なーいす!」
「同性はノーカンでおねしゃす」

ぺこりんとお辞儀をすると、ヒカリさんは僕からスッと離れた。
だけど、僕の動悸はおさまりそうにない。
それからのスケート体験の記憶は曖昧だった。
スケートリンクから上がって靴を脱いて履き替えていたら、3年生の主将の先輩にヒカリさんはわしわしと髪を撫で回されて笑っているのが見えた。

「大学(うち)に入ったら、サークルは是非フィギュアスケート部にきてねー!」

今日いたらしいメンバー全員に手を振られて見送られながら、僕のオープンキャンパスは終わった。


あの出会いから半年。
センター試験をへて、その大学へと進学が決まった春。
僕はそのキャンパスにまた再び足を運ぶのだった。





*************************




――――1回生春。


大学のオリエンテーション期間には、授業の登録やサークルの新入生歓迎会が行われる。
運動部系のサークル、機械科、コーラス、配られるチラシを手にもみくちゃにされながら大学ですごす日々が始まる。
どの科目が単位が取りやすいだとか、この教授は厳しいだとかエトセトラ。
シラバスを見ながらとる科目を選らんで一息。
僕は入るサークルを既に決めていた。
並べられているそのテーブルのひとつにまっすぐに向かった。

「「フィギュアスケート部!入ります」」
「あ」「え」
「ああ!」

僕と声がハモったのは、たしかアノ時、隣にいた女性だ。

「抱きつかれてた人!」
「違うんです!」

完全に語弊があるような言い方だが、その子の言葉にテーブルに座っていた二人の先輩になる人たちが顔を見合わせる。
間髪入れずに否定ができてよかった。いや、よくない。

「抱きつかれてた人?」
「誰が抱きついたって?セクハラ?」
「知ってるやついるか?」
「違うんです!ヒカリさんは僕がこけるのを止めようと―――」

僕の言葉を聞いて、顔を見合わせていた二人が怪訝な顔を浮かべる。

「耀光(ひかり)?」「おい耀光(ひかり)呼んでこい」
「じゃなくて入部!」
「え?あぁ、入部?」

一人がスマホをいじり始める横で、もう一人がテーブルの上に広げていた入部希望者の名前を書く用紙を指さす。

「ここに名前と学部を書いて―――耀光(ひかり)は?」
「すぐ来いって言いました。既読もついてる」
「もういいですって」「わ、私も変なこと言って・・・」

会話をしている間に少しだけ息を切らせて走ってきた姿が現れる。
忘れもしない。すらりとした姿勢に涼し気な目元の彼だ。

「耀光(ひかり)、抱きついたって」
「え?」

言いながら彼は僕と隣の彼女を振り返る。

「俺、紗有里(さゆり)以外にはちゃんと許可とって――――」
「や、こっちの子」

言いながら僕を指さす。
一瞬考えるような表情になったあとに、ぽん、と彼は自分の手を打った。

「えぇ、あぁ・・去年のオープンキャンパスの?ほんとに入ってくれるんだ!」

僕の顔を見た瞬間に、あの時一瞬見せてくれた笑顔が向けられて覚えてくれていたんだという思いとともに僕の鼓動が一瞬跳ねた。
それから、彼は僕の手を握るとぶんぶんと上下に振ってみせる。

「スケート沼にようこそ。で、名前は?」
「ゆ、結城綺羅(ゆうききら)」
「キラか、いい名前だね。君は紗有里(さゆり)が相手してたっけ?君の名前は?」

僕の名前を聞いたあとに、僕の隣にいた彼女にも名前を聞いていた。

「あ、わたし、は・・・神尾柚月(かみおゆづき)で、す」
「神尾さん、ね。キラくんと神尾さん、キラくんと神尾さん。俺忘れっぽいからまた聞くかも。へへへ」
「笑ってるんじゃない」

ぱこんと、テーブルにいた男性の片方がヒカリさんの頭を軽く殴った。

「不可抗力ですってば!」
「あとでゆっくり聞くぞ」
「ホントですって」

ヘッドロックをされながら、うりうりと拳で頬をこする攻撃を受けているのを見ながら「マジでごめんなさいと」心の中で謝る。
元はといえば、この彼女・・・えーと、神尾・・・さんの言い方のせいだ。

「まあ手が早い耀光(ひかり)のおてつきなんだったら、面倒みろよ」
「ちょっと言い方!言い方!明後日の、夕方から歓迎会あるからよかったら来てね」

ひらひらと手を振って別れてからの歓迎会の日。
和気あいあいと見えたフィギュアスケート部だった。
が、だ。
入部して練習の初日、整列させられた中でサークルの中では最高学年の3回生の先輩が厳しくルールを説明した。
リンクに入る時は礼。
集まって指示を出す時は、リンクの中央部分へ。
学校以外のリンクを利用する時は、一般のお客さんの迷惑にならないように。
練習のメニューは学年が一つ上、2回生の先輩が基本的に指示を出すというようなことを細かく言い渡される。
なんでも聞きやすいように、ということでブラザーなるものの指定も同時にされた。
早速噂が回ったのか、僕のブラザーになったのはヒカリ――耀光――さんだ。
そして、入部希望を一緒にだしていた神尾さんは、耀光さんとよく一緒にいる紗有里さんがブラザーになった。

「よろしくねえ!」

紗有里(さゆり)さんと神尾さんが握手を繰り広げている横で、僕も耀光(ひかり)さんと握手を交わす。
その耀光(ひかり)さんを紗有里(さゆり)さんは小突きながら、笑って僕に言う。

「耀光(ひかり)になんかされたら私に言うのよ!キラくん?だっけ」
「ヒトを見境ない何かみたいに言うなよ」

むしろ期待をしているようなキラキラした目で僕をみた紗有里(さゆり)さんはにこにこと笑っていた。
紗有里さんは、小柄でザ・女の子!という雰囲気の可愛らしい女性だ。

「まあ、何でも聞きたいことあったら聞いて」
「えっと、じゃぁ耀光(ひかり)さんと紗有里(さゆり)さんの関係は?」
「パートナー」「弟」
「そうなんですか」
「そーなのー」

ずばっと聞きにくいことを神尾さんが聞いてくれてその答えが知れたことに僕は何故かほっとしてしまった。

「・・・・姉弟なんだ・・」

僕は口の中で呟くと唇を引き結んだ。