鬼神様の花嫁になった私を、親友は笑顔で呪っている

 あの騒動からしばらくが経った春宵の日。
 満ちた月に照らされて夜桜が美しい夜に、私は黒嶺の隣に立っていた。
 儀式のために用意された白無垢は、銀糸の刺繍が美しいものだった。
 黒嶺は私の手を取り、そっと指先に口づける。

「怖いか」
「少しだけ」
「ならば、俺の手を離すな」
「はい」

 神力を受け継ぐ儀式が始まる。
 黒嶺の胸元から、淡い金色の光が溢れた。
 その光が私の身体を包み込む。
 
(温かい……)

 まるで春の日差しのようだった。
 私は初めて自分の中に眠っていた本当の神力を感じた。
 弱いと思っていた力。何も持っていないと思っていた自分。
 けれど私は何も欠けてなどいなかったのだ。
 儀式が終わると、黒嶺は私を抱き寄せた。

「これで、お前は正式に俺の花嫁だ」
「はい」
「もう人間の世に戻る必要もない」
「……黒嶺様は、私がここにいることを望んでくださいますか?」
「当たり前だ」

 黒嶺は私の額に口づける。

「俺は千年もの間、孤独だった。人間は俺を恐れ、神々は俺を利用しようとした」
「そんな……」
「だが、お前だけは違った」

 黒嶺の指が、私の頬を優しく撫でる。

「お前は俺を鬼神ではなく、傷ついた一匹の獣として見てくれた」
「黒嶺様……」
「だから、今度は俺がお前を守りたい。お前が笑っていられるように、これから先のすべてを共に過ごしたい」

 私は黒嶺の胸に頬を寄せた。

「私も、あなたと一緒にいたいです」
「本当に?」
「はい。もう、誰かの望む私になる必要はありませんから」

 黒嶺は目を細めた。そして花も霞むような微笑を浮かべたのだった。

「そうだ。お前はお前のままでいい」

 私を抱きしめると、そのまま抱き上げる。片腕に私を乗せると、そのまま歩き出したのだった。

「俺の花嫁。俺のたった一人の愛しい女だ」

 その言葉に、胸がいっぱいになった。
 ふと、庭の桜が風に揺れる。
 黒嶺の屋敷で迎える初めての春。傍らにいるのは親友と思っていた幼馴染みではなく、これから生涯愛する私の夫となった鬼神であった。
 私は黒嶺の抱き締める様に身を寄せると、微笑んだのだった。

「黒嶺様」
「何だ」
「私、幸せです」
「……そうか」

 黒嶺は少しだけ照れたように視線を逸らした。

「ならば、俺も幸せだ」

 それから黒嶺は、私の唇に優しく口づけた。

「んんっ……」

 もう誰かの顔色を窺わなくていい。
 誰かの幸せを優先して、自分を犠牲にしなくてもいい。
 私は私の意思でこの人を愛していて、この人も私を愛してくれている。

「これからも、お前と共にこの春を迎えたい。俺の手で必ずお前を幸せにしよう、俺の愛しい花嫁――」

 かつて私に「あなたの幸せを願っている」と微笑んだ親友は、もういない。
 けれど、彼女の呪いが解けた今、私はようやく自分の人生を歩き始められた。
 黒嶺の腕の中で、私はもう一度笑った。
 ――今度こそ、誰にも奪われない幸せを抱きしめて。

 了