鬼神様の花嫁になった私を、親友は笑顔で呪っている

 翌日、私は黒嶺に頼み込んだ。

「梨々子に会わせてください」
「会ってどうする」
「直接話がしたいのです。何かの間違いなら、謝りたいですし……」
「お前が謝る必要はない」
「それでも、確かめたいのです」

 黒嶺はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。

「わかった。ただし、俺も同席する」

 数日後、梨々子が屋敷を訪れた。
 彼女は以前と変わらず、美しい笑顔を浮かべていた。

「小夜子!」
「梨々子……」

 駆け寄ってくる梨々子を、私は抱きしめた。
 懐かしい香りがした。

「会いたかったわ。元気そうで安心した」
「私もよ」

 梨々子は私の顔を見つめ、嬉しそうに微笑む。

「鬼神様との暮らしはどう?」
「とてもよくしていただいているわ」
「まあ。それならよかった」

 梨々子は黒嶺に向き直り、深々と頭を下げた。

「大切な親友を迎えてくださり、ありがとうございます」
「……礼を言われる筋合いはない」
「ふふ。鬼神様はお優しいのですね」

 そのやり取りを見ていると、先日のことが嘘のように思えてきた。
 私は意を決して口を開いたのだった。

「梨々子、贈ってくれた髪飾りのことなのだけれど」
「ああ、気に入ってくれた?」
「実は、黒嶺様が呪具だとおっしゃって……」

 梨々子は一瞬だけ目を見開いた。
 けれど、すぐに困ったように眉を下げる。

「まあ。そんなことがあったの?」
「何か心当たりはない?」
「ないわ。私はあなたのために選んだだけよ」

 そう言って、梨々子は私の手を握った。相変わらず冷たい手。でも今日は心なしか震えている気がした。
 自分が贈った髪飾りが呪具にすり替わっていたと知って、落ち込んだのだろうか。

「小夜子、あなたは少し心配しすぎなのよ」

 私の杞憂だというように心配を包み込んでくれる優しい声。
 昔から変わらない、私を安心させてくれる声だった。

「でも、黒嶺様が……」
「鬼神様は人間をよく思っていらっしゃらないのでしょう? 私たち人間のことを、信用していないのかもしれないわ」

 梨々子は黒嶺をちらりと見た。

「小夜子は優しいから、鬼神様の言葉を疑えないのね」

 胸の奥がちくりと痛んだ。
 黒嶺は何も言わなかった。
 ただ、私たちのやり取りを静かに見つめていた。

「ねえ、小夜子」
 梨々子は私の耳元に顔を寄せる。

「あなたが羨ましいわ」
「え?」
「鬼神様に選ばれて、こんなに大切にされて。あなたは本当に幸せ者ね」
「梨々子……」
「でも、忘れないで。あなたがどんなに幸せになっても、私はずっとあなたの親友よ」

 そう言って、梨々子は微笑んだ。
 その笑顔を見て、私はようやく安心した。

(やっぱり、私の考えすぎだったのかも)

 梨々子が私を傷つけるはずがない。
 そのときだった。

「小夜子」

 黒嶺の声がした。

「こちらへ来い」

 私は黒嶺のもとへ歩み寄る。
 すると、私の手首をそっと掴んだ。

「もう十分だ」
「黒嶺様?」
「帰れ。客人はもてなした」

 梨々子は一瞬、微笑みを消した。
 けれど、すぐに元の表情に戻る。

「また会いに来るわね、小夜子」
「ええ。待っているわ」

 梨々子が帰った後、黒嶺は私の手首に触れた。ちょうど梨々子が触った辺りに指を置くと、何やら呪いを唱えたのだった。

「呪印が濃くなっている」
「呪印……?」
「先日、あの女が手を握ったときに術を重ねたのだろう」

 黒嶺が指を離すと、それまで傷一つ無かった手首が瞬時に黒く染まる。
 それは子供の頃に呪いについて学んだ時に書物で見た古い文字の連なりであり、普通に祝詞や祓い詞を唱える際には用いられない呪いであった。
 私は息を呑んで固まっていると、「動くな」と黒嶺がその呪印に口を付ける。唇が触れたところから白い清浄な光が溢れると、やがて手首は元通りの真っ新な状態に戻ったのだった。

「そんな……」
「小夜子。あの女を信じたい気持ちはわかる」

 黒嶺が私の目をまっすぐに見つめる。柘榴のような瞳は今にも泣きそうな私の顔に一瞬戸惑ったように目を細めると、やがて労るように頬を愛撫してくれたのだった。

「だが、お前を傷つける者を、親友と呼び続ける必要はない」

 その言葉に、胸が締めつけられた。
 私はまだ、認めたくなかった。
 梨々子が私を裏切ったなんて。