鬼神様の花嫁になった私を、親友は笑顔で呪っている

 鬼神の屋敷で暮らし始めて十日が過ぎた。
 黒嶺は噂とは違い、穏やかな男だった。
 朝には庭の花を眺め、昼には書物を読み、夜には私と食事をする。
 ただ、ひとつだけ困ったことがある。
 彼は私を甘やかしすぎるのだ。

「小夜子、これを着ろ」
「まあ、綺麗な着物ですね」
「お前に似合うと思った」

 差し出されたのは、淡い桜色の着物だった。
 袖には銀糸で花の刺繍が施されている。

「こんなに高価なものをいただくわけには……」
「俺の花嫁に相応しいものを用意しただけだ」
「ですが……」

 こんなものは私に似合うわけがない、と躊躇いが生まれる。自分のような醜女が着たとことで、馬子にも衣裳にならないだろうか。
 似合うのはそれこそ梨々子のような花も霞むような美人な娘で――。

「嫌か?」

 そんなことを考えていると、心配そうに眉尻を下げた黒嶺と目が合ってしまったので、咄嗟に首を左右に振る。

「いいえ。とても嬉しいです」
「ならばよい」

 黒嶺はいつもこうだった。
 私が少しでも困った顔をすると、すぐに何かを用意してくれる。
 そんな日々の中、久しぶりに人間の使者が屋敷を訪れた。
 届けられたのは、梨々子からの手紙だった。

『小夜子へ。
 元気にしているかしら。
 あなたがいなくなって、屋敷はとても寂しくなったわ。
 鬼神様との暮らしはどう? 困ったことがあれば、いつでも相談してね。
 あなたの幸せを、心から願っています。
 梨々子』

 懐かしい筆跡に、胸が温かくなる。
 私はすぐに返事を書いた。
 黒嶺様がとても優しいこと。
 屋敷の暮らしが思っていたより穏やかなこと。
 そして、黒嶺と過ごす時間が楽しみになってきたこと。
 最後に、また会いたいと書き添えた。
 数日後、梨々子から返事が届いた。
 今度は、美しい桐箱が添えられていた。

『花嫁になった小夜子に、私からのお祝いよ』

 箱の中には、白銀の髪飾りが入っていた。
 繊細な細工が施された、見事な品だった。

「綺麗……」

 思わず声が漏れる。
 梨々子は昔から、私の好みをよく知っていた。
 黒嶺はその髪飾りを見て、わずかに目を細めた。

「それを身につけるのか」
「はい。梨々子が贈ってくれたものですから」
「……そうか」

 何か物言いたげにしていたものの、黒嶺はそれ以上何も言わなかった。
 そんな彼の様子が気に掛ったものの、その日の夜に私が髪飾りを身につけて黒嶺の前に立ったことで、態度が一変したのだった。

「どうでしょうか?」
「……外せ」
「え?」
「それは呪具だ」

 黒嶺の声が低くなる。喉奥からは獣のような唸り声さえ聞こえて、黒嶺が本気で警戒しているのが全身で感じられた。

「その髪飾りには、お前の神力を吸い取る術が施されている」

 血の気が引いた。神力は私や梨々子のような巫女にとってはなくてはならないもの。
 そして鬼神に嫁ぐには欠かすことができない、命と同等に必要なものだ。

「そんな……梨々子が?」
「その女がお前に贈ったのだろう」

 私は髪飾りを握りしめた。
 ――梨々子が私を呪う?
 
「そんなはずありません。だって梨々子は私の親友です……」

 必死に黒嶺に縋りつくが、そんな私の態度をどう思ったのか黒嶺はただ眉間の皺を深くしただけであった。

「何かの間違いです。梨々子はそんなことをする人ではありません」
「ならば、確かめればよい」

 黒嶺は私の手から髪飾りを取り上げた。

「ただし、二度と身につけるな」

 その夜、私はなかなか眠れなかった。
 梨々子の笑顔が何度も脳裏に浮かぶ。

(『私の幸せを願っている』って言ってくれたじゃない……)

 そう言ってくれた彼女の声は、今でも耳の奥で響いている。
 それなのにどうして。と自分の中で何度も自問自答を繰り返す。
 どうしても、信じたかった。

(だって、梨々子は私のたった一人の大切な親友なのに……)