鬼神様の花嫁になった私を、親友は笑顔で呪っている

「おめでとう、小夜子。あなたが鬼神様の花嫁に選ばれるなんて、私も自分のことのように嬉しいわ」

 桜の花びらが舞う春の午後。四方を海に囲まれた小さな島国・鬼ヶ崎帝國の帝都の片隅に建つ、古い屋敷の縁側に並ぶ二人の娘。
 華やかな高価な着物を纏う傍らの娘に、草臥れた安価な着物を纏う私ははにかんだのだった。

「ありがとう、梨々子。でも、私には荷が重いわ」
「そんなことないわ。小夜子は昔から聡いもの」

 私の手を握ってそう言ったのは、幼い頃からの親友である梨々子だった。
 艶やかな黒髪に、白磁のような肌。薄紅色の唇には、いつも優しい微笑みが浮かんでいる。
 誰もが振り返るほど美しい彼女は、帝都でも名の知れた名家、藤宮家の令嬢だ。
 一方の私は、没落寸前の桐生家の娘。
 生まれつき神力が弱く、巫女としての才能もない。家の者からも期待されず、社交の場では梨々子の隣に控えることが多かった。
 そんな私にとって、梨々子は唯一無二の親友だった。

「きっと鬼神様も、あなたを気に入ってくださるわ。こんなに心根が優しい人は他に知らないもの。私が保証するわ」

 梨々子は私の手を両手で包み込む。その手がいつもと違って氷のように冷たくて、身体の芯まで冷えそうになる。
 それでも私を純粋に祝ってくれる親友の想いに答えようと、どうにか笑顔を浮かべて「ありがとう」と返したのだった。

「それに、私たちはずっと一緒でしょう?」
「ええ。もちろんよ」

 そう答えると、梨々子は嬉しそうに目を細めた。
 けれど、私は知らなかった。
 その日、梨々子が私の手を握りながら、爪の先で小さな呪印を刻んでいたことを。
 そして、その呪印が私の人生を大きく変えることになるとは、思いもしなかった。


 鬼神の花嫁。
 それはこの鬼ヶ崎帝國で最も名誉ある役目であり、同時に最も恐ろしい役目でもあった。
 帝都の北にそびえる黒嶺山。
 その頂には、人ならざる存在が住まう。
 千年の昔から国を災厄から守り続けてきた鬼神。
 人々は彼を畏れ、敬い、そして恐れていた。
 鬼神の花嫁に選ばれた娘は、山にある神域で一生を過ごす。
 人間の世には二度と戻れない。
 そう言われていた。
 だからこそ、私は怖かった。
 けれど、梨々子が祝福してくれたから。
 私を必要としてくれる人がいるのなら、頑張ろうと思えたのだ。
 その夜。
 私は夢を見た。
 暗い闇の中で、誰かが私の名前を呼んでいる。

『小夜子』

 それは人の手が入らない山奥の清涼な森のように、冷たくも澄んだ清らかな低い響きのある声だった。清廉でありながら、どこか温かみもある優しい声。

『ようやく見つけた』

 目を開けると、枕元に黒い羽根が一枚落ちていた。