月曜日の朝。
「よし」
拓は鞄についた犬のキーホルダーを見て、小さく笑った。
昨日、何度も眺めたそれは思っていた以上に気に入っている。
神代からもらったものだと思うだけで少し嬉しくなった。
「いや、別に深い意味はないけど」
誰に言うでもなく呟き、家を出る。
校門が見えてきた頃だった。
「おはよ」
後ろから聞き慣れた声がする。
振り返ると、そこには神代が立っていた。
神代は何も言わないまま自分の鞄を少し持ち上げ、まるで「お揃いだな」と言いたげに犬のキーホルダーを見せつける。
神代本人は無表情のつもりなのだろう。
けれど、どこか得意げにも見えるその仕草が妙に幼くて、拓は思わず吹き出した。
「何笑ってるの?」
「いや、別に」
そう言いながら今度は自分の鞄を少し持ち上げ、同じ犬のキーホルダーを見せる。
「おはよ、神代」
そう言うと、神代の表情が少しだけ柔らかくなる。
二人はそのまま並んで歩き出す。
自然と歩幅が揃う。
隣同士で歩く二人の鞄には、お揃いの犬のキーホルダー。
揺れるたびに小さく光を反射していた。
その光景がなんだか心地よくて拓は少しだけ口元を緩めた。
そんなことを知らないまま、神代もまた静かに笑っていた。
二人で並んで教室へ入る。
ガラッとドアを開け、席へ向かおうとしたその時だった。
「あれ見て」
「お揃いじゃない?」
窓際で話していた女子たちのひそひそ声が耳に入る。
視線の先は明らかに自分と神代の鞄で、そこに揺れる犬のキーホルダーを見た瞬間、拓は思わず肩を震わせた。
(やばい、流石に浮かれすぎた?)
昨日は嬉しくて何も考えていなかったが、こうして並べてみると思った以上にお揃い感がある。
拓は慌てて鞄を持ち直し、キーホルダーを手で隠した。
「おはよ!たくっち、東真」
いつも通り上野の明るい声が教室に響く。
「お、おはよ」
ぎこちなく返事をすると、上野は二人の顔を見比べてにやりと笑った。
そして何の前触れもなく言う。
「どうだった?昨日のデート」
「は!?」
拓の声が教室中に響く。
一瞬で周囲の視線が集まり、しまったと思った時にはもう遅かった。
横目で女子たちを見ると
「え、今デートって言った?」
「どういうこと?」
明らかにざわついている。
(終わった)
拓は頭を抱えたくなった。
「で、デートじゃないし!」
慌てて否定しながら隣を見る。
「な?神代」
当然否定してくれる。
そう思ったのに神代は表情ひとつ変えず、ただ短く答えた。
「どうかな」
一瞬、教室が静まり返る。
そして次の瞬間
「きゃー!何それ!」
女子たちの歓声が一気に上がった。
(どうかなってなんだよ!!)
拓は心の中で叫ぶ。
しかし神代は、むしろ少しだけ機嫌が良さそうに見える。
上野は腹を抱えて笑い始めた。
「東真、かっこいい〜」
「うるさい」
楽しそうな二人とは対照的に、拓だけが顔を真っ赤にしながらその場に立ち尽くしていた。
ーーー
昼休み。
いつものように神代と上野と昼食を食べていると、教室のドアが勢いよく開いた。
「神代ー!上野ー!」
顔を上げると、サッカー部の生徒たちがこちらへ向かってくる。
「どうした?」
神代が尋ねると、一人が慌てた様子で答えた。
「今からサッカー部、集まれって」
「えっ、今から?」
上野が露骨に嫌そうな顔をする。
「俺の楽しみにしてた卵焼きが……」
「早く!じゃないと怒られるって」
「えぇー!!」
上野は机に突っ伏しそうになりながらも、結局は腕を引っ張られて立ち上がった。
その横で神代も席を立つ。
そしてふと拓の方を見ると、
「ごめん、拓」
少し申し訳なさそうにそう言った。
「いや、全然。早く行ってきな」
神代は少しだけ迷うような顔をしたが、やがて頷いて教室を出ていった。
二人を見送り、拓はのんびりと弁当を広げる。
久しぶりの一人昼食だ。
そんなことを思っていた時だった。
「あの、三浦くん」
不意に声をかけられる。
「え?」
顔を上げると、同じクラスの女子が立っていた。
どこか緊張した様子で、手をぎゅっと握りしめている。
「ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「俺に?」
「うん」
拓は首を傾げながら空いている席を指差した。
女子は意を決したように腰を下ろす。
そして周りを気にしながら、小さな声で言った。
「私、神代くんのこと好きなんだ」
「ぶっ!」
危うくお茶を吹き出しそうになる。
「ご、ごめん!」
慌てて謝ると、女子は苦笑した。
「やっぱり驚くよね」
突然の内容に一瞬びっくりしたが、よくよく考えれば驚くも何もあの学園1の人気者の神代東真だ。
学年中の女子が好きになっても何もおかしくない。
「それで、その……三浦くんって神代くんと仲良いでしょ?」
「仲良いのかな」
思わず本音が漏れる。
すると女子は即答した。
「仲良いよ!」
その勢いに拓は思わず目を瞬かせる。
「だから神代くんの好きなものとか教えてほしくて」
自分だって神代のことを全部知っているわけじゃない。
それでも、神代はいつも俺のことを気にかけてくれるし、何かと助けてくれる。
だからもし、少しでも神代の力になれるなら。
神代のことを真剣に想っている子の手助けができるなら協力したいと思った。
「まぁ、俺でよければ」
その瞬間、女子の顔がぱっと明るくなる。
「本当!?」
「分かる範囲だけだけど」
「ありがとう!」
嬉しそうな笑顔に、拓もつられて笑った。
それから二人はしばらく話し込む。
神代の好きそうな食べ物。
休日の過ごし方。
どんな話題なら喜ぶのか。
そんな他愛もない話だった。
その様子を教室の入り口で立ち止まった神代が見ていることに、拓は気づいていなかった。
「お、東真」
隣の上野が小声で声をかける。
神代は返事をせず、ただじっと拓と女子を見ている。
「怖」
「なにが」
低い声が返ってくる。
「そんな睨むような目で女子を見るんじゃない」
「見てない」
即答だった。
しかし明らかに見ている。
しかも機嫌が悪い。
「いや絶対機嫌悪いじゃん」
神代は何も答えずただ拓の方を見続ける。
女子が笑えば視線が向く。
拓が楽しそうに話せば、さらに無言になる。
その様子を見て、上野は確信した。
(めんどくさい男だなぁ)
一方その頃、当の拓は何も知らない。
「へぇ、神代くんってそういうの好きなんだ」
「うん、多分」
そんな呑気な会話を続けていた。
「よし」
拓は鞄についた犬のキーホルダーを見て、小さく笑った。
昨日、何度も眺めたそれは思っていた以上に気に入っている。
神代からもらったものだと思うだけで少し嬉しくなった。
「いや、別に深い意味はないけど」
誰に言うでもなく呟き、家を出る。
校門が見えてきた頃だった。
「おはよ」
後ろから聞き慣れた声がする。
振り返ると、そこには神代が立っていた。
神代は何も言わないまま自分の鞄を少し持ち上げ、まるで「お揃いだな」と言いたげに犬のキーホルダーを見せつける。
神代本人は無表情のつもりなのだろう。
けれど、どこか得意げにも見えるその仕草が妙に幼くて、拓は思わず吹き出した。
「何笑ってるの?」
「いや、別に」
そう言いながら今度は自分の鞄を少し持ち上げ、同じ犬のキーホルダーを見せる。
「おはよ、神代」
そう言うと、神代の表情が少しだけ柔らかくなる。
二人はそのまま並んで歩き出す。
自然と歩幅が揃う。
隣同士で歩く二人の鞄には、お揃いの犬のキーホルダー。
揺れるたびに小さく光を反射していた。
その光景がなんだか心地よくて拓は少しだけ口元を緩めた。
そんなことを知らないまま、神代もまた静かに笑っていた。
二人で並んで教室へ入る。
ガラッとドアを開け、席へ向かおうとしたその時だった。
「あれ見て」
「お揃いじゃない?」
窓際で話していた女子たちのひそひそ声が耳に入る。
視線の先は明らかに自分と神代の鞄で、そこに揺れる犬のキーホルダーを見た瞬間、拓は思わず肩を震わせた。
(やばい、流石に浮かれすぎた?)
昨日は嬉しくて何も考えていなかったが、こうして並べてみると思った以上にお揃い感がある。
拓は慌てて鞄を持ち直し、キーホルダーを手で隠した。
「おはよ!たくっち、東真」
いつも通り上野の明るい声が教室に響く。
「お、おはよ」
ぎこちなく返事をすると、上野は二人の顔を見比べてにやりと笑った。
そして何の前触れもなく言う。
「どうだった?昨日のデート」
「は!?」
拓の声が教室中に響く。
一瞬で周囲の視線が集まり、しまったと思った時にはもう遅かった。
横目で女子たちを見ると
「え、今デートって言った?」
「どういうこと?」
明らかにざわついている。
(終わった)
拓は頭を抱えたくなった。
「で、デートじゃないし!」
慌てて否定しながら隣を見る。
「な?神代」
当然否定してくれる。
そう思ったのに神代は表情ひとつ変えず、ただ短く答えた。
「どうかな」
一瞬、教室が静まり返る。
そして次の瞬間
「きゃー!何それ!」
女子たちの歓声が一気に上がった。
(どうかなってなんだよ!!)
拓は心の中で叫ぶ。
しかし神代は、むしろ少しだけ機嫌が良さそうに見える。
上野は腹を抱えて笑い始めた。
「東真、かっこいい〜」
「うるさい」
楽しそうな二人とは対照的に、拓だけが顔を真っ赤にしながらその場に立ち尽くしていた。
ーーー
昼休み。
いつものように神代と上野と昼食を食べていると、教室のドアが勢いよく開いた。
「神代ー!上野ー!」
顔を上げると、サッカー部の生徒たちがこちらへ向かってくる。
「どうした?」
神代が尋ねると、一人が慌てた様子で答えた。
「今からサッカー部、集まれって」
「えっ、今から?」
上野が露骨に嫌そうな顔をする。
「俺の楽しみにしてた卵焼きが……」
「早く!じゃないと怒られるって」
「えぇー!!」
上野は机に突っ伏しそうになりながらも、結局は腕を引っ張られて立ち上がった。
その横で神代も席を立つ。
そしてふと拓の方を見ると、
「ごめん、拓」
少し申し訳なさそうにそう言った。
「いや、全然。早く行ってきな」
神代は少しだけ迷うような顔をしたが、やがて頷いて教室を出ていった。
二人を見送り、拓はのんびりと弁当を広げる。
久しぶりの一人昼食だ。
そんなことを思っていた時だった。
「あの、三浦くん」
不意に声をかけられる。
「え?」
顔を上げると、同じクラスの女子が立っていた。
どこか緊張した様子で、手をぎゅっと握りしめている。
「ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「俺に?」
「うん」
拓は首を傾げながら空いている席を指差した。
女子は意を決したように腰を下ろす。
そして周りを気にしながら、小さな声で言った。
「私、神代くんのこと好きなんだ」
「ぶっ!」
危うくお茶を吹き出しそうになる。
「ご、ごめん!」
慌てて謝ると、女子は苦笑した。
「やっぱり驚くよね」
突然の内容に一瞬びっくりしたが、よくよく考えれば驚くも何もあの学園1の人気者の神代東真だ。
学年中の女子が好きになっても何もおかしくない。
「それで、その……三浦くんって神代くんと仲良いでしょ?」
「仲良いのかな」
思わず本音が漏れる。
すると女子は即答した。
「仲良いよ!」
その勢いに拓は思わず目を瞬かせる。
「だから神代くんの好きなものとか教えてほしくて」
自分だって神代のことを全部知っているわけじゃない。
それでも、神代はいつも俺のことを気にかけてくれるし、何かと助けてくれる。
だからもし、少しでも神代の力になれるなら。
神代のことを真剣に想っている子の手助けができるなら協力したいと思った。
「まぁ、俺でよければ」
その瞬間、女子の顔がぱっと明るくなる。
「本当!?」
「分かる範囲だけだけど」
「ありがとう!」
嬉しそうな笑顔に、拓もつられて笑った。
それから二人はしばらく話し込む。
神代の好きそうな食べ物。
休日の過ごし方。
どんな話題なら喜ぶのか。
そんな他愛もない話だった。
その様子を教室の入り口で立ち止まった神代が見ていることに、拓は気づいていなかった。
「お、東真」
隣の上野が小声で声をかける。
神代は返事をせず、ただじっと拓と女子を見ている。
「怖」
「なにが」
低い声が返ってくる。
「そんな睨むような目で女子を見るんじゃない」
「見てない」
即答だった。
しかし明らかに見ている。
しかも機嫌が悪い。
「いや絶対機嫌悪いじゃん」
神代は何も答えずただ拓の方を見続ける。
女子が笑えば視線が向く。
拓が楽しそうに話せば、さらに無言になる。
その様子を見て、上野は確信した。
(めんどくさい男だなぁ)
一方その頃、当の拓は何も知らない。
「へぇ、神代くんってそういうの好きなんだ」
「うん、多分」
そんな呑気な会話を続けていた。
