クラスの中心にいる君と、隅っこにいる俺の話。

店の前には相変わらずたくさんの人が並んでいる。

「何にする?」

メニューを見ながら拓が聞く。

「おすすめは?」

「俺に聞く?店員さんに聞いたらいいのに」

「詳しそうだから」

「いや、俺クレープ博士とかじゃないよ」

拓は笑いながらメニューを眺める。

「俺これにしよ。いちごチョコ」

「じゃあ俺も同じので」

「えっ」

「駄目か」

「いや、別に」

なんとなく照れくさい。

そんなことを思いながら注文を済ませた。

しばらくして受け取ったクレープを見て、拓の目が輝く。

「うわ、美味そう」

一口かじる。

「んっ、美味しい!」

嬉しそうに笑う拓を見て、神代もクレープを口に運ぶ。

「どう?」

「美味い」

「でしょ?」

なぜか拓が得意げになる。

その様子に神代は少しだけ笑った。

しばらく食べ進めていた時だった。

「拓、クリーム付いてる」

「え?」

慌てて口元を触る。

「どこ?」

「そこじゃない」

神代が少し身を乗り出した。

距離が近い。

拓が固まる。

すると神代はポケットからティッシュを取り出し、そっと口元を拭いた。

「はい」

「……っ」

顔が熱い。

「こ、子どもじゃないんだから!」

思わず抗議すると、神代は平然としていた。

「気づいてなかっただろ」

「それは……」

反論できず、神代は小さく笑う。

「相変わらずだな」

「何がだよ」

「放っておけない」

その言葉に拓の心臓はまた大きく跳ねた。

「せっかくだし写真撮らない?」

拓は少し目を見開く。

「写真?」

「うん。今日の記念に」

神代はスマホを取り出した。

「ほら、拓こっち」

二人で並び、画面に顔が映る。

「撮るぞ」

一枚。

もう一枚。

「見せて見せて」

拓は満足そうに写真を確認した。

「お、いい感じ」

しかし隣で神代は別の場所を見ていた。

写真の端に見覚えのある二人組がいる。

帽子を深く被った高木と、その隣でサングラスをかけている上野。

神代は無言になった。

「どうした?」

拓が首を傾げる。

「……いや」

神代は写真を閉じる。

別に言う必要はない。

むしろ言わない方が面白そうだった。

「良く撮れてる」

「そうだね」

拓は嬉しそうに笑う。

一方その頃。

少し離れたベンチの陰。

「いや〜いいね!やっぱ青春だね」

クレープを頬張りながら上野が2人の様子を眺めていた。

「バレてないよな?」

隣で欲張ったようにクレープを2個持った高木が小声で聞く。

「多分」

上野も小声で答える。

二人とも完全に変装しているつもりだった。

「なんかあの二人デートみたいじゃね?」

「だから言っただろ」

上野がニヤニヤする。

「絶対二人の方がいいって」

「へぇー」

高木は感心したように頷いた。

「確かに楽しそうだな」

「だろ?」

その時だった。

ふと神代と目が合う。

数秒の沈黙。

上野の笑顔が固まる。

「高木くん」

「ん?」

「バレてる……めちゃくちゃバレてる」

神代はそのまま口パクで何かを伝えてくる。

まるで

『見たからな』とでも言うように。

上野は思わず顔を隠す。

「終わった」

「何が?」

「いや、なんでもない」

上野は遠い目をしながら答える。

そして神代から視線を逸らし、小さく手を合わせた。

「高木くんの身に何かあったら、すぐ連絡して」

「は?」

高木は眉をひそめる。

「俺、死んじゃうの?」

「大丈夫大丈夫」

上野は笑いながら高木の肩をぽんと叩いた。

「俺たちは俺たちで遊んで帰ろうぜ」

「なんかよく分かんねぇけど、そうするか」

二人はそのまま人混みの中へ消えていく。

その頃、当の拓はというと

「この写真いいな」

嬉しそうにスマホを眺めていた。

「神代、後で送って!」

「俺、意外と写り良くない?」

「そうだな」

神代は小さく笑う。

拓は最後まで気づかなかった。

ほんの少し前まで、高木と上野が近くで自分たちを見守っていたことにも、そして神代がその存在に気づいていたことにも。

ただ今日撮った写真が嬉しくてそのことしか頭になかった。

気づけば空はオレンジ色に染まっていた。

「もうこんな時間か」

拓は少し寂しそうに呟く。

楽しい時間はあっという間だった。

二人は駅へ向かう道を並んで歩く。

「今日はありがとう」

拓が笑う。

「クレープも美味しかったし、ゲームセンターも楽しかった」

その言葉に、神代はふっと足を止めた。

「拓」

呼ばれて振り返る。

神代はポケットから小さな袋を取り出した。

「これ、拓に」

「え?」

受け取って中を覗く。

そこには犬のキーホルダーが入っていた。

昼間ゲームセンターで見かけたものと同じシリーズだ。

「これって……なんで?」

驚く拓に、神代は少しだけ視線を逸らす。

「お礼」

「俺に?」

短く頷く。

「UFOキャッチャーで取ったんじゃなくて、買ったのだけど」

「でも俺、今日何もしてないぞ?」

「した」

神代は迷いなく答えた。

「今日は拓に貰ってばっかりだったから」

「ん? 俺が?」

拓は首を傾げる。

「キーホルダーもだけど…一番は」

神代は少しだけ口を開きかけて言葉を飲み込んだ。

「楽しかったから」

その一言だけだった。

なのに、拓の胸は不思議なくらい温かくなる。

ただ遊んだだけなのに、神代は本当に嬉しそうにそう言った。

「……ありがとう」

拓はキーホルダーをそっと握りしめると神代は安心したように微笑んだ。

その時だった。

「うわ、電車!」

ホームの案内表示を見た拓が慌てて声を上げる。

「俺の乗るやつ来る!」

慌てて改札へ向かう。

数歩走ってから、ふと思い出したように振り返った。

神代はまだそこにいた。

夕日に照らされながら、真っ直ぐこちらを見ている。

「また明日!」

拓が大きく手を振る。

神代も小さく手を上げた。

「また明日」

それだけのやり取り。

それだけなのに、胸の奥が少しだけ苦しくなる。

走り去る拓の背中を見送りながら、神代は先ほど飲み込んだ言葉を思い返していた。

「今日は拓に貰ってばっかりだったから」

その本当の意味は違う。

拓と二人で過ごした時間、楽しそうに笑う顔、隣を歩けたこと。

そんな幸せな時間を、たくさん貰ったから。

だから何か返したかった。

ただ、それだけだった。

やがて拓の姿が見えなくなる。

神代はそっと自分の鞄に目を落とした。

そこには、拓が取ってくれた犬のキーホルダーが揺れている。

自然と口元が緩んだ。

同じ頃、電車に乗り込んだ拓も鞄についたキーホルダーを見つめていた。

気づけば笑っている。

今日のことを思い出すだけで、胸が少しだけ弾んだ。

“また明日が楽しみだ”

そんなふうに思ったのは、久しぶりだった。