クラスの中心にいる君と、隅っこにいる俺の話。

日曜日。

待ち合わせの三十分前。

拓は自宅の鏡の前で固まっていた。

「……何してんだ俺」

服を見ては着替え。

また見ては着替え、気づけば三回目だった。

ただ遊びに行くだけだ。

そう、ただ遊びに行くだけ。

……相手が神代じゃなければ。

「いや、違う違う」

頭を振る。

(変なことを考えるな!友達と出かけるだけだ)

そう自分に言い聞かせながら家を出た。

待ち合わせ場所へ向かうと、遠くに見慣れた姿が見えた。

まだ待ち合わせ時間より十五分も早いのに。

「お、おはよう」

拓が声をかける。

神代が振り向いた。

「おはよう」

その一言だけなのになぜか胸が少しだけ高鳴る。

「神代早いな」

「拓も早い」

「いや、今日は何たまたまっていうか」

「なんだよ、それ」

そんな会話をしていると、スマホに通知が入る。

「高木からだ」

メッセージを開くと、

“拓、ごめん!!今日行けなくなった。

親に買い物付き合わされる。

マジでごめん!

神代にはよろしく”

「えぇ!?」

思わず声が出た。

心臓は一気に騒がしくなった。

「嘘だろ……」

つまり、今日は神代と。

二人。

「いやいやいや」

頭を抱える。

もともとは三人で遊ぶ予定だったはずだ。

二人きりになるなんて聞いていない。

いや、聞いていないというか想像していなかった。

スマホが再び震える。

“頑張れ”

「何をだよ!!」

即座に返信した。

しかし既読はつかない。

(逃げたな)

拓は大きくため息を吐いた。

「どうした?」

「高木が、急に来れなくなったって…」

「えっ、まじ」

俺と2人きりなんて嫌だよなぁ。

よりによって主役の高木がいないんじゃわざわざ食べに行くのもおかしいし。

「今日はやめとーー」

「じゃあ今日は二人だな」

神代はさらっとそう言った。

まるでそれを残念だと思っていないみたいに。

むしろ少しだけ嬉しそうに見えた。

「え?いいの?俺と2人きりでも」

「逆に嬉しいけど」

当たり前のような顔で言う。

「拓は、俺と2人きりでもいいの?」

「それは…まぁいいけど」

心臓がうるさい。

待ち合わせ場所にはたくさん人がいるのに、なぜか神代だけがやけに目に入る。

「行くか」

神代が自然に歩き出す。

「うん」

拓もその隣へ並び、肩が少し当たる。

学校では当たり前だった距離なのに今日は妙に意識してしまう。

少し前を歩くカップルが手を繋いでいるのが目に入った。

思わず目を逸らし隣の神代を見る。

神代は気づいていないのか、普通に歩いている。

それなのになぜだろう。

二人きりというだけで今日という一日が、いつもと少し違って見えた。

「人多いな」

拓は休日で賑わう駅前を見回した。

「そうだな」

神代も周囲に目を向ける。

目的のクレープ屋はテレビで紹介されたばかりらしく、店の前には長い列ができていた。

整理券を確認すると、案内までまだ一時間ほどある。

「まだ一時間ぐらいあるな」

「そうだね。どっかで時間潰そうか」

そう言った拓に、神代は少し考えるような素振りを見せた。

「じゃあ……」

その視線の先を追う。

そこにはゲームセンターがあった。

「あそこ入るか」

「え?」

「ぬいぐるみ欲しい」

拓は思わず吹き出した。

「えっ!? 神代が?」

「駄目か」

少しだけ不服そうな顔をする。

その表情が珍しくて、拓はまた笑ってしまった。

「いや、意外すぎて」

「そうか」

「いいね、入ろ」

二人は並んでゲームセンターへ入った。

中は機械音と人の声で賑わっている。

拓は懐かしそうに辺りを見回した。

「久しぶりに来たかも」

「そうなのか」

「うん。高木とはたまに来るけど」

その名前が出た瞬間、神代の足がほんの少しだけ止まった。

けれど拓は気づかない。

「これとか懐かしくない?」

拓が指差したのは昔ながらのメダルゲームだった。

神代は頷きながらも、どこか別のものを探しているようだった。

そしてあるクレーンゲームの前で立ち止まる。

「ん?」

拓も隣へ移動した。

ケースの中には白くて丸い犬のぬいぐるみが並んでいる。

どれもふわふわで可愛らしい。

「神代、こういうの好きなの?」

「別に」

即答だった。

「じゃあなんで」

神代は少しだけ視線を逸らす。

「……妹が欲しがってて」

「えっ、神代って妹いるの!?」

思わず声が大きくなる。

神代は少し眉を上げた。

「意外か?」

「なんか意外かも。でも、普段の世話焼いてる感じ見ると納得かも」

そう言うと、神代は少しだけ表情を和らげた。

「前に来た時、これ欲しいって言われたんだけど」

ケースの中を見ながら続ける。

「俺、苦手で取れなくて」

「そっか」

拓はぬいぐるみを見つめた。

そして、にやりと笑う。

「じゃあ俺が取ってあげようか?」

「え?」

珍しく神代が驚いた顔をする。

「拓ってUFOキャッチャー上手いのか?」

「舐めてもらっちゃ困るなぁ」

拓は胸を張った。

「俺は中学三年間、毎日のように通ってたベテランだぞ」

初めて神代に自慢できる特技が見つかったことが少し誇らしい。

すると神代の口元がほんの少しだけ緩む。

「じゃあ頼む」

そう言って百円玉を差し出した。

拓は受け取ると、自信満々に投入する。

アームがゆっくり動く。

狙いを定める。

掴み、持ち上がる。

そしてコロン。

ぬいぐるみは綺麗に取り出し口へ落ちた。

「おぉ」

神代が思わず声を漏らす。

その反応に拓は少し得意げになる。

しゃがみ込んでぬいぐるみを取り出し、そのまま神代へ差し出した。

「はい。妹ちゃんに」

「ありがとう」

そう言って神代はぬいぐるみを受け取る。

そして本当に嬉しそうに笑った。

いつもの落ち着いた表情じゃなく年相応の柔らかくて無邪気な笑顔。

拓は思わず見惚えた。

(うわ…可愛い)

そう思った瞬間、自分で固まった。

(いやいやいや)

(何を考えているんだ、俺は)

顔が熱くなり誤魔化すようにぶんぶんと頭を振る。

そんな拓の様子を見て、神代は不思議そうに首を傾げた。

「拓?」

「な、なんでもない!」

慌てて答える。

ふと隣の台に目を向けた。

そこには同じシリーズの犬のキーホルダーが並んでいる。

「せっかくだし」

拓は百円玉を入れる。

アームが動きコロンと一発で景品が落ちた。

「よし」

拓は取り出したキーホルダーを神代へ差し出す。

「はい。神代の分」

「……俺?」

神代が目を丸くする。

「妹ちゃんだけじゃ不公平だろ」

拓が笑うと、神代はしばらくキーホルダーを見つめた。

そして、そっと受け取る。

「ありがとう」

その声はどこか嬉しそうだった。

神代はすぐにそれを鞄につける。

「もう付けるの?」

「拓からもらったって自慢できる」

「なんだそれ」

そう言って少しだけ笑う。

その言葉は本当に心からの言葉のようで、嬉しい気持ちと共になぜだか胸が少しだけドキドキと落ち着かなかった。

「そろそろ時間じゃない?」

拓がスマホを見る。

整理券の呼び出し時間が近づいていた。

「もうそろそろ行くか」

神代が言う。

二人はゲームセンターを出てクレープ屋へ向かった。