保健室での一件から数日。
拓はいつの間にか神代と上野と昼食を食べるようになっていた。
最初こそぎこちなかったものの、最近は少しずつ慣れてきた気がする。
神代も相変わらず距離は近いが、以前ほど緊張しなくなった。
「それでさ――」
上野が話し始めた、その時だった。
ガラッ。
教室のドアが勢いよく開く。
「拓ー!」
聞き慣れた声に振り返る。
「高木?」
高木は一直線にこちらへ向かってくると、俺の机の上に勢いよく弁当箱を置いた。
突然の行動に全員の頭の上に疑問符が浮かぶ。
「俺、革命起こしたんだ」
「は?」
意味が分からない。
高木は得意げな顔で弁当箱を開いた。
「拓、見ろ!この”卵焼き”を」
そこには確かに卵焼きが入っていた。
ごく普通の卵焼きが。
「俺が作った」
「……へぇ」
「もっと驚け」
「いや、驚いてるよ」
高木は満足そうに頷く。
「人生で初めて成功した」
「何回失敗したんだよ」
「数えるのやめた」
その会話を聞いていた上野がぼそりと呟く。
「急になんだ、この人」
神代は相変わらず無表情のまま様子を見ていた。
「とにかく食え!」
高木は箸で卵焼きをつまむ。
そして当然のように拓の口元へ差し出した。
「あーん」
「なんでだよ」
「いいから」
「嫌なんだけど」
「早く食べろって」
押し切られ仕方なく口を開く。
「……ん」
卵焼きを食べる。
「どうだ!?」
期待に満ちた目が向けられる。
「うん。料理下手なお前にしては上手い」
「だろ!?」
高木は机を叩いて喜んだ。
「俺、今までこんな上手く作れたことないんだよ!」
「なんだよそれ」
思わず笑いがこぼれ高木も楽しそうに笑った。
そんな二人のやり取りを見ていた神代が、不意に自分の弁当へ箸を伸ばす。
そしてぽん、と拓の前に卵焼きを差し出した。
「俺のも食べて」
「え?」
「美味しいから」
当然のような口調だった。
拓は目を瞬かせる。
「いや、自分で取れるから…」
「ほら」
神代は聞いていなかった。
箸を持ったまま卵焼きを差し出してくる。
まるでさっきの高木と同じように。
「あーん」
「えっ」
今度は変な声が出た。
高木の時は何とも思わなかったのに神代だと話が違う。
妙に近いし、何より視線が真っ直ぐすぎる。
「早く」
「いや……」
断る理由もない。
むしろせっかく勧めてくれているのに断る方がおかしい。
そう自分に言い聞かせながら、拓は観念して口を開いた。
神代は満足そうに卵焼きを食べさせる。
「どう?」
「美味しい!」
「そう」
神代の口元が少しだけ緩んだ。
それを見た瞬間、上野は顔を覆った。
高木は首を傾げる。
そして上野は小さく呟く。
「東真、それ対抗してるだけだろ……」
「何が?」
神代は本気で分かっていなかった。
「そういえばさ」
高木が思い出したように言った。
「今度の日曜、暇?」
「暇だけど」
拓がそう言うと高木は嬉しそうに身を乗り出した。
「駅前に新しいクレープ屋できたんだよ。行こうぜ」
「あー、テレビで見たかも」
「だろ?」
二人が盛り上がり始める。
その横で神代は黙ったまま弁当を食べていた。
いや正確には食べているふりをしていた。
箸が全然進んでいない。
そんな姿を上野は面白そうに見ている。
「クレープって女子かお前」
「男同士で行ってもいいだろ」
「まぁいいけど」
そんな会話が続く。
「じゃあ日曜な」
高木がそう言った瞬間、神代が口を開いた。
「俺も行く」
沈黙。
拓が瞬きをする。
高木も固まる。
上野だけが吹き出しそうになっていた。
「え?」
拓が聞き返す。
神代は平然としていた。
「俺も甘いもの好きだから」
「初耳なんだけど」
上野が即座に突っ込む。
神代は無視した。
「三人なら楽しいだろ」
「まぁ、そうだけど」
拓は首を傾げる。
神代からそういう誘いに乗ってくることは珍しい。
高木も不思議そうだった。
「神代って意外とそういう店行くんだな」
「たまに」
(嘘だな)
そう上野は分かっていた。
神代は甘いものが苦手だ。
つまりクレープに興味があるんじゃなくて拓が高木と二人で出かけることに興味があるのだ。
「へぇ〜。俺も東真がクレープ好きなの知らなかった」
上野が意味深に笑う。
神代はちらりと睨んだ。
しかしその直後、高木が自然な動作で拓の肩に腕を回した。
「久々に遊ぶし楽しみだな」
その瞬間だった。
神代の視線がぴたりと止まり、空気が一瞬だけ変わる。
「高木、近い」
「ん?」
高木が目を瞬く。
神代は真顔だった。
「拓、昼飯食ってるだろ」
「だから?」
「邪魔になる」
意味不明な理由だった。
拓も高木も首を傾げる。
「まぁ、邪魔になる……な」
なぜか高木は納得したように頷き、拓の肩から腕を離した。
「あ!俺、次体育だわ!準備しなきゃ」
勢いよく立ち上がる。
「じゃあな!」
「あっ」
高木はそのまま教室を飛び出していった。
すると
「待って待って〜」
なぜか上野まで慌ててその後を追いかける。
「ん?なんで上野まで」
「まぁ、どうでもいいだろ」
神代は気にした様子もなく弁当をつつく。
そして数秒後。
ぽん、とまた拓の前に何かが差し出された。
「拓」
「ん?」
「このウインナーもあげる」
「また!?」
思わず声が裏返る。
神代は当然のような顔をしていた。
「いや、今度はちゃんと自分で食べられるから!」
拓が慌てて言うと、神代は少しだけ目を見開いた。
「そうか」
どこか残念そうに引っ込める。
その表情が妙におかしくて拓は思わず吹き出した。
「なんだよその顔」
「別にフツーの顔だよ」
二人の間に自然と笑いがこぼれる。
そんな頃、廊下ではーー
「高木くん」
上野が追いつき、肩を叩いた。
「ん?」
「今度の日曜さ」
上野はにっこり笑う。
「たくっちと東真、二人で遊ばせてあげてくれない?」
「えっ。なんで?」
「いや〜、色々ありまして」
「全然分からん」
上野は苦笑した。
そして教室の方へ視線を向ける。
窓越しに見える二人は、さっきまでよりずっと楽しそうに笑っている。
「まぁ、俺の勘だけど」
上野は小さく呟く。
「東真には、そのくらいご褒美があってもいいと思うんだよね」
高木はますます意味が分からないという顔をしていた。
