クラスの中心にいる君と、隅っこにいる俺の話。

保健室に着くと、幸い養護教諭は不在だった。

机の上には、『会議中。すぐ戻ります』

という札だけが置かれている。

「とりあえず座れ」

神代に促され、拓はベッドへ腰を下ろした。

頭の痛みはだいぶ落ち着いていたが、今度は別の意味で心臓が落ち着かない。

目の前には神代、しかも二人きり。

神代は慣れた様子で冷却材を取り出す。

「なんか慣れてるね」

「部活でよく来てたから」

そう言いながら神代は拓の後ろへ回った。

「少し触る」

「え?」

返事をする間もなく、髪をそっとかき上げられる。

耳のすぐ後ろを指先がかすめた。

それだけで肩が跳ねる。

「っ」

「痛かったか」

「ち、違う」

慌てて否定する。

神代は少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。

冷たい保冷剤が後頭部に当てられる。

「大きな腫れはなさそうだな」

「よかった……」

そう言ったものの、妙に静かだ。

いつもなら上野が騒いでいるし、教室も賑やかだ。

今は神代と二人だけ。

その沈黙が妙に落ち着かない。

すると

「三浦」

そう神代がぽつりと口を開いた。

「ん?」

少し間が空く。

珍しく言葉を選んでいるようだった。

そして。

「……この前のこと」

「この前?」

「王様ゲーム」

その瞬間、拓の身体がぴくりと固まった。

思い出したくない。
いや、忘れられない。

「……あぁ」

気まずそうに目を逸らす。

すると神代は小さく息を吐いた。

「悪かった」

「え?」

思わず顔を上げる。

神代が謝るなんて予想していなかった。

「お前、ああいうの苦手だろ」

「まぁ……うん」

「分かってたのに」

神代は視線を落とした。

「少し調子に乗った」

その言葉に拓は目を丸くする。

学年中の人気者で、何でも完璧にこなす王子様。

そんな人が。

今、少しだけ気まずそうにしている。

「……神代でもそういうことあるんだ」

思わず本音が漏れた。

「何が」

「いや、なんか」

拓は苦笑する。

「神代って何でも余裕そうだから」

すると神代は一瞬黙り込んだ。

そして小さく笑う。

「そんなことない」

その声はどこか苦かった。

「俺も普通に緊張する」

「え?」

「王様ゲームの時も」

神代はそう言って視線を逸らした。

その横顔を見て、拓は思わず固まる。

「神代も?」

「……あぁ」

短い返事。

けれどその耳が少し赤い。

その姿を見た瞬間。

拓の胸の奥にあった何かが、少しだけ軽くなった。

あの日、自分だけが意識していたと思っていた。

自分だけが変に緊張していたと思っていた。

でも違った。

神代も同じだったんだ。

そう思ったら、なぜだか少しだけ嬉しかった。

「そっか」

自然と笑みがこぼれる。

神代はそんな拓を見て、ほんの少し目を見開いた。

「……やっと笑った」

小さく呟く。

「ん?」

「いや、何でもない」

神代はそっぽを向いた。

けれどその口元は、少しだけ嬉しそうに見えた。

「そういえばごめんね。重かっただろうに運んでくれて」

「いや、まったく。なんならいつでもやってあげる」

「いや!それは!」

久しぶりに、お互いの目を見て笑い合った気がした。

――いや。

出会ってまだ数日しか経っていないのだから、「久しぶり」なんておかしいのかもしれない。

それでも王様ゲームの後からどこかぎこちなかった空気が、今は少しだけ柔らかくなっている気がした。

神代が笑い、それにつられて俺も笑う。

ただそれだけのことなのに、胸の奥がじんわりと温かい。

不思議だった。

数日前までは名前すら知らなかった相手なのに、今はこうして二人きりで話している。

そして気づけば、その距離は思っていたよりずっと近くなっていた。

本当に少しだけだけど
でも確かに俺たちの距離はぎゅっと縮まっていた。