クラスの中心にいる君と、隅っこにいる俺の話。


「拓」

神代が一歩近づく。

拓の心臓は今にも飛び出しそうだった。

学校でやる王様ゲームって、こんな攻めたことをするものなのか。

教室中の視線が集まる中、逃げることもできない。

「ま、待っ……」

情けない声が漏れる。

神代は何も言わず、ただ真っ直ぐに拓を見つめていた。

いつもの無表情とは少し違う。
どこか余裕がないような、そんな顔。

一歩。また一歩。

距離が縮まる。

拓は反射的に後ろへ下がろうとしたが、椅子にぶつかって動けなかった。

逃げ場がない。

周囲も息を呑んで見守っている。

「東真?」

上野ですら驚いたような声を出した。

神代は聞こえていないかのように、視線を逸らさない。

(もうどうにでもなれ……!)

拓はぎゅっと目を閉じた。

心臓の音だけがやけに大きく響く。

そして……

ガラッ!!  

勢いよく教室のドアが開いた。

「おーい、お前ら席つけー」

担任の声が教室に響く。

一瞬の静寂。

そして次の瞬間。

「ええええええ!?」

女子たちの悲鳴が上がった。

「先生タイミング!!」
「空気読んでください!」

口々に飛ぶ抗議に、担任は首を傾げる。

「何がだよ」

拓はその隙に慌てて自分の席へ逃げ込んだ。

本当に助かった。そう思いながら荒い呼吸を整える。

まだ心臓が暴れている。

ふと視線を感じて顔を上げた。

そこには神代がいた。
さっきまでと同じように立っている。

けれど

「……え?」

拓は思わず目を瞬かせた。

神代の耳が赤い。

いや、耳だけじゃない。

頬までうっすら赤くなっている。

いつも冷静で、何を考えているか分からない神代東真が。

「東真?」

上野も不思議そうに顔を覗き込む。

すると神代はハッとしたように顔を逸らした。

「……うるさい」

ぶっきらぼうにそう言い捨て、自分の席へ向かう。

その背中を見ながら、上野は何かを察したように目を丸くした。

そして小さく笑う。

「そっかぁ、あの神代が」

その言葉の意味を、この時の拓はまだ知らない。

ただ一つだけ。

神代の赤くなった横顔が、なぜか頭から離れなかった。

ーーーー

王様ゲームから二日後。

「よし、次いくぞー!」

体育館に先生の声が響く。

今日の授業はドッジボールだった。

神代とは、あの日以来なんとなくぎこちない。

会話はする、昼も一緒に食べる、隣の席だから話す機会だって多い。

それなのに以前より距離が近くなったはずなのに、どう接していいのか分からなくなってしまった。

「はぁ……悩ましい」

思わずため息が漏れる。

「拓?」

不意に名前を呼ばれた。

顔を上げると、神代が心配そうにこちらを覗き込んでいる。

顔を見るだけで心臓が跳ねた。

「い、いや!なんでもない!」

慌てて首を振る。

「俺、運動苦手だから。不安だな〜って」

誤魔化すように少し大きな声を出した。

神代は数秒考え、

「あの端なら目立たないし、安全だと思う」

そう言ってコートの隅を指差す。

「ああ!そうだね!ありがとう!」

拓は逃げるように駆け足でその場所へ向かった。

(なんであんなに優しいんだろ……)

そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。



「試合開始!」

笛の音が鳴る。

けれど拓の意識は試合に集中できていなかった。

神代のことが頭の片隅から離れない。

すると

「三浦!」

誰かの叫び声が聞こえた。

反射的に振り返る。


その瞬間だった。

ゴッ――。

鈍い音が響く。

「っ……」

後頭部に強い衝撃が走った。

視界がぐらりと揺れる。

一歩下がろうとしても、上手く足に力が入らない。

「三浦!?」

周囲がざわつく。

なんとか立っていようとするが、身体がふらついた。その時、誰かの手が肩を支える。

「おい」

聞き慣れた声。

ぼやける視界の先には神代がいた。

いつもよりずっと険しい顔をしている。

「大丈夫か」

「だ、大丈夫……」

反射的に答える。

しかし神代は眉をひそめた。

「顔色悪いぞ」

「いや、本当に平気だから」

「平気な奴はふらつかない」

即答だった。

その様子を見ていた先生も近寄ってくる。

「三浦、一応保健室行くか」

「はい……」

拓は小さく頷いた。

すると神代が当然のように言う。

「連れていきます」

「え?」

「いや、一人で行けるから!」

慌てて否定する。 

頭は少し痛むが、歩けないほどではない。

そう思い、一歩踏み出した。

その瞬間
ぐらりと視界が傾く。

「あ……」

倒れる。

そう思った次の瞬間だった。

身体がふわりと浮いた。

「えっ」

理解が追いつかない。

気づけば神代の腕の中だった。

「なっ!?」

拓の思考が停止する。

俗に言う、お姫様抱っこだった。

「か、神代!?」

「暴れるな」

「いやいやいや!なんで!?」

体育館中の視線が集まる。

女子たちの悲鳴が響いた。

「神代くん何してるの!?」
「やばっ!」

しかし神代は至って真面目だった。

「頭打ったんだから歩くな」

「歩ける!」

「さっきふらついただろ」

「それは……」

反論できない。

神代はそのまま体育館の出口へ向かう。

「下ろして!」

「嫌だ」

「なんで!?」

「また倒れる」

真顔だった。

本気でそう思っている顔だった。

だからこそ余計に恥ずかしい。

顔が熱い。

周囲から歓声と笑い声が飛んでくる。


そして出口付近。

「東真」

振り返ると上野が立っていた。

「お前、一人で大丈夫か?」

「大丈夫。拓のことは俺が見る」

迷いのない返事だった。

上野は一瞬だけ目を丸くした後、ふっと笑う。

「そっか」

そして拓へ手を振った。

「たくっち、ちゃんと休めよー」

そのまま二人は保健室へ向かう。

並んだ後ろ姿を見送りながら、上野は小さく息を吐いた。

そして苦笑する。

「ったく……」

誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。

「過保護すぎるだろ」