翌日。
朝から拓はどこか落ち着かなかった。
理由は分かっている。
今日、あの子が神代に告白する。
「おはよ」
聞き慣れた声に顔を上げる。
神代だった。
鞄には相変わらず犬のキーホルダーが揺れている。
「あ、おはよ」
拓も思わず自分の鞄を見る。
同じように揺れる犬のキーホルダー。
それを見た神代の表情が少しだけ柔らかくなった。
けれど、その後はいつも通りだった。
授業を受けて、昼休みになって、放課後になる。
ただ一つ違ったのは、
「三浦くん」
帰りのホームルームが終わった直後、女子が拓の席までやってきたことだった。
少し震えている声で、それだけで緊張しているのが伝わってくる。
「今日だよね」
「うん……」
女子は小さく頷く。
手には昨日選んだプレゼントの袋。
「やっぱり怖いかも」
弱々しく笑う。
拓はそんな姿を見て、思わず言った。
「大丈夫。神代はちゃんと話聞いてくれるから」
「でも振られたらどうしよう」
「それでも神代なら適当に振る舞ったりしないよ」
拓はそう言って笑う。
神代は優しいから、きっとちゃんと向き合ってくれる。
女子はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「ありがとう」
その顔は少しだけ明るくなっていた。
そして「行ってくる」と言って教室を出ていく。
拓はその背中を見送った。
⸻
その少し経った後、後ろから「拓」と呼ばれる声がする。
「あれ、神代? いつの間に」
「拓、まだ帰らないのか」
「え?」
「最近ずっと遅いだろ」
「今日はちょっと」
また曖昧に誤魔化した。
神代は何も言わず、ただ真っ直ぐ見てくる。
その視線に耐えきれず、拓は目を逸らした。
「そういえば神代」
話題を変えるように口を開く。
「今日部活ないの?」
「ない」
短い返事だけで会話が続かない。
昨日と同じような妙な沈黙が流れる。
「そっかー……」
⸻
その時、廊下から声が聞こえた。
「神代くん!」
二人同時に振り向く。
そこには、例の女子が立っていた。
プレゼントの袋を抱えて。
「少し話したいことがあって……」
神代は一瞬だけ拓を見る。
拓は慌てて笑った。
「行ってこいよ」
何も知らないふりをして、応援するように。
神代はその顔を数秒見つめたあと、
「分かった」
そう言って女子の方へ歩いていった。
並んで遠ざかっていく二人の背中。
拓はほっと息を吐く。
(上手くいくといいな)
(でもこれで神代に彼女が出来たら、今までみたいに一緒に居られなくなるのかな)
そんな気持ちを抱えながら、拓は二人の背中が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。
⸻
校舎裏。
夕日が少しずつ校庭をオレンジ色に染めていた。
神代の前には、緊張した様子の女子が立っている。
両手でプレゼントの袋を握りしめながら、何度も深呼吸を繰り返していた。
「神代くん」
女子は意を決したように顔を上げた。
「私、神代くんのことが好きです」
まっすぐな言葉だった。
逃げずに伝えようとしているのが分かる。
「よかったら付き合ってください」
沈黙が落ち、優しい風が吹いた。
神代はしばらく何も言わず、その後静かに口を開く。
「ごめん」
女子の肩が小さく震えるのが見えたが、神代は続けた。
「付き合えない」
優しい声だった。
だからこそ残酷だった。
女子は唇を噛む。
それでも涙は堪えながら笑った。
「そっか」
少しだけ俯き、勇気を振り絞るように聞いた。
「好きな人……いるの?」
神代は言葉を失った。
好きな人。
ふと鞄につけているキーホルダーを大事そうに見つめると、
「……いる」
そう一言だけ残した。
女子は少しだけ目を見開く。
「そうなんだ」
その顔は少し寂しそうだった。
でも、どこか納得したようでもあった。
「その人、羨ましいな」
神代は何も答えられない。
女子は最後に小さく笑った。
「ちゃんと伝えられてよかった」
そう言って頭を下げる。
「ありがとうございました」
神代も軽く頭を下げた。
そして女子は去っていく。
一人になった校舎裏で、神代は空を見上げた。
ずっと好きな人はいる。
でもその人はたぶん、自分の気持ちに気づいていない。
むしろ今日だって、自分を応援するように送り出した。
思い出しただけで苦笑が漏れる。
「鈍すぎるだろ」
ぽつりと呟く。
⸻
その頃、教室では拓が窓の外を眺めながら待っていた。
(告白どうなったかな。上手くいったかな)
そんなことを考えている。
そして数分後、教室のドアが開いた。
振り向くと、そこには一人、神代が立っていた。
「神代」
拓は思わず立ち上がる。
女子の姿はない。
その瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。
けれど理由は分からない。
「どうだった?」
神代は数秒だけ拓を見つめ、席へ向かった。
「告白された」
「あ、そう、なんだ」
知っているからこそ、微妙な反応になる。
神代は鞄を持ち上げた。
「帰るぞ」
「あ、うん」
二人は並んで教室を出た。
人気のなくなった夕方の廊下は静かで、二人の足音だけが響く。
しばらく歩いた後、拓が恐る恐る口を開いた。
「で、どう返事したの?」
神代の足が少しだけ止まる。
「断った」
「そう……なんだ」
神代は再び歩き出した。
「なんで断ったの?」
少し沈黙が流れる。
それから神代は前を向いたまま言った。
「好きな人がいるから」
その言葉に、拓の心臓が大きく跳ねた。
「そっか」
当然だ。
神代みたいな奴に好きな人がいても何もおかしくない。
そう思うのに、なぜか胸の奥が重い。
「神代の好きな人ってどういう子なの?」
「気になるのか」
「いや、ちょっとだけ」
神代は少しだけ笑った。
「可愛いよ」
「やっぱりそうだよな」
拓は苦笑する。
すると神代は続けた。
「いつも寝癖ついてたり、緊張すると声大きくなったり、すぐ顔に出るところとか」
拓は何気なく聞いていた。
「そっか。愛されてるんだな、その子」
何気なくそう言った瞬間だった。
神代が足を止める。
「それから、お揃いのキーホルダー見て嬉しそうにしてるところとか」
「え?」
拓が首を傾げる。
視線が自然と自分の鞄へ落ちた。
そこには犬のキーホルダー。
神代の鞄にも同じものが揺れている。
その瞬間、心臓が嫌なほど大きく鳴った。
「神代……?」
神代は真っ直ぐ拓を見る。
逃がさないような視線だった。
「それに鈍感すぎるところも」
一歩、神代が近付く。
そのまま神代の手がドンと壁につき、気づけば逃げ場がない。
「え」
拓の呼吸が止まった。
「神代!?」
近い。
近すぎる。
神代は少しだけ困ったように笑う。
「だからこれからもっと分かりやすくする」
「な、何を……」
「アピール」
拓の頭が真っ白になる。
神代はさらに言う。
「お前が気付かないから」
「え……」
「もう遠慮しない」
心臓が跳ねる。
神代の指先が、拓の鞄についたキーホルダーを軽く揺らした。
「明日からは覚悟してて」
その瞳が真っ直ぐ拓を映している。
「俺は諦める気ないから」
拓の思考が完全に停止した。
神代は満足そうに小さく笑う。
「返事はいらない」
そう言って体を離した。
「今はな」
夕日に照らされながら先に歩き出す。
残された拓は壁にもたれたまま動けなかった。
顔が熱いし、心臓もやけにうるさい。
そして何より、神代の好きな人が誰なのか。
もう気付かないふりができなくなっていた。
朝から拓はどこか落ち着かなかった。
理由は分かっている。
今日、あの子が神代に告白する。
「おはよ」
聞き慣れた声に顔を上げる。
神代だった。
鞄には相変わらず犬のキーホルダーが揺れている。
「あ、おはよ」
拓も思わず自分の鞄を見る。
同じように揺れる犬のキーホルダー。
それを見た神代の表情が少しだけ柔らかくなった。
けれど、その後はいつも通りだった。
授業を受けて、昼休みになって、放課後になる。
ただ一つ違ったのは、
「三浦くん」
帰りのホームルームが終わった直後、女子が拓の席までやってきたことだった。
少し震えている声で、それだけで緊張しているのが伝わってくる。
「今日だよね」
「うん……」
女子は小さく頷く。
手には昨日選んだプレゼントの袋。
「やっぱり怖いかも」
弱々しく笑う。
拓はそんな姿を見て、思わず言った。
「大丈夫。神代はちゃんと話聞いてくれるから」
「でも振られたらどうしよう」
「それでも神代なら適当に振る舞ったりしないよ」
拓はそう言って笑う。
神代は優しいから、きっとちゃんと向き合ってくれる。
女子はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「ありがとう」
その顔は少しだけ明るくなっていた。
そして「行ってくる」と言って教室を出ていく。
拓はその背中を見送った。
⸻
その少し経った後、後ろから「拓」と呼ばれる声がする。
「あれ、神代? いつの間に」
「拓、まだ帰らないのか」
「え?」
「最近ずっと遅いだろ」
「今日はちょっと」
また曖昧に誤魔化した。
神代は何も言わず、ただ真っ直ぐ見てくる。
その視線に耐えきれず、拓は目を逸らした。
「そういえば神代」
話題を変えるように口を開く。
「今日部活ないの?」
「ない」
短い返事だけで会話が続かない。
昨日と同じような妙な沈黙が流れる。
「そっかー……」
⸻
その時、廊下から声が聞こえた。
「神代くん!」
二人同時に振り向く。
そこには、例の女子が立っていた。
プレゼントの袋を抱えて。
「少し話したいことがあって……」
神代は一瞬だけ拓を見る。
拓は慌てて笑った。
「行ってこいよ」
何も知らないふりをして、応援するように。
神代はその顔を数秒見つめたあと、
「分かった」
そう言って女子の方へ歩いていった。
並んで遠ざかっていく二人の背中。
拓はほっと息を吐く。
(上手くいくといいな)
(でもこれで神代に彼女が出来たら、今までみたいに一緒に居られなくなるのかな)
そんな気持ちを抱えながら、拓は二人の背中が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。
⸻
校舎裏。
夕日が少しずつ校庭をオレンジ色に染めていた。
神代の前には、緊張した様子の女子が立っている。
両手でプレゼントの袋を握りしめながら、何度も深呼吸を繰り返していた。
「神代くん」
女子は意を決したように顔を上げた。
「私、神代くんのことが好きです」
まっすぐな言葉だった。
逃げずに伝えようとしているのが分かる。
「よかったら付き合ってください」
沈黙が落ち、優しい風が吹いた。
神代はしばらく何も言わず、その後静かに口を開く。
「ごめん」
女子の肩が小さく震えるのが見えたが、神代は続けた。
「付き合えない」
優しい声だった。
だからこそ残酷だった。
女子は唇を噛む。
それでも涙は堪えながら笑った。
「そっか」
少しだけ俯き、勇気を振り絞るように聞いた。
「好きな人……いるの?」
神代は言葉を失った。
好きな人。
ふと鞄につけているキーホルダーを大事そうに見つめると、
「……いる」
そう一言だけ残した。
女子は少しだけ目を見開く。
「そうなんだ」
その顔は少し寂しそうだった。
でも、どこか納得したようでもあった。
「その人、羨ましいな」
神代は何も答えられない。
女子は最後に小さく笑った。
「ちゃんと伝えられてよかった」
そう言って頭を下げる。
「ありがとうございました」
神代も軽く頭を下げた。
そして女子は去っていく。
一人になった校舎裏で、神代は空を見上げた。
ずっと好きな人はいる。
でもその人はたぶん、自分の気持ちに気づいていない。
むしろ今日だって、自分を応援するように送り出した。
思い出しただけで苦笑が漏れる。
「鈍すぎるだろ」
ぽつりと呟く。
⸻
その頃、教室では拓が窓の外を眺めながら待っていた。
(告白どうなったかな。上手くいったかな)
そんなことを考えている。
そして数分後、教室のドアが開いた。
振り向くと、そこには一人、神代が立っていた。
「神代」
拓は思わず立ち上がる。
女子の姿はない。
その瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。
けれど理由は分からない。
「どうだった?」
神代は数秒だけ拓を見つめ、席へ向かった。
「告白された」
「あ、そう、なんだ」
知っているからこそ、微妙な反応になる。
神代は鞄を持ち上げた。
「帰るぞ」
「あ、うん」
二人は並んで教室を出た。
人気のなくなった夕方の廊下は静かで、二人の足音だけが響く。
しばらく歩いた後、拓が恐る恐る口を開いた。
「で、どう返事したの?」
神代の足が少しだけ止まる。
「断った」
「そう……なんだ」
神代は再び歩き出した。
「なんで断ったの?」
少し沈黙が流れる。
それから神代は前を向いたまま言った。
「好きな人がいるから」
その言葉に、拓の心臓が大きく跳ねた。
「そっか」
当然だ。
神代みたいな奴に好きな人がいても何もおかしくない。
そう思うのに、なぜか胸の奥が重い。
「神代の好きな人ってどういう子なの?」
「気になるのか」
「いや、ちょっとだけ」
神代は少しだけ笑った。
「可愛いよ」
「やっぱりそうだよな」
拓は苦笑する。
すると神代は続けた。
「いつも寝癖ついてたり、緊張すると声大きくなったり、すぐ顔に出るところとか」
拓は何気なく聞いていた。
「そっか。愛されてるんだな、その子」
何気なくそう言った瞬間だった。
神代が足を止める。
「それから、お揃いのキーホルダー見て嬉しそうにしてるところとか」
「え?」
拓が首を傾げる。
視線が自然と自分の鞄へ落ちた。
そこには犬のキーホルダー。
神代の鞄にも同じものが揺れている。
その瞬間、心臓が嫌なほど大きく鳴った。
「神代……?」
神代は真っ直ぐ拓を見る。
逃がさないような視線だった。
「それに鈍感すぎるところも」
一歩、神代が近付く。
そのまま神代の手がドンと壁につき、気づけば逃げ場がない。
「え」
拓の呼吸が止まった。
「神代!?」
近い。
近すぎる。
神代は少しだけ困ったように笑う。
「だからこれからもっと分かりやすくする」
「な、何を……」
「アピール」
拓の頭が真っ白になる。
神代はさらに言う。
「お前が気付かないから」
「え……」
「もう遠慮しない」
心臓が跳ねる。
神代の指先が、拓の鞄についたキーホルダーを軽く揺らした。
「明日からは覚悟してて」
その瞳が真っ直ぐ拓を映している。
「俺は諦める気ないから」
拓の思考が完全に停止した。
神代は満足そうに小さく笑う。
「返事はいらない」
そう言って体を離した。
「今はな」
夕日に照らされながら先に歩き出す。
残された拓は壁にもたれたまま動けなかった。
顔が熱いし、心臓もやけにうるさい。
そして何より、神代の好きな人が誰なのか。
もう気付かないふりができなくなっていた。
