登場人物
神代 東真(かみしろ あずま)
→学園トップの人気者。クールで無口だが、面倒見がいい。
三浦 拓(みうら たく)
→パッとしない男の子。神代を遠い存在だと思っている。
上野 陽(うえの よう)
→神代の中学からの友達。明るくみんなから好かれる存在。
高木 優斗(たかぎ ゆうと)
→三浦の中学からの友達。三浦の相談にいつも乗る頼れる存在。
ーーーーー
高校二年、最初の登校日。
春の風に乗って、桜の花びらがひらひらと舞う。新しいクラスや久しぶりの再会に胸を弾ませる生徒たちの明るい声が、通学路のあちこちから聞こえてきた。
誰もが楽しそうに学校へ向かう中、俺だけはどうしても気分が晴れなかった。
重たい足を引きずるように前へ進みながら、小さく息を吐く。
「はぁ……」
こぼれ落ちたため息は、春風にさらわれて消えていく。
自然と肩が丸まり、視線も足元へ落ちた。
せっかくの新学期だというのに、俺の心は期待よりも憂鬱さでいっぱいだった。
「おーーい!」
そんな中、突然響いた大きな声に思わず顔を上げる。
周りを歩いていた生徒たちも一斉に振り返り、その視線の先を追った。
すると、遠くの方から自転車がものすごい勢いでこちらへ向かってくる。
「え……ちょっ、怖」
思わず身構えた次の瞬間、自転車に乗った人物が俺のすぐ横で器用にブレーキをかけた。
「おはよ!拓!」
聞き慣れた声に肩の力が抜ける。
そこにいたのは、高木だった。
中学からの付き合いで、今でも変わらず仲良くしている。俺の唯一の友達。
「あ、おはよ」
そう返しながら、自転車を押して歩き始めた高木を見る。
「朝から元気すぎ」
「拓が元気なさすぎなんだよ」
高木は呆れたように笑った。
「なんでそんなテンション低いんだ?」
「いや、それは……」
言葉を濁した瞬間、高木が何かを思いついたように指を鳴らす。
「あっ、分かった。クラス替えだろ?」
「え」
「だって拓、俺しか友達いないじゃん」
ぎくり、と肩が跳ねた。
「ち、違うから。寝不足なだけだから!」
図星だった。
潔く認めるのが悔しくて、慌てて視線を逸らす。
「へぇ」
「友達なんてすぐできるし」
強がってみせると、高木はにやにやしながら顔を覗き込んでくる。
「中学のときも、ほぼ俺としか喋らずに卒業したのにな」
「……うるせ」
小さく返すと、高木は楽しそうに笑った。
「まあ安心しろって。もしクラス離れても昼くらいは一緒に食ってやるから」
「いつも上から目線なんだよ」
「感謝しろよな」
そんなくだらないやり取りをしながら歩いていると、前方から妙なざわめきが聞こえてきた。
最初は気のせいかと思った。
けれど校門へ近づくにつれて、そのざわめきはどんどん大きくなっていく。
「きゃー!神代くんと上野くん!」
「やば、今日も顔良すぎ」
黄色い歓声に思わず顔を上げた。
校門の前には大勢の生徒が集まっている。
その中心にいたのは、二人の男子生徒だった。
一人は黒髪。
整った顔立ちに長身。周囲の騒ぎなど気にも留めていないような涼しい表情をしている。
そしてもう一人は明るい茶色の髪を無造作にかき上げながら、集まった生徒たちへ気さくに手を振っていた。
「あー、今日もすごいな」
隣で高木が苦笑する。
「知ってるだろ? 神代と上野」
「まあ……名前くらいは」
知らないはずがない。
神代と上野。
成績優秀、運動神経抜群、顔もいい。
入学した頃から学園中で有名な二人組だ。
その人気は教師ですら一目置くほどで、生徒たちからは『二大王子』なんて呼ばれている。
俺とは住む世界が違う人種だった。
だから特に興味もなかった。
……はずだった。
「おい神代!こっち向いて!」
女子生徒の声に反応するように、神代がふと顔を上げる。
その視線が
なぜか一瞬だけ、こちらを向いた。
心臓がどくりと鳴った。
けれど次の瞬間には、神代は何事もなかったように視線を逸らしてしまう。
もちろん気のせいだ。
こんな大勢の中で、わざわざ俺を見る理由なんてない。
そう思いながらも、胸の奥に残った妙な感覚が消えなかった。
「拓?」
高木の声に我に返る。
「なにぼーっとしてんだ?」
「別に」
そう答えて歩き出す。
「早く、クラス変え見に行こうぜ」
「俺、自転車止めてから行くから先行ってて」
「分かった」
ーーーーー
クラス表が貼り出された掲示板の前には、大勢の生徒たちが集まっていた。
「また同じクラスじゃん!」
「俺、また二組かよー」
その人混みの中を、拓は「すみません」と小さな声で謝りながら身を縮めて進んだ。
肩がぶつからないよう気をつけながら人の隙間を抜け、ようやく掲示板の前へ辿り着く。
胸の前でぎゅっと拳を握る。
(どうか、穏やかなクラスでありますように……!)
祈るような気持ちで顔を上げ、ずらりと並んだ名前の中から自分の名前を探した。
(三浦は、えっと、あった)
"2年3組"
自分の名前を見つけた瞬間、ほっと息を吐く。
「拓ー!何組だった?」
少し遅れてやって来た高木がこちらへ向かっていた。
「3組。高木は?」
「俺は、、えっと、1組だな」
「あ、まじか……」
思わず肩が落ちる。
その高木とクラスが離れるのは、想像以上に心細かった。
(ぼっち確定じゃん)
心の中で呟くと、高木はそんな拓の考えを見透かしたように笑った。
「まぁ大丈夫だろ。お前は音沙汰なく静かに過ごしてたら、気づいた頃には一年終わってるタイプだし」
そう言いながら、ぽんぽんと肩を叩いてくる。
「なんだよ、その慰め方」
呆れたように言うと、高木はけらけらと笑った。
「事実じゃん」
「全然フォローになってないんだけど」
そんなやり取りをしていると、不意に隣へ大きな人影が差した。
何気なく顔を上げようとして、ふと高木の様子がおかしいことに気づく。
さっきまで気楽そうに笑っていた高木が、どこか緊張したような顔で隣を見ていた。
(なんだ?)
つられるように視線を向けた瞬間、思わず息を呑む。
そこにいたのは、さっきまで校門近くで女子たちに囲まれていた二人だった。
神代東真。
そして上野陽。
整った顔立ちに、すらりとした長身は、近くにいるだけで空気が変わる。
まるで漫画の中から出てきたみたいだった。
(うわ、本物だ……)
眩しすぎる。
陰キャの俺が至近距離で浴びていいオーラじゃない。
視界が焼かれそうだ。
関わらないのが一番だと判断し、そっとその場を離れようとした時だった。
「東真、お前どこのクラス?」
上野が神代の肩に腕を回しながら尋ねる。
神代は面倒そうにクラス表へ目を向けたまま答えた。
「……3組」
「あ、まじ?俺も」
上野がぱっと顔を明るくする。
(え?)
その言葉に、思わず足が止まった。
3組。
聞き間違いじゃない。
確かに今、3組と言った。
俺と同じクラス。
(終わった)
胸の中で何かが静かに崩れ落ちる。
穏やかなクラスに静かな学校生活。
目立たず平和に過ごす1年。
そんな理想は、初日にして木っ端みじんになった。
(絶対に騒がしい。間違いなく騒がしい)
「神代くーん!上野くーん!」
前方から黄色い歓声が上がる。
見る間に女子生徒たちの集団がこちらへ押し寄せてきた。
「二人ともどこのクラスなの!?」
「えっ、同じじゃん!」
「うそー!いいなぁ!」
一気に人が雪崩れ込んでくる。
「うわっ…!」
前からも横からも人が押し寄せ、逃げ場がない。
押される。
そう気づいた時には、もうバランスを崩していた。
「ちょっ」
足がもつれる。
次の瞬間、視界がぐらりと傾き、俺はそのまま尻餅をつくように床へ倒れ込んだ。
「痛っ……」
咄嗟についた手のひらに鈍い痛みが走る。
じんじんと痺れるような感覚に顔をしかめた、その時だった。
「おい!」
低く通る声が響く。
その一言だけで、騒がしかった空気が一瞬静まり返った気がした。
何事かと顔を上げる。
女子たちが慌てて道を開けるその先から、一人の男子生徒がこちらへ歩いてきた。
神代だった。
「大丈夫か」
目の前で立ち止まり、神代が手を差し伸べる。
さっきまで女子たちに囲まれていた時の、どこか余裕のある無表情とは違う。
眉間には薄く皺が寄り、その表情にははっきりと焦りの色が浮かんでいた。
その顔はまるで本気で
(心配してくれてる…?)
初対面で、こんなに心配してくれるなんてどんだけいい奴なんだ。
それにその顔。やっぱり至近距離で見ると破壊力が違った。
長い睫毛。
整った鼻筋。
少しだけ鋭い目元。
同じ高校生とは思えない。
俺が固まっていると、神代はさらに眉を寄せた。
「立てるか?」
「あ!う、うん……」
慌てて差し出された手を見る。
綺麗な手だった。
男なのに、自分の手よりずっと整っている。
(いや、見てる場合じゃないだろ)
心の中で自分にツッコミを入れながら、おそるおそるその手を取る。
想像以上に力強くて、一瞬で身体が持ち上がった。
「ありがとうございます」
小さく礼を言うと、神代はほっとしたように息を吐いた。
と同時にその様子を見て、周りの女子たちがざわつき始める。
(うわ、目立ってる)
ただ転んだだけなのに、周囲の視線が全部こっちに集まっている気がする。
背中がむず痒い。
(このままだと穏やかな高校生活が送れなくなる!!)
そんな俺の焦りなど知らず、神代はまだ心配そうな顔をしていた。
「念の為、保健室とか」
「だ、だ、大丈夫です!!」
自分でも出したことがないほどの大声と同時に、俺は咄嗟に走り出してしまった。
「おい!拓!」
後方から高木の声が飛んでくる。
突然走り出した俺に驚いたのだろう。
「待てって!」
そんな声を聞きながらも、俺は人混みを縫うように走った。
ーーーーーー
「なに、あの子?めちゃ乙女みたいな反応だったけど」
上野が面白そうに笑いながら言う。
けれど神代は答えなかった。
ただ、人混みの向こうへ消えていく拓の後ろ姿を見つめる。
そして、さっきまで拓の手を掴んでいた右手をそっと握りしめ、口元がわずかに緩んだ。
「やっと……」
ぽつりと漏れた声は、ざわめきに紛れて誰にも届かない。
そして、誰もまだ知らない。
これから先に待っている出来事が、
誰も想像できないほど愛おしく
かけがえのない時間になっていくことを。
神代 東真(かみしろ あずま)
→学園トップの人気者。クールで無口だが、面倒見がいい。
三浦 拓(みうら たく)
→パッとしない男の子。神代を遠い存在だと思っている。
上野 陽(うえの よう)
→神代の中学からの友達。明るくみんなから好かれる存在。
高木 優斗(たかぎ ゆうと)
→三浦の中学からの友達。三浦の相談にいつも乗る頼れる存在。
ーーーーー
高校二年、最初の登校日。
春の風に乗って、桜の花びらがひらひらと舞う。新しいクラスや久しぶりの再会に胸を弾ませる生徒たちの明るい声が、通学路のあちこちから聞こえてきた。
誰もが楽しそうに学校へ向かう中、俺だけはどうしても気分が晴れなかった。
重たい足を引きずるように前へ進みながら、小さく息を吐く。
「はぁ……」
こぼれ落ちたため息は、春風にさらわれて消えていく。
自然と肩が丸まり、視線も足元へ落ちた。
せっかくの新学期だというのに、俺の心は期待よりも憂鬱さでいっぱいだった。
「おーーい!」
そんな中、突然響いた大きな声に思わず顔を上げる。
周りを歩いていた生徒たちも一斉に振り返り、その視線の先を追った。
すると、遠くの方から自転車がものすごい勢いでこちらへ向かってくる。
「え……ちょっ、怖」
思わず身構えた次の瞬間、自転車に乗った人物が俺のすぐ横で器用にブレーキをかけた。
「おはよ!拓!」
聞き慣れた声に肩の力が抜ける。
そこにいたのは、高木だった。
中学からの付き合いで、今でも変わらず仲良くしている。俺の唯一の友達。
「あ、おはよ」
そう返しながら、自転車を押して歩き始めた高木を見る。
「朝から元気すぎ」
「拓が元気なさすぎなんだよ」
高木は呆れたように笑った。
「なんでそんなテンション低いんだ?」
「いや、それは……」
言葉を濁した瞬間、高木が何かを思いついたように指を鳴らす。
「あっ、分かった。クラス替えだろ?」
「え」
「だって拓、俺しか友達いないじゃん」
ぎくり、と肩が跳ねた。
「ち、違うから。寝不足なだけだから!」
図星だった。
潔く認めるのが悔しくて、慌てて視線を逸らす。
「へぇ」
「友達なんてすぐできるし」
強がってみせると、高木はにやにやしながら顔を覗き込んでくる。
「中学のときも、ほぼ俺としか喋らずに卒業したのにな」
「……うるせ」
小さく返すと、高木は楽しそうに笑った。
「まあ安心しろって。もしクラス離れても昼くらいは一緒に食ってやるから」
「いつも上から目線なんだよ」
「感謝しろよな」
そんなくだらないやり取りをしながら歩いていると、前方から妙なざわめきが聞こえてきた。
最初は気のせいかと思った。
けれど校門へ近づくにつれて、そのざわめきはどんどん大きくなっていく。
「きゃー!神代くんと上野くん!」
「やば、今日も顔良すぎ」
黄色い歓声に思わず顔を上げた。
校門の前には大勢の生徒が集まっている。
その中心にいたのは、二人の男子生徒だった。
一人は黒髪。
整った顔立ちに長身。周囲の騒ぎなど気にも留めていないような涼しい表情をしている。
そしてもう一人は明るい茶色の髪を無造作にかき上げながら、集まった生徒たちへ気さくに手を振っていた。
「あー、今日もすごいな」
隣で高木が苦笑する。
「知ってるだろ? 神代と上野」
「まあ……名前くらいは」
知らないはずがない。
神代と上野。
成績優秀、運動神経抜群、顔もいい。
入学した頃から学園中で有名な二人組だ。
その人気は教師ですら一目置くほどで、生徒たちからは『二大王子』なんて呼ばれている。
俺とは住む世界が違う人種だった。
だから特に興味もなかった。
……はずだった。
「おい神代!こっち向いて!」
女子生徒の声に反応するように、神代がふと顔を上げる。
その視線が
なぜか一瞬だけ、こちらを向いた。
心臓がどくりと鳴った。
けれど次の瞬間には、神代は何事もなかったように視線を逸らしてしまう。
もちろん気のせいだ。
こんな大勢の中で、わざわざ俺を見る理由なんてない。
そう思いながらも、胸の奥に残った妙な感覚が消えなかった。
「拓?」
高木の声に我に返る。
「なにぼーっとしてんだ?」
「別に」
そう答えて歩き出す。
「早く、クラス変え見に行こうぜ」
「俺、自転車止めてから行くから先行ってて」
「分かった」
ーーーーー
クラス表が貼り出された掲示板の前には、大勢の生徒たちが集まっていた。
「また同じクラスじゃん!」
「俺、また二組かよー」
その人混みの中を、拓は「すみません」と小さな声で謝りながら身を縮めて進んだ。
肩がぶつからないよう気をつけながら人の隙間を抜け、ようやく掲示板の前へ辿り着く。
胸の前でぎゅっと拳を握る。
(どうか、穏やかなクラスでありますように……!)
祈るような気持ちで顔を上げ、ずらりと並んだ名前の中から自分の名前を探した。
(三浦は、えっと、あった)
"2年3組"
自分の名前を見つけた瞬間、ほっと息を吐く。
「拓ー!何組だった?」
少し遅れてやって来た高木がこちらへ向かっていた。
「3組。高木は?」
「俺は、、えっと、1組だな」
「あ、まじか……」
思わず肩が落ちる。
その高木とクラスが離れるのは、想像以上に心細かった。
(ぼっち確定じゃん)
心の中で呟くと、高木はそんな拓の考えを見透かしたように笑った。
「まぁ大丈夫だろ。お前は音沙汰なく静かに過ごしてたら、気づいた頃には一年終わってるタイプだし」
そう言いながら、ぽんぽんと肩を叩いてくる。
「なんだよ、その慰め方」
呆れたように言うと、高木はけらけらと笑った。
「事実じゃん」
「全然フォローになってないんだけど」
そんなやり取りをしていると、不意に隣へ大きな人影が差した。
何気なく顔を上げようとして、ふと高木の様子がおかしいことに気づく。
さっきまで気楽そうに笑っていた高木が、どこか緊張したような顔で隣を見ていた。
(なんだ?)
つられるように視線を向けた瞬間、思わず息を呑む。
そこにいたのは、さっきまで校門近くで女子たちに囲まれていた二人だった。
神代東真。
そして上野陽。
整った顔立ちに、すらりとした長身は、近くにいるだけで空気が変わる。
まるで漫画の中から出てきたみたいだった。
(うわ、本物だ……)
眩しすぎる。
陰キャの俺が至近距離で浴びていいオーラじゃない。
視界が焼かれそうだ。
関わらないのが一番だと判断し、そっとその場を離れようとした時だった。
「東真、お前どこのクラス?」
上野が神代の肩に腕を回しながら尋ねる。
神代は面倒そうにクラス表へ目を向けたまま答えた。
「……3組」
「あ、まじ?俺も」
上野がぱっと顔を明るくする。
(え?)
その言葉に、思わず足が止まった。
3組。
聞き間違いじゃない。
確かに今、3組と言った。
俺と同じクラス。
(終わった)
胸の中で何かが静かに崩れ落ちる。
穏やかなクラスに静かな学校生活。
目立たず平和に過ごす1年。
そんな理想は、初日にして木っ端みじんになった。
(絶対に騒がしい。間違いなく騒がしい)
「神代くーん!上野くーん!」
前方から黄色い歓声が上がる。
見る間に女子生徒たちの集団がこちらへ押し寄せてきた。
「二人ともどこのクラスなの!?」
「えっ、同じじゃん!」
「うそー!いいなぁ!」
一気に人が雪崩れ込んでくる。
「うわっ…!」
前からも横からも人が押し寄せ、逃げ場がない。
押される。
そう気づいた時には、もうバランスを崩していた。
「ちょっ」
足がもつれる。
次の瞬間、視界がぐらりと傾き、俺はそのまま尻餅をつくように床へ倒れ込んだ。
「痛っ……」
咄嗟についた手のひらに鈍い痛みが走る。
じんじんと痺れるような感覚に顔をしかめた、その時だった。
「おい!」
低く通る声が響く。
その一言だけで、騒がしかった空気が一瞬静まり返った気がした。
何事かと顔を上げる。
女子たちが慌てて道を開けるその先から、一人の男子生徒がこちらへ歩いてきた。
神代だった。
「大丈夫か」
目の前で立ち止まり、神代が手を差し伸べる。
さっきまで女子たちに囲まれていた時の、どこか余裕のある無表情とは違う。
眉間には薄く皺が寄り、その表情にははっきりと焦りの色が浮かんでいた。
その顔はまるで本気で
(心配してくれてる…?)
初対面で、こんなに心配してくれるなんてどんだけいい奴なんだ。
それにその顔。やっぱり至近距離で見ると破壊力が違った。
長い睫毛。
整った鼻筋。
少しだけ鋭い目元。
同じ高校生とは思えない。
俺が固まっていると、神代はさらに眉を寄せた。
「立てるか?」
「あ!う、うん……」
慌てて差し出された手を見る。
綺麗な手だった。
男なのに、自分の手よりずっと整っている。
(いや、見てる場合じゃないだろ)
心の中で自分にツッコミを入れながら、おそるおそるその手を取る。
想像以上に力強くて、一瞬で身体が持ち上がった。
「ありがとうございます」
小さく礼を言うと、神代はほっとしたように息を吐いた。
と同時にその様子を見て、周りの女子たちがざわつき始める。
(うわ、目立ってる)
ただ転んだだけなのに、周囲の視線が全部こっちに集まっている気がする。
背中がむず痒い。
(このままだと穏やかな高校生活が送れなくなる!!)
そんな俺の焦りなど知らず、神代はまだ心配そうな顔をしていた。
「念の為、保健室とか」
「だ、だ、大丈夫です!!」
自分でも出したことがないほどの大声と同時に、俺は咄嗟に走り出してしまった。
「おい!拓!」
後方から高木の声が飛んでくる。
突然走り出した俺に驚いたのだろう。
「待てって!」
そんな声を聞きながらも、俺は人混みを縫うように走った。
ーーーーーー
「なに、あの子?めちゃ乙女みたいな反応だったけど」
上野が面白そうに笑いながら言う。
けれど神代は答えなかった。
ただ、人混みの向こうへ消えていく拓の後ろ姿を見つめる。
そして、さっきまで拓の手を掴んでいた右手をそっと握りしめ、口元がわずかに緩んだ。
「やっと……」
ぽつりと漏れた声は、ざわめきに紛れて誰にも届かない。
そして、誰もまだ知らない。
これから先に待っている出来事が、
誰も想像できないほど愛おしく
かけがえのない時間になっていくことを。
