お菓子より甘いもの。

 恋人の浅羽葉(あさばよう)と一緒に暮らしはじめて半年になる。

 疲れたなぁって仕事から帰ってきたとき、恋人が家にいてくれることが救いになったり。反対に生活習慣のずれからちょっとしたケンカになったり。翌日が休みの日は思う存分、抱き合うことができたり。そんな毎日がもう半年間もつづいていて、俺は幸せすぎて大丈夫かと逆に危機感を覚えるくらいだ。

 いつもは俺のほうが仕事から帰ってくる時間が遅いのだが、その日、葉は出張の帰りで遅くなり、俺はもともと休みの日で、だからちょっとしたサプライズをしようと思った。
 
 十月最後の土曜日。ハロウィンだ。

 部屋に飾りつけをして、カボチャのシチュー、カボチャのコロッケ、カボチャのサラダを作った。ディスカウントストアで買ってきてあったリアルなゾンビのマスクをかぶって、要らなくなった肌着のTシャツをボロボロにしたものを着て、下はダメージジーンズで、見える肌には絵の具で緑色とか茶色とかゾンビらしい色を塗って、葉が帰ってくるのを待った。

 午後七時半。葉がようやく出張から帰ってくる。ごろごろとスーツケースを転がし、俺たちのマンションの部屋にたどり着く。鍵を開けて、ドアを開く。ただいま、という疲れた声。

「あれ? 灯(あかり)、いないのか? 電気ついてないけど」

 俺は何も言わずに、よたよたとした足取りで、リビングから玄関に向かう。
 肩の力を抜き、腕をだらんとさせ、本当にゾンビになったような気持ちで、葉を出迎える。

「トリック・オア・トリートォォォ」

 薄暗い廊下に俺の低く抑えた声が響き渡る。

「ぅわあぁぁあぁぁ」

 スーツケースを持ったまま叫んで一歩後ずさる葉。

「待って! ちょっと待って! リアルすぎる!」

 どうやらサプライズが成功したようだ。

「いたずらしてもいいの?」
「よくない! ていうかゾンビ化がもうすでにいたずらだろ……」
「お菓子くれなきゃ、いたずらするよ」
「あぁ、お土産! お土産のちんすこうあるから!」

 確かに葉はスーツケースとビジネスバッグの他に紙袋を持っている。その袋から取り出した箱の包装を破いて、個包装になったちんすこうを三つ、ゾンビの俺に差し出した。

「これで許して!」
「許さない。もっと甘いのが欲しい」
「もっと甘いのって」
「好きとか会いたかったとか、そういうの」
「灯が好きだよ」
「俺も葉に会いたくてたまらなかった。出張一週間って長過ぎ」

 ゾンビの俺が言ってもぜんぜん甘い空気にならない。

「とりあえずそのかぶり物外して」
「せっかく買ったのに」
「灯と話してる感じがしない。その顔見てるといまにも俺もゾンビになりそう」
「ゾンビの何が悪いんだよ」
「ゾンビが悪いんじゃなくて、灯のかわいい顔が見たいの」

 そう言って葉がとろけるような目で俺を見て、それからそっと手を伸ばして俺がかぶったゾンビのマスクを優しく外す。

 素顔の俺はこれといって取り柄のない、ただの二十四歳の男だ。

 スーツの葉は整った顔立ちで自然と人目を惹く、背の高い二十五歳の男だ。

 俺と葉は見つめ合って微笑み合って、それから俺は軽く背伸びをして、葉の首にしがみついた。

「おかえり、葉」
「ただいま、灯」

 俺の背中に温かい腕をまわして応えてくれた葉がつぶやく。

「いい匂いするなぁ。帰ってきたって感じがする」
「今日はハロウィンだからカボチャ料理のフルコースにしてみた」
「楽しみ。でももうちょっと灯とこうしてたいな」
「うん。俺も。久しぶりだし」

 どんなことがあっても帰る場所がある。

 ちいさなドキドキとときめきをふたりで分かち合いながら、暮らしていく。

 ハロウィンも、この先の、クリスマスも、お正月も、バレンタインデーも、嬉しいときもつらいときも、ずっと。

 すぐそばに恋しい人がいることの幸せを噛みしめながら、俺は言った。

「ハッピーハロウィン」
「それは俺のセリフだよ、灯」

 そう言って髪を撫でてくれる葉がとても愛おしくて、俺は目を閉じてキスを待った。