中庭には赤々とした毛氈が敷かれ、和傘や屏風など煌びやかな装飾で彩られていた。
上座には皇帝である紅雅。そして彼を囲うように三人の妃が座る。
どの妃も美しさと煌びやかさを兼ね備えていることが一目で分かった。
(……なんだかすごく空気が重い気がするわ)
新しい妃である花乃を品定めをするようにこちら見ていることが伝わる。皆口元に笑みを浮かべてはいるが、その視線は刃物のように鋭い。
特に目つきが鋭いのは、黄緑色の打掛を身に纏った妃だ。扇子を口元に当て、睨みつけるようにこちらを見る。
(私、何かお気に触るようなことしたかしら……)
初対面だというのに。居心地の悪さを感じながらも、花乃は背筋を伸ばして紅雅を見た。
紅雅の側近の宣言より宴が始まる。
皇帝、妃の前には秋の食材をふんだんに使った食事が並んだ。
どれも香りがよく、盛り付け方も見事だ。さすが、国随一の料理人が腕を振るっただけある。
(とても美味しい……)
黙々と箸を進めていた花乃は、ふと我に返り目線を前に向けた。すると、ぱちりと紅雅と目が合う。
だが、その目つきは鬼のように鋭く尖っていた。
(……私、食べすぎてしまったかしら)
威圧的な視線に花乃は慌てて箸を置き、膝に手を置いた。そして紅雅に笑みを向けてみる。
(……あらら)
紅雅は勢いよく視線を逸らし、酒を煽った。自分の笑みが逆効果だったと花乃は心の中でため息を吐く。
「それでは、新しく入内された花乃さまの入内の儀にうつらせていただきます」
宴も後半。あらかた食事と紅葉を楽しんだ頃に、側近は声を高らかにあげた。
「それでは花乃さま、こちらに」
促された場所は紅雅の隣。どうやら妃の証であるかんざしを授与されるらしい。
(先程のこともあって気まずいわ…… でも行くしかないわよね……)
花乃は渋々立ち上がると、足を一歩進めた。足を前に出すたびに、この場の重い空気と視線がまとわりついてきて歩きにくくなる。
やっとの思いで紅雅の元に辿り着いた花乃は一礼した。
側近から紅水晶のかんざしを受け取った紅雅が花乃と向き合う。
「そなたを我が皇后候補の一人として迎え入れる」
「謹んでお受け致します」
紅雅が一歩、頭を少し下げた花乃に近づき、かんざしを挿そうとした時だった。
「……これは」
ぼそりと呟くような声が耳に入り、花乃は視線を上げた。紅雅の手の動きはぴたりと止まり、目を見開いて花乃を見ている。
(ふふ、やはり)
さっきまでの緊張はどこへやら。花乃の口元が緩んだ。ゆっくりと上半身を起こした花乃は、わざとこてんと首を傾げながら尋ねる。
「主上さま、いかがなされましたか?」
「……」
突然紅雅の動きが止まったことに、周囲もざわめき始める。
「主上さま?」
花乃の呼びかけに我に返った紅雅は、なぜか若干顔を歪めながらこちらを見た。
「なんでもない。大丈夫だ」
紅雅はそっけなく言うと、花乃の髪にかんざしを挿した。
「この匂い、お分かりになりましたか?」
挿してもらっている最中に花乃が呟く。
「……知らぬ」
「……さようでございますか」
否定されてしまったが、花乃は紅雅の心の内を垣間見た気がした。
なぜなら、彼は言葉を詰まらせていたし、かんざしを挿す手が若干震えていたから。
(もしかしたら、自分の幼少期のことを公にできない理由でもあるのかしら)
皇帝という立場ゆえの苦悩はあるだろう。
それに彼は元々自分の屋敷の隣に貴族の息子として暮らしていたのだ。生まれてからずっと王族として振る舞っていたわけではない。
だからこそ、何か深い事情があるのかもしれない。
自分についたみずみずしい香りは、花乃とかなめ二人の屋敷の間に咲き誇っていた薔薇と同じもの。毎年二人で薔薇を愛でていたあの頃が懐かしい。
(やはり彼はかなめお兄さまなのね。名前も性格も違うけれど)
彼がかつての優しかった兄だと言う確信が色濃くなるにつれ、次はなぜ彼がここにいて、皇帝になっているのか新たな疑問が浮かぶ花乃だった。



