紅華国では月に一度、皇帝と四人の皇后候補が集まり宴を催す風習がある。
現在の皇帝である紅雅は、この風習をあまり好んでいないようだが、しきたりとなれば渋々参加していると噂に聞いた。
それぞれの季節の花を飾り、その時期にあった催しが行われる。春は花見、夏は七夕。そして当月は秋らしく紅葉を愛でながら中庭で食事をとるようだ。
今回が初参加の花乃は千早に当日の務めを聞き、ようやく自分が皇后候補なのだと実感した。今回は花乃のお披露目も兼ねているらしい。
後宮に来て数日。
初日に紅雅に会ったきりで他の妃とも遭遇しなければ、妃としてこれといった務めもなく、本当に自分は妃なのか疑問に思う日々だった。
後宮の敷地は広い。皇后候補ともなれば大きな宮一つを与えられているため、他の妃に会うことも無い。この宴で初対面だ。
秋風が心地良く、よく晴れた日に宴は開催された。
「とってもお綺麗ですわ、花乃さま」
「ありがとう千早」
花乃の着付けを終えた千早はうっとりとする。
「花乃さまはお肌がお綺麗なので何色でも映えますわ」
「ふふ。そんな褒めても何もでないわよ」
高価な打掛は紅葉の鮮やかな色を引き立てるよう、あえて淡い色を選んだ。生成色の生地には桔梗や萩、撫子が描かれている。秋の花の香りが鼻に届きそうな華やかな打掛。
「あとは髪飾りですね」
千早が用意してくれた髪飾りたち。花乃は一つのものが目に留まった。
「これとても素敵ね」
「薔薇のかんざしですね」
淡い橙色の薔薇のかんざし。今着ている打掛にもよく合いそうだ。
「これで完璧ですわね」
花乃の髪にかんざしを挿し終えた千早はにっこりと笑った。
「ありがとう千早」
つられて花乃の頬も緩む。だが、次の瞬間、千早はきゅっと表情を引き締めると花乃に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「いいですか、花乃さま。他の妃の方と楽しくお話されるのは構いませんが、お話のしすぎにお気をつけくださいませ。本日話したことが、この後取り返しのつかないことになる可能性もございますから」
その言葉に背筋が伸びる。
「宴はただ楽しむ場ではございません。互いに腹を探り合う、まさに女の戦場でございますから」
「……女の戦場」
千早の真剣な表情に花乃は少し不安気に頷いた。
「色々と気をつけるわ」
「えぇ。十分にお気をつけ下さいませ。それでは参りましょうか」
「あ、少し待って。千早、あそこの小瓶を持ってきてくれる?」
「承知しました。花乃さま、こちらは?」
千早は小瓶を手にすると首を傾げた。花乃は瓶を受け取ると蓋を開け、匂いを嗅ぐ。
(そうそう。この香り)
みずみずしい、懐かしい香りが花乃を包み込んだ。
不思議そうにこちらを見る千早に、にっこりと微笑みかける。
「これは……薬、のようなものかしら」
「……薬、ですか?」
訳が分からないと言うような表情の千早には目もくれず、花乃は透明な液体を手に出すと、自分の首筋、それから手首に軽く付けた。
「ふふっ。どうなるかしら」
花乃の口元には意味ありげな笑みが浮かんでいた。



