京紫色の束帯を身につけ、こちらを見る長身の男。
すっとした鼻筋に凛々しく引き締められた口元。整った顔立ちの中でも、最も目を引いたのは——紅い瞳だった。
見覚えのある紅い瞳。しかし、花乃が知る紅い瞳の持ち主は、こんなに鋭くこちらを見ないはずだ。
男は大股で前に進むと、花乃のすぐそばで足を止め、こちらを見下ろす。
近くに寄れば寄るほどはっきりと記憶が蘇っていく。花乃は思わず男の方に身を乗り出し、まじまじと顔を見た。
(……かなめ、お兄さま……?)
十年前に比べて声が断然低くなり、背も花乃とは比べものにならないくらい高くなっている。
(……かなめお兄さまと同じ紅い瞳…… でも、お兄さまはあの夜に亡くなったはずでは? もしかしてご無事だったの……?)
名前を名乗られた訳ではないが、花乃の目には、あの夜に亡くなったと聞かされたかなめにしか見えなかった。
「なんだ? じろじろと人の顔を見て」
「も、申し訳ございません……」
無意識のうちに見つめすぎてきたようで、怪訝な顔をされた。美しい顔が険しく歪むと迫力がある。
だが、花乃は尋ねられずにはいられなかった。
「あのっ…… ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
緊張した面持ちで口を開く。向こうから返事はないが、立ち去らないところを見れば肯定しているのだろう。
「貴方さまは、かなめお兄さまでしょうか……?」
沈黙が落ちた。
真顔の男は何を考えているのかよく分からない。ただじっと花乃を見ていた。
「な、何をおっしゃいますか……?! このお方は紅華国皇帝、紅雅さまであらせられますぞ……!」
後ろに控えていた側近が慌てて口を挟む。その慌てようからして、花乃は自分が余計なことを言ったのだと察した。
(でも、かなめお兄さまなんですもの……)
謎に湧き上がる自信。
しかし、ずっと黙っていた紅雅が口を開いたかと思えば、冷たい声が返ってきた。
「かなめとは誰のことだ?」
「……」
「私の名は紅雅だ。かなめなど知らん」
「そ、そんなはずは……!」
紅雅の目つきがさらに鋭くなる。
「黙れ。違うと言ったら違うのだ。一妃の分際で私に物を申すな」
そう言い残すと紅雅は踵を返して立ち去った。
ポツンと取り残される。
「花乃さま、大丈夫でございますか?」
心配そうに千早が駆け寄ってくる。花乃はぎこちなく笑みを作った。
「……初日からやってしまったわね」
皇帝を怒らせてしまった。これからの生活に一抹の不安を覚える。
(でも、あの方はかなめお兄さまに似ているのよ。いいえ、かなめお兄さまにしか見ない……)
忘れるはずがない。容姿は十歳だった頃のかなめの面影がありすぎる。
けれども、あの優しかった雰囲気は皆無で。むしろ氷のように冷たく鋭い。
「とりあえず、一度お部屋に参りましょうか」
千早に促された花乃は、後ろ髪を引かれつつ、柊の木の下から離れて自室を目指した。
しかし、たった今の光景が頭から離れなかった。
(あれはお兄さまのようで別人だったわ。それに名も紅雅と名乗っていて…… でも……)
いくら思考を働かせても答えは出てこない。
(お兄さまかどうか確かめる必要があるわね)
両親に大切にされのびのびと育ってきた花乃は好奇心旺盛だ。この心の内のもやもやをそのままにはしていられない。
(……そうだわ。良いことを思いついた)
緩められた口元。
花乃は自室に戻るとなにやら計画を立て始めた。



