紅華国の中心部に築かれた大きな後宮。
今日からここが花乃の暮らす場所になる。
十七歳になった花乃は妃として後宮に召し上げられることになった。皇帝の妻——皇后になることを家族から期待され、盛大に見送られながら。
後宮に一歩足を踏み入れた花乃は、すぐに緊張感のある雰囲気を感じとった。
どこかぴりっとした空気感。
すれ違う女人たちは皆、化粧や煌びやかな打掛で美しさを作り上げていた。新参者の花乃を上から下から舐めるように見る。着飾った女人たちの瞳は花乃の全てを見透かしているようで背筋が伸びた。
(ここが後宮…… 主上さまの妻を決めるところ……)
欄干一つとっても丁寧に磨かれている。庭も手入れが施され、ずっと見ていたくなった。
「花乃さまが暮らすお部屋は後宮の一番南側でございます」
花乃の前を歩く千早は、自分が侍女頭だと名乗った。気品と頼もしさを兼ね備えた美人で、花乃とそこまで歳も変わらないように見える。
千早の説明を聞きながら辺りを見回していた花乃は、庭に視線を向けた途端、思わず足を止めた。
(あの花って……)
広い庭の端、塀に沿って植えられた白い花。トゲトゲした葉が特徴なこの花を花乃はよく知っていた。
(柊の木がこんなにたくさん植えられているなんて)
自分の屋敷にはひとつだけだったが、ここには柊の木がいくつも並んでいる。緑の葉の中に白い小さな花が至るところに咲き誇り、甘く上品な香りを漂わせた。
「花乃さま? いかがされましたか?」
足を止めた花乃に首を傾げた千早が声を掛ける。
「柊のお花がたくさん咲いていると思いまして」
「あぁ。確かにもうそんな季節ですね。柊、お好きなんですか?」
「好き……なんでしょうかね」
「え?」
花乃の目がやや細められ、遠くの何かを捉える。曖昧な言葉は風にのって散っていった。
柊の花が好きというわけでは無いと思う。ただ、この花が近くあれば、あの優しく頼もしい兄が見守ってくれているような気持ちになるのだ。屋敷の庭の柊に別れを告げ、寂しく思っていた花乃にとって、近くに柊がある環境は落ち着いた。
「庭に降りて見ても良いでしょうか?」
「もちろんでございます」
花乃は柊に引き寄せられるように庭に降り、花に近づいた。近づくたび濃くなる甘やかな匂い。庭一帯に咲いているとなると、屋敷にあった一本のひいらぎの木とは比べ物にならないくらい匂いが充満していた。
「こんなに柊が植えられているなんて……」
「お噂ですと、主上さまがお好きな花なのだと」
「主上さまが?」
聞き返すと、千早は周囲を見た後、声を潜めて話し出した。
「あくまで噂ですが。なんせ主上さまは冷酷な方で、何を考えていらっしゃるか側近でも分からないと言われておりますの」
「冷酷……」
「えぇ。いつもおそばにいる側近も、他の妃も主上さまが笑ったところを見たことがないのですよ」
帝の情報なんて何も知らなかった。そんな冷酷のな方を前に粗相をしないか、そもそも妃と認めてもらえるのか、今更になって不安が溢れ出す。
(まぁ、でもここまで来たら妃として務めを果たす他ないわよね)
今から引き返すことなんて出来ない。あとは流れに身を任せていく他ないのだ。
「よし!」
花乃は手のひらをギュッと握り込むと柊の花を見上げた。
(この後宮には私の味方になってくれる柊がこんなにあるんだもの。頑張るわよ)
心の中で自分に喝を入れていた時だった。
「そこで何をしている」
背後から声をかけられ、花乃は動きを止めた。
低く重い声。頬を緩めていないことが見なくても分かる。
「そこで何をしているのかと聞いている」
立て続けに声を掛けられ花乃はぎこちなく振り返った。
振り返った先に見えた人物に、花乃は大きく目を見開いた。



