瑞鳳の雪は鉄砂の王に溶かされる

翌朝、簡素な斗篷を目深に被った燎芳が、前触れもなく姿を現した。

「出立する。ついてこい」

有無を言わさぬその一言で、雪玲は地味な平民の娘の衣に着替えさせられ、半ば強引に玉瞬宮から連れ出された。
向かった先は、厳重な警護の敷かれた馬車でもなければ、地下の牢獄でもない。
護衛すら最低限に留め、彼らはお忍びで城下へと続く大路を歩いていた。

王宮の城門をくぐる際、雪玲は胸が締め付けられる思いだった。
巨大な扉にはまだ生々しい剣撃の傷跡が残り、外壁は無惨に焼け焦げている。
故郷が蹂躙された爪痕をわざわざ見せつけるための、これは新たな拷問なのだろうか。
雪玲は両手をきつく握りしめ、彼の広い背中を睨んだ。

しかし、城門を抜け、大通りへと足を踏み入れた瞬間――雪玲は息を呑んで立ち尽くした。

「……え?」

視界に飛び込んできたのは、焦土と化した死の街などではなかった。
朝の陽光の下、大通りには荷車が行き交い、人々の活気ある声が響き渡っている。
道の両脇には急ごしらえの天幕が張られ、そこから鼻をくすぐるような鮮烈な匂いが漂ってきた。
瑞鳳の都では嗅いだことのない、鉄砂国特有の強い香辛料の香りだ。

広場の中央では、鉄砂国の兵士たちが自身の甲冑を外し、大鍋の前で汗を流しながら巨大な柄杓を振るっている。
炊き出しだ。
温かい粥と獣肉の汁が、次々と民たちに振る舞われている。
受け取る民たちの顔に、他国よりやってきた征服者に対する怯えはない。
むしろ、熱い汁を啜りながら、安堵の笑みすら浮かべていた。

雪玲は、信じられないものを見るようにその光景を呆然と見つめた。

先帝の治世――瑞鳳の都は、長く『死んだ街』だった。
終わりのない重税と、一部の貴族たちによる果てなき搾取。
監察長官である父がどれほど血を吐くような思いで上奏しても、腐敗した朝廷は決して民を救おうとはしなかった。
道端には飢えてうずくまる者が絶えず、都は常に薄暗い絶望に覆われていたのだ。

それがどうだろう。
憎き敵国に侵略され、炎に焼かれたはずのこの都が、今、圧倒的な熱量を持って生き生きと息を吹き返している。
『正義』であったはずの父が救えなかった民を、鉄砂より遣わされてきた傀儡の主であるはずの目の前の男が、わずか数日で腹を満たし、生かしているのだ。

「気を付けろ」

ふいに、鋭い声と共に強い力が雪玲の腕を引いた。
通り過ぎようとした重い荷車から庇うように、燎芳が雪玲の肩を抱き寄せたのだ。
分厚い胸板に押し付けられ、彼から漂う微かな薫物の香りと、熱い体温が雪玲を包み込む。

「……何を見ている。ぼんやり歩くな」

頭上から降ってきたのは、相変わらず冷徹で抑揚のない声だった。
燎芳は自身がもたらしたこの活気を誇ることも、善政をひけらかすことも一切しない。
ただ、無言のまま雪玲の肩を抱き、ひしめき合う雑踏から彼女を完全に守るように立ち塞がっている。
その腕の力は、雪玲を二度と離すまいとするかのように、ひどく強固だった。

雪玲は、彼の腕の中で小さく震えた。

祖国を蹂躙すべく指揮した声。
だが、民を救い、自分を守ろうとするこの腕。

激しい憎悪で塗りつぶそうとしていた燎芳の姿が、鮮やかな矛盾となって雪玲の心を激しく揺さぶっていた。
雪玲の脳裏に、冷たい雨の匂いが蘇った。