入学して二週間が経つ。快晴が図書館の重い扉を開けたのは、その日が初めてだった。
書架の間を、物珍しげに縫うように歩く。学生だけではなく、一般の利用者の姿もチラホラと見られた。
快晴は授業を受けるたび、友人たちと喋るたびに、この国や街のことをまるで知らないのだと思い知った。何を聞かれても曖昧に笑って誤魔化すことしかできない自分に、さすがに気恥ずかしさを覚えたのだ。
利用者の少ない日だからだろうか。奥の書架の陰から、蔵書を棚に戻しながら話す二人の声が聞こえてきた。
「いやぁ、暁クンが来てくれて本当に良かったよ。本の位置もすぐに覚えちゃったし、利用者さんの調べものもはかどるはかどる。助かるなぁ、ありがとうね!」
朗らかな声の主は、館長らしき風貌の人物だった。その隣で本を棚に戻す手を止めずに、聞き覚えのある声が淡々と返す。
「俺に価値を見出してもらえるのなら、賃金に反映してもらえると助かります」
「うんうん、あげちゃうあげちゃう! と言いたい所だけど、そこは学園長に相談しないといけないの。でもボク全力で推すから! もう暁クンなしでは仕事できない体になっちゃったからねー」
「一人でも仕事してください」
角を曲がった快晴と、声の主――暁の目が合った。
「あ」
「あ」
「へー、暁、ここで手伝いしてんの? すごいなぁ」
「仕事の邪魔だ。去れ」
にべもない返事にもめげず、快晴は本棚の隙間から顔を覗かせた。
「なな、俺の探し物も手伝ってくれない? 初めて来たんだけど、何がなにやらで……」
「……何を探している?」
思いのほかあっさり返ってきた問いに、快晴は少し身を乗り出す。
「四季国のー……うーん、仕組みとか? そういうのが載ってる本。最近友達と喋ってて思うんだけどさ、自分の常識って世界の常識じゃないんだなーって」
「それはめでたいことだ。ひとつ利口になったじゃないか」
言うが早いか、暁は快晴に背を向けて歩き出していた。快晴は慌ててその後を追う。うなじで一本に縛られた青っぽい髪が、歩調に合わせて肩を往復した。
辿り着いたのは地下一階のとある区画だった。天井から下がった案内板に、四季国の文字が見える。暁は迷いのない手つきで一冊を抜き出すと、快晴に押し付けるように差し出した。
「これがいいんじゃないか?」
手渡されたのは『絵本でわかる四季国』という題の本だった。
「う……さすがに絵本はないんじゃ……」
快晴は不満げに口を尖らせながらも、ぱらぱらと頁をめくる。国王だけができること。中央国の特徴。十二の国の気候と特産品。苗字と職業の関係。国の要、守護。数枚読み進めたところで、表情が変わる。なるほど、これは分かりやすい。
生まれ持った属性と魔道具の頁を読み込む快晴を横目に、暁はすでに踵を返していた。
「じゃあな。迷子になるなよ」
「お、おう。暁、ありがとな! これめっちゃ面白――」
「うるさい」
言い捨てて、暁は書架の向こうへと消えていった。近くにいた利用者が二人のやりとりにちらりと視線をやったが、すぐにまた自分の本へと戻っていく。
――ちょっと嫌味だけど、すごいやつだなぁ。
快晴は本を抱えたまま、その後ろ姿をしばらく見送っていた。
***
本を抱えて外へ出ると、日はもう傾いていた。図書館は一般人の出入りもあるためか学園の端に位置し、寮まで少し距離がある。快晴は近道である校庭を横切り、校門を目指した。
校庭を半分ほど進んだ所で、前方の二つの影に気がついた。片方はひょろっと背が高い男子生徒で、もう片方も負けじと背の高い女子生徒――モズと柚貴だった。
(あれ、あの二人って)
二人は時折談笑を交わしながら、同じ歩幅で門を出ていく。
追いかけて話しかけようかと思ったが、二人は寮とは反対方向に曲がってしまった。
快晴が校門から彼らの姿を探すと、遠くに長い影が二つ伸びていた。
***
(四月十六日 火曜日)
(図書館で暁に会う。選んでくれた絵本が面白い。モズと柚貴が怪しい。)
書架の間を、物珍しげに縫うように歩く。学生だけではなく、一般の利用者の姿もチラホラと見られた。
快晴は授業を受けるたび、友人たちと喋るたびに、この国や街のことをまるで知らないのだと思い知った。何を聞かれても曖昧に笑って誤魔化すことしかできない自分に、さすがに気恥ずかしさを覚えたのだ。
利用者の少ない日だからだろうか。奥の書架の陰から、蔵書を棚に戻しながら話す二人の声が聞こえてきた。
「いやぁ、暁クンが来てくれて本当に良かったよ。本の位置もすぐに覚えちゃったし、利用者さんの調べものもはかどるはかどる。助かるなぁ、ありがとうね!」
朗らかな声の主は、館長らしき風貌の人物だった。その隣で本を棚に戻す手を止めずに、聞き覚えのある声が淡々と返す。
「俺に価値を見出してもらえるのなら、賃金に反映してもらえると助かります」
「うんうん、あげちゃうあげちゃう! と言いたい所だけど、そこは学園長に相談しないといけないの。でもボク全力で推すから! もう暁クンなしでは仕事できない体になっちゃったからねー」
「一人でも仕事してください」
角を曲がった快晴と、声の主――暁の目が合った。
「あ」
「あ」
「へー、暁、ここで手伝いしてんの? すごいなぁ」
「仕事の邪魔だ。去れ」
にべもない返事にもめげず、快晴は本棚の隙間から顔を覗かせた。
「なな、俺の探し物も手伝ってくれない? 初めて来たんだけど、何がなにやらで……」
「……何を探している?」
思いのほかあっさり返ってきた問いに、快晴は少し身を乗り出す。
「四季国のー……うーん、仕組みとか? そういうのが載ってる本。最近友達と喋ってて思うんだけどさ、自分の常識って世界の常識じゃないんだなーって」
「それはめでたいことだ。ひとつ利口になったじゃないか」
言うが早いか、暁は快晴に背を向けて歩き出していた。快晴は慌ててその後を追う。うなじで一本に縛られた青っぽい髪が、歩調に合わせて肩を往復した。
辿り着いたのは地下一階のとある区画だった。天井から下がった案内板に、四季国の文字が見える。暁は迷いのない手つきで一冊を抜き出すと、快晴に押し付けるように差し出した。
「これがいいんじゃないか?」
手渡されたのは『絵本でわかる四季国』という題の本だった。
「う……さすがに絵本はないんじゃ……」
快晴は不満げに口を尖らせながらも、ぱらぱらと頁をめくる。国王だけができること。中央国の特徴。十二の国の気候と特産品。苗字と職業の関係。国の要、守護。数枚読み進めたところで、表情が変わる。なるほど、これは分かりやすい。
生まれ持った属性と魔道具の頁を読み込む快晴を横目に、暁はすでに踵を返していた。
「じゃあな。迷子になるなよ」
「お、おう。暁、ありがとな! これめっちゃ面白――」
「うるさい」
言い捨てて、暁は書架の向こうへと消えていった。近くにいた利用者が二人のやりとりにちらりと視線をやったが、すぐにまた自分の本へと戻っていく。
――ちょっと嫌味だけど、すごいやつだなぁ。
快晴は本を抱えたまま、その後ろ姿をしばらく見送っていた。
***
本を抱えて外へ出ると、日はもう傾いていた。図書館は一般人の出入りもあるためか学園の端に位置し、寮まで少し距離がある。快晴は近道である校庭を横切り、校門を目指した。
校庭を半分ほど進んだ所で、前方の二つの影に気がついた。片方はひょろっと背が高い男子生徒で、もう片方も負けじと背の高い女子生徒――モズと柚貴だった。
(あれ、あの二人って)
二人は時折談笑を交わしながら、同じ歩幅で門を出ていく。
追いかけて話しかけようかと思ったが、二人は寮とは反対方向に曲がってしまった。
快晴が校門から彼らの姿を探すと、遠くに長い影が二つ伸びていた。
***
(四月十六日 火曜日)
(図書館で暁に会う。選んでくれた絵本が面白い。モズと柚貴が怪しい。)
