休み明けの朝は、何か新しいことが起こりそうな予感がする。快晴は月曜日の朝が好きだった。
寮の男子棟を出ると、見慣れた少女の後ろ姿があった。桃色の矢絣柄の着物に、外へ跳ねる焦げ茶の短髪を半分だけ結い上げている――桃果だ。
「桃果、おはよう!」
「あ、快晴、おはよ」
駆け寄って声をかけると、桃果が振り返って左手を上げた。快晴はその横に並ぶ。
寮は学園の敷地内にある。ただし防犯のために校舎から直接の行き来はできないようになっており、五分ほどの道のりを歩いて通う必要があった。
「いつも思うけど、すごい人だよな。俺の村の人口、今視界にいる全員を足してもお釣りが出るくらいだもん。圧倒されちゃう」
「わかる。うちも山間に住んでたからそんな感じ。でももう慣れたな。あたし中等部からだったから」
「へえ」
思わず声が漏れた。
「十二歳から寮暮らしだったんだ……。苦労したんじゃない? 食事とか洗濯は心配しなくていいけど」
「うーん、あんまり覚えてないな。もともと家では何でもやってたし。あの時は実家の道場を立て直したい一心だったし」
「そっか。桃果は凄いな。俺、実家神社なんだけど、姉ちゃんが継ぐからさ……」
桃果は特に気にした様子もなく淡々と話した。並んで歩くと、目線は快晴とさほど変わらない。その横顔がえらく大人びて見える。快晴は自分がまだ何も考えていないことに思い至り、少し落ち込んだ。
そんな快晴の肩を、桃果がポンポンと叩く。
「人それぞれでしょ。いいじゃない、まだ高等部だって始まったばっかりなんだし」
快晴の脳裏に、出会いの日の夕方、涙を流していた桃果が浮かんだ。
(なんか印象が違うんだよな。でも……)
「ありがとう。そうだな、まだ始まったばっかだもんな!」
飾り気のない声と言葉が、素直に嬉しい。肩に触れた温かい手は桃果自身を表しているようで、快晴はくすぐったい気持ちになった。
***
桃果は柚貴が色々世話をやいてくれたことなどを話してくれた。二人はかなり親しそうだ。話しながら歩いていると、校舎はすぐだった。
昇降口に足を踏み入れると、遠巻きに何かを囲む輪ができている。輪の中心にいたのは、青っぽい髪を後ろで縛った小柄な少年・師走暁と、炎のような髪をした大男・葉月乱堂――守護課の同期だった。
「あいつら、またやってる……」
快晴と桃果は、輪に近づいた。
「えぇと、その、君がそちらの生徒をカツアゲしているという報告があって来たんだけど……」
職員室から慌ててやってきたらしい小柄な男性教師が、息を切らせながら乱堂に向き合っている。教師は自分より頭一つ半以上大きな乱堂を前に及び腰で、運動のせいとも緊張のせいともとれる汗を流していた。
「ああん? 誰が誰に何したってェ?」
乱堂が腕を組んで顔を寄せれば、教師は更に縮み上がる。しかし、その顔にはやっぱりそうか、と書いてあった。
それは違う。顔を見合わせた快晴と桃果は、ともにその言葉を噛みしめた。
「ケッ」
乱堂が壁を蹴る。その振動とともに、教師が震えた。
「勘違いしているようなので訂正します。こいつに先に絡んだのは俺です」
暁が、感情の乗らない声で言い放つ。
「ただでさえ中央の四月は暑いのに、朝からあんたに会うなんてとんだ災難だ、と」
助けに来たのになぜ。蔑みの目で射貫く小柄な少年に、教師は涙目で訴えかけた。
快晴が「暑い?」と違和感を呟くと、隣の桃果が「師走の人だからね」と耳打ちしてくれた。
なるほど。そういえば自己紹介で言っていたっけ。
そんな様子に、遠巻きの輪が徐々に広がっていく。空気が重い。どうにかしないと。
桃果が見守る中、快晴は乱堂たちの前へ歩み出た。
「先生おはようございます! こいつら、俺と同じ守護課なんですけど、いつもこんな調子なんです!」
教師は快晴を、次いで乱堂と暁を、そしてそれぞれの腕章を見た。
「守護課……」
道理で、と納得したらしい。
「なんだろう、好敵手っていうのかな?」
「オイ快晴、何勝手なこと言いやがる」
大きな手が快晴の肩に置かれる。抗議する乱堂の手を、いつの間にか傍に来ていた桃果がにこやかに握った。
宙に浮いた乱堂の手と腕に、血管が浮き上がる。ふるふると震えていたそれは、桃果が手を離した瞬間、だらりと垂れた。
「つまり仲間として同等なんですよ。別に喧嘩とかじゃないんで、気にしないでください!」
暁も嫌そうな顔をしていたが、特に異論は唱えなかった。
「でも、一般生徒が怖がるから……気を付けてな」
教師は納得したのか、逃げるように去っていった。
次第に散っていく人だかりを横目に、乱堂が悪態をついた。
「余計なことを」
「人助けのつもりか? 殊勝な心掛けだな」
暁も吐き捨てる。快晴がそんなつもりじゃ、と言いかけたところで、予鈴が鳴った。
「やばい、あんな早く来てたのに遅刻しちゃう!? 急ごう!」
快晴が乱堂と暁の背中を押す。
「オイ、やめろ!」
「っ……」
面倒くさくなったのか、二人ともそれ以上は何も言ってこなかった。みんなで二階の教室へ走る間、桃果が前を行く二つの背中に目をやり、それから快晴を見た。やれやれ、という顔だった。快晴は黙って歯を見せた。
***
一年一組の担任は、もごもごと喋る、いつも寝ぐせ頭の少し頼りなさそうな男性だった。名を田村日出男という。
しかし、快晴の印象は入学翌日の授業で一変した。歴史教諭の彼は、なんと初日の授業の半分を、幼い娘と自称美人な妻の自慢に費やしたのだ。その時の滑舌の良さを学級指導にも活かしてほしいと、快晴は密かに思った。
「田村じゃね、就ける職業限られちゃうから。ということで、娘は奥さんの『弥生』姓を継がせることにしたんだ。十二年後はきっと美しく立派な守護候補生に育ててみせるッ!」
一限の授業は歴史だった。今日も息巻く担任を生暖かい目で見守りながら、快晴は先程の光景を思い浮かべる。
乱堂と暁はよくどちらからともなくやりあっているが、少なくとも乱堂が手を出すことはなかった。教師の一方的な叱責には引っかかりを覚える。
(もっとも、そんなことを本人に伝えようものなら)
今度は本当に拳が飛んでくるかもしれない。
隣の列の一番前で、暁が背筋を伸ばして座っている。
誰かが、先生授業してください、と声をあげた。田村の暴走は、そこで止まった。
***
その日の守護課の後、快晴と斗傘は成り行きで女子会に参加することになった。
入学から一週間が経ち、打ち解けて来た女子三人が、守護課の教室で簡単なお茶会をするという主旨のものだ。快晴と斗傘が幼少期の雑談で盛り上がっていた時に、良かったら一緒にどう、と桃果が声をかけてくれた。他の生徒は気を遣ってか、早々に帰っていった。
「なんか悪いねーオレたちまで」
斗傘が両手を頭の後ろで組んで言う。悪いというわりに、その笑顔には明らかに下心がにじんでいた。快晴は斗傘の脇腹をつつく。
「大丈夫だった? 三人で話したいことあるんじゃ?」
快晴はかりんに視線を向けた。既に何度か話している桃果と柚貴はともかく、大人しいかりんは嫌がるんじゃないかと思ったからだ。
かりんはぜひご一緒に、といって着席を促した。
「うわぁ……これうま~! わ、こっちも!」
快晴が歓声を上げながら菓子を頬張る。サクサクした食感が楽しい菓子はクッキー、ぶ厚い茶色い生地の濃厚な菓子はブラウニーというらしい。
「くっきー。……ぶら、ぶらう?」
「ブラウニー」
「ぶらうにー」
それぞれ柚貴とかりんが作ってきたという洋菓子は、餡子や餅とはまた違った食感と甘味があり、どちらも甲乙つけがたいほど美味しかった。中央はまだ見ぬ誘惑に溢れている。
「ほんとだ、激うまだわコレ。二人とも店出せるんじゃん?」
斗傘も両方を食べ比べ、目を見開く。
柚貴がまたまた、と斗傘の背中を叩き、かりんが恥ずかしそうに、両手で持った湯のみで口元を隠した。
かりんが淹れた茶は紅茶というらしい。茶色い色はほうじ茶のようであったが、苦みが強かった。それが甘味と絶妙に合う。湯のみも茶器も隣の礼法室のものだ。快晴は洋菓子と自国の器が並ぶ様子を物珍しく眺めるが、他に気にする人はいないようだった。
甘い物を口に含めば場が和み、会話が広がる。誰からとなく、出身国のことや、なぜ守護を目指したのかを語り始めた。
斗傘は父親の急死で皐月国から母方の実家である水無月国に渡り、そこで苦労をしたらしい。最初は苦手な梅干しや酢の物ばかり出るのが嫌で仕方がなかった、と冗談交じりに愚痴をこぼす斗傘に快晴は心が痛んだ。その少し前まで、何の苦労もなく一緒に木剣を振っていたのに。
「ま、嫌なことばかりでもなかったから、こうしてここにいるんだけど」
いつもの調子で言う斗傘を、快晴はなんだか遠くの人のように見つめた。桃果、柚貴、かりんも神妙な面持ちで聞いていた。
話はまた流れ、気づけば掛け時計の針は十八時半を指していた。
「あ、もうこんな時間」
「本当だ。夕飯に間に合わないと寮母さんにまた怒られる……」
桃果が気づき、快晴も思い出す。先日、寄り道をして夕飯に遅れ、寮母にこってり絞られたばかりだった。
「じゃあ解散! 今日は色々聞けて楽しかったー」
柚貴と桃果がテキパキと食器を片付けていく。
「柚貴は実家でしょ? 近いの?」
「うん。中央寄りの秋地区」
柚貴が顔を上げて答える。
「桃果は見かけたけど、他のみんなは寮? そういえば食堂で会わないよね」
快晴がふと思い出し尋ねる。
「オレ寮じゃないよ。親戚が家借りてくれてるからさ」
「私も実家ごと引っ越してきたので……春地区から通っています」
「え! 実家ごとって凄いね」
「父が薬局を経営しているんです。丁度中央出店のお話が出ていたようで……」
「すご! お嬢様じゃん!」
かりんが父のことなので、と俯いてしまったので、快晴は焦って口をつぐんだ。そんなかりんの肩に手を置き、斗傘が片目を瞑ってみせた。
「まま。おやつも美味しかったし。オレ、いつでも誘われる覚悟あるよ?」
「斗傘君たら……」
かりんが口元に手を当てて穏やかに笑い、その様子を見た皆も声をあげて笑った。
***
夕食後。斗傘と一緒に女子会にお邪魔した、と快晴が告げると、晦は今度は絶対俺も呼べ、と羽をバタつかせた。
(四月八日 月曜日)
(朝、桃果と登校。乱堂と暁がケンカ。担任の娘と奥さん自慢が長い。放課後はお茶会。洋菓子が美味い。斗傘は色々あったみたい。守護課の女子は水準が高い。)
寮の男子棟を出ると、見慣れた少女の後ろ姿があった。桃色の矢絣柄の着物に、外へ跳ねる焦げ茶の短髪を半分だけ結い上げている――桃果だ。
「桃果、おはよう!」
「あ、快晴、おはよ」
駆け寄って声をかけると、桃果が振り返って左手を上げた。快晴はその横に並ぶ。
寮は学園の敷地内にある。ただし防犯のために校舎から直接の行き来はできないようになっており、五分ほどの道のりを歩いて通う必要があった。
「いつも思うけど、すごい人だよな。俺の村の人口、今視界にいる全員を足してもお釣りが出るくらいだもん。圧倒されちゃう」
「わかる。うちも山間に住んでたからそんな感じ。でももう慣れたな。あたし中等部からだったから」
「へえ」
思わず声が漏れた。
「十二歳から寮暮らしだったんだ……。苦労したんじゃない? 食事とか洗濯は心配しなくていいけど」
「うーん、あんまり覚えてないな。もともと家では何でもやってたし。あの時は実家の道場を立て直したい一心だったし」
「そっか。桃果は凄いな。俺、実家神社なんだけど、姉ちゃんが継ぐからさ……」
桃果は特に気にした様子もなく淡々と話した。並んで歩くと、目線は快晴とさほど変わらない。その横顔がえらく大人びて見える。快晴は自分がまだ何も考えていないことに思い至り、少し落ち込んだ。
そんな快晴の肩を、桃果がポンポンと叩く。
「人それぞれでしょ。いいじゃない、まだ高等部だって始まったばっかりなんだし」
快晴の脳裏に、出会いの日の夕方、涙を流していた桃果が浮かんだ。
(なんか印象が違うんだよな。でも……)
「ありがとう。そうだな、まだ始まったばっかだもんな!」
飾り気のない声と言葉が、素直に嬉しい。肩に触れた温かい手は桃果自身を表しているようで、快晴はくすぐったい気持ちになった。
***
桃果は柚貴が色々世話をやいてくれたことなどを話してくれた。二人はかなり親しそうだ。話しながら歩いていると、校舎はすぐだった。
昇降口に足を踏み入れると、遠巻きに何かを囲む輪ができている。輪の中心にいたのは、青っぽい髪を後ろで縛った小柄な少年・師走暁と、炎のような髪をした大男・葉月乱堂――守護課の同期だった。
「あいつら、またやってる……」
快晴と桃果は、輪に近づいた。
「えぇと、その、君がそちらの生徒をカツアゲしているという報告があって来たんだけど……」
職員室から慌ててやってきたらしい小柄な男性教師が、息を切らせながら乱堂に向き合っている。教師は自分より頭一つ半以上大きな乱堂を前に及び腰で、運動のせいとも緊張のせいともとれる汗を流していた。
「ああん? 誰が誰に何したってェ?」
乱堂が腕を組んで顔を寄せれば、教師は更に縮み上がる。しかし、その顔にはやっぱりそうか、と書いてあった。
それは違う。顔を見合わせた快晴と桃果は、ともにその言葉を噛みしめた。
「ケッ」
乱堂が壁を蹴る。その振動とともに、教師が震えた。
「勘違いしているようなので訂正します。こいつに先に絡んだのは俺です」
暁が、感情の乗らない声で言い放つ。
「ただでさえ中央の四月は暑いのに、朝からあんたに会うなんてとんだ災難だ、と」
助けに来たのになぜ。蔑みの目で射貫く小柄な少年に、教師は涙目で訴えかけた。
快晴が「暑い?」と違和感を呟くと、隣の桃果が「師走の人だからね」と耳打ちしてくれた。
なるほど。そういえば自己紹介で言っていたっけ。
そんな様子に、遠巻きの輪が徐々に広がっていく。空気が重い。どうにかしないと。
桃果が見守る中、快晴は乱堂たちの前へ歩み出た。
「先生おはようございます! こいつら、俺と同じ守護課なんですけど、いつもこんな調子なんです!」
教師は快晴を、次いで乱堂と暁を、そしてそれぞれの腕章を見た。
「守護課……」
道理で、と納得したらしい。
「なんだろう、好敵手っていうのかな?」
「オイ快晴、何勝手なこと言いやがる」
大きな手が快晴の肩に置かれる。抗議する乱堂の手を、いつの間にか傍に来ていた桃果がにこやかに握った。
宙に浮いた乱堂の手と腕に、血管が浮き上がる。ふるふると震えていたそれは、桃果が手を離した瞬間、だらりと垂れた。
「つまり仲間として同等なんですよ。別に喧嘩とかじゃないんで、気にしないでください!」
暁も嫌そうな顔をしていたが、特に異論は唱えなかった。
「でも、一般生徒が怖がるから……気を付けてな」
教師は納得したのか、逃げるように去っていった。
次第に散っていく人だかりを横目に、乱堂が悪態をついた。
「余計なことを」
「人助けのつもりか? 殊勝な心掛けだな」
暁も吐き捨てる。快晴がそんなつもりじゃ、と言いかけたところで、予鈴が鳴った。
「やばい、あんな早く来てたのに遅刻しちゃう!? 急ごう!」
快晴が乱堂と暁の背中を押す。
「オイ、やめろ!」
「っ……」
面倒くさくなったのか、二人ともそれ以上は何も言ってこなかった。みんなで二階の教室へ走る間、桃果が前を行く二つの背中に目をやり、それから快晴を見た。やれやれ、という顔だった。快晴は黙って歯を見せた。
***
一年一組の担任は、もごもごと喋る、いつも寝ぐせ頭の少し頼りなさそうな男性だった。名を田村日出男という。
しかし、快晴の印象は入学翌日の授業で一変した。歴史教諭の彼は、なんと初日の授業の半分を、幼い娘と自称美人な妻の自慢に費やしたのだ。その時の滑舌の良さを学級指導にも活かしてほしいと、快晴は密かに思った。
「田村じゃね、就ける職業限られちゃうから。ということで、娘は奥さんの『弥生』姓を継がせることにしたんだ。十二年後はきっと美しく立派な守護候補生に育ててみせるッ!」
一限の授業は歴史だった。今日も息巻く担任を生暖かい目で見守りながら、快晴は先程の光景を思い浮かべる。
乱堂と暁はよくどちらからともなくやりあっているが、少なくとも乱堂が手を出すことはなかった。教師の一方的な叱責には引っかかりを覚える。
(もっとも、そんなことを本人に伝えようものなら)
今度は本当に拳が飛んでくるかもしれない。
隣の列の一番前で、暁が背筋を伸ばして座っている。
誰かが、先生授業してください、と声をあげた。田村の暴走は、そこで止まった。
***
その日の守護課の後、快晴と斗傘は成り行きで女子会に参加することになった。
入学から一週間が経ち、打ち解けて来た女子三人が、守護課の教室で簡単なお茶会をするという主旨のものだ。快晴と斗傘が幼少期の雑談で盛り上がっていた時に、良かったら一緒にどう、と桃果が声をかけてくれた。他の生徒は気を遣ってか、早々に帰っていった。
「なんか悪いねーオレたちまで」
斗傘が両手を頭の後ろで組んで言う。悪いというわりに、その笑顔には明らかに下心がにじんでいた。快晴は斗傘の脇腹をつつく。
「大丈夫だった? 三人で話したいことあるんじゃ?」
快晴はかりんに視線を向けた。既に何度か話している桃果と柚貴はともかく、大人しいかりんは嫌がるんじゃないかと思ったからだ。
かりんはぜひご一緒に、といって着席を促した。
「うわぁ……これうま~! わ、こっちも!」
快晴が歓声を上げながら菓子を頬張る。サクサクした食感が楽しい菓子はクッキー、ぶ厚い茶色い生地の濃厚な菓子はブラウニーというらしい。
「くっきー。……ぶら、ぶらう?」
「ブラウニー」
「ぶらうにー」
それぞれ柚貴とかりんが作ってきたという洋菓子は、餡子や餅とはまた違った食感と甘味があり、どちらも甲乙つけがたいほど美味しかった。中央はまだ見ぬ誘惑に溢れている。
「ほんとだ、激うまだわコレ。二人とも店出せるんじゃん?」
斗傘も両方を食べ比べ、目を見開く。
柚貴がまたまた、と斗傘の背中を叩き、かりんが恥ずかしそうに、両手で持った湯のみで口元を隠した。
かりんが淹れた茶は紅茶というらしい。茶色い色はほうじ茶のようであったが、苦みが強かった。それが甘味と絶妙に合う。湯のみも茶器も隣の礼法室のものだ。快晴は洋菓子と自国の器が並ぶ様子を物珍しく眺めるが、他に気にする人はいないようだった。
甘い物を口に含めば場が和み、会話が広がる。誰からとなく、出身国のことや、なぜ守護を目指したのかを語り始めた。
斗傘は父親の急死で皐月国から母方の実家である水無月国に渡り、そこで苦労をしたらしい。最初は苦手な梅干しや酢の物ばかり出るのが嫌で仕方がなかった、と冗談交じりに愚痴をこぼす斗傘に快晴は心が痛んだ。その少し前まで、何の苦労もなく一緒に木剣を振っていたのに。
「ま、嫌なことばかりでもなかったから、こうしてここにいるんだけど」
いつもの調子で言う斗傘を、快晴はなんだか遠くの人のように見つめた。桃果、柚貴、かりんも神妙な面持ちで聞いていた。
話はまた流れ、気づけば掛け時計の針は十八時半を指していた。
「あ、もうこんな時間」
「本当だ。夕飯に間に合わないと寮母さんにまた怒られる……」
桃果が気づき、快晴も思い出す。先日、寄り道をして夕飯に遅れ、寮母にこってり絞られたばかりだった。
「じゃあ解散! 今日は色々聞けて楽しかったー」
柚貴と桃果がテキパキと食器を片付けていく。
「柚貴は実家でしょ? 近いの?」
「うん。中央寄りの秋地区」
柚貴が顔を上げて答える。
「桃果は見かけたけど、他のみんなは寮? そういえば食堂で会わないよね」
快晴がふと思い出し尋ねる。
「オレ寮じゃないよ。親戚が家借りてくれてるからさ」
「私も実家ごと引っ越してきたので……春地区から通っています」
「え! 実家ごとって凄いね」
「父が薬局を経営しているんです。丁度中央出店のお話が出ていたようで……」
「すご! お嬢様じゃん!」
かりんが父のことなので、と俯いてしまったので、快晴は焦って口をつぐんだ。そんなかりんの肩に手を置き、斗傘が片目を瞑ってみせた。
「まま。おやつも美味しかったし。オレ、いつでも誘われる覚悟あるよ?」
「斗傘君たら……」
かりんが口元に手を当てて穏やかに笑い、その様子を見た皆も声をあげて笑った。
***
夕食後。斗傘と一緒に女子会にお邪魔した、と快晴が告げると、晦は今度は絶対俺も呼べ、と羽をバタつかせた。
(四月八日 月曜日)
(朝、桃果と登校。乱堂と暁がケンカ。担任の娘と奥さん自慢が長い。放課後はお茶会。洋菓子が美味い。斗傘は色々あったみたい。守護課の女子は水準が高い。)
