斗傘と話し込んでいた快晴に、明るい声がかかった。
「やほ。改めて、私は長月柚貴、よろしくね。中央に住んでるから、わからない事があったらなんでも聞いてね」
金髪で背の高い、華やかな少女が手を振って近づいてくる。柚貴がそれまで雑談していた桃果と他の生徒も、自然な流れで快晴を囲む形になる。
「よろしく! 俺、昨日ここに来たばっかりだから、助かるよー」
「あぁ、やっぱりねー。でも安心して。ここにも結構いるよ、高等部からの人」
「わ、私もそうです。卯月かりん、よろしくお願いします……」
栗色の長い髪の小柄な少女が、小さな声でおずおずと名乗った。緊張しているのが誰の目にも明らかだった。
「意外といるもんだよなー、合宿行ってないのに受かってるヤツ。長月モズ。よろしくなー」
跳ねた短髪のひょろりと背の高い少年は、のんびりとした口調だった。モズは自己紹介で柚貴を親戚ではなく幼馴染だと言っていた。
「よろしくー」
斗傘が右手を挙げて応じた。快晴もそれに続く。
「よろしくな、かりん、モズ! でも、そうなんだ。確かに見かけた記憶ないもんなー」
「ん? お前もだろ?」
「え? 行ったよ、俺」
「……は?」
モズと柚貴が顔を見合わせた。快晴が周囲を見渡すと、他の同期も何人か、不思議そうに見返してくる。
何かまずいことを言ってしまったのだろうか。快晴は桃果へ視線を送った。
「桃果、俺いたよね?」
思ったより情けない声が出た。一瞬、桃果の視線が揺れる。ほんの瞬きひとつ分にも満たない間だったが、確かに何かがよぎったように見えた。それが何であったのか、快晴には分からなかった。
「快晴、いたよ。森で襲われた時に助けてくれた」
「あぁ、そういえば桃果、途中で怪我してたよね……へぇ、助けたの快晴だったんだ。やるぅ」
柚貴が桃果と快晴を交互に見やる。
「は、はは」
覚えていないことを正直に言えるはずもなく、快晴は頭をかいてごまかした。
「待てよ、なんかこれって……」
快晴がふと下を向く。それを見た柚貴が、気に障ることを言ってしまったのかと心配そうに眉を寄せた。
「俺、めっちゃ影薄いやつみたいじゃん?」
あまりに真剣な顔で悩む快晴がおかしかったのか、誰からともなく周囲に笑いが起きる。気づけば快晴自身も、つられて笑っていた。
「結構参加者多かったから、遠くの班の人のことなんて覚えてないかも」
柚貴が快晴の肩に手を置いた。慰めてくれているのかもしれない。
「合宿行ったけど、腹でも下して寝てたんじゃねーの?」
モズが片方の口角を上げて言う。あり得なくもない。
教壇の上の満と目が合った。満は口元を緩め、そのまま書類に目を落とした。
快晴がガタリという音に振り返ると、入口には重い戸をぶっきらぼうに運ぶ大男こと葉月乱堂の姿があった。
***
その晩、寮の快晴の部屋。
「俺、去年の守護候補生合宿ってどんなだった?」
「は? なんだよいきなり」
化け烏晦が、億劫そうに片目を開ける。快晴は昼間あったことを、順を追って説明した。
「あぁ、確かにお前は腹をくだして寝てたな」
「やっぱりそうなのかー!?」
声を上げてから、晦の興味なさそうな仕草に嘘だと気づく。快晴はすぐに首を振った。
「……いや、そんな訳ないだろ。なんか森で女の子を助けたらしいんだけど、記憶にないんだよなー」
「はぁぁ? なんだとお前、それだけは忘れちゃいけない情報じゃねぇか」
「桃果っていうこげ茶の髪の子なんだけど、覚えてる?」
「あたりめぇだ馬鹿野郎この野郎! あの時の俺様の美技、凄かったぜ。惚れるに決まってるだろ?」
得意げに胸を張る晦を、快晴はどこか胡散臭いものを見る目で眺めた。
「なんかさ、野獣に襲われた所を助けたらしいんだけど」
「はあぁぁぁ……お前って本当に無神経だな」
晦は兄貴分ぶった様子で、快晴の肩を叩いた。
「いいか、快晴。あの日俺達は森にいただろ? そして、あいつ、あの変態野郎もまた森にいた。うら若き乙女を狙う鬼畜野郎だ」
「いや、だから野獣だって」
「変態野郎なんか野獣も野獣、ケダモノ以外の何物でもねぇじゃねぇか! このポンコツ野郎! 言えないだろうそんなこと、悟れ!!」
「えぇー……」
「そいつを俺様が空中から華麗に攻撃! 桃果を華麗に救出!」
翼を突き出したり足で虚空を蹴ったりしてみせた晦は、そこで唐突に投げやりに付け加える。
「お前は援助くらいはしてたかもしれないな」
鼻をほじる仕草が憎たらしい。しかし快晴は腑に落ちず食い下がる。
「なんか桃果の印象とずれるんだけど」
「まだ言うか! とにかく俺の活躍で彼女は救われたわけだ。しかし残念なことに俺を求める女は彼女だけじゃあない。別れは辛いが、俺は一人の女の胸に納まるようなタマじゃないのさ」
「もういいや。とりあえず良い事したみたいだし」
引っかかりは解消されないが、晦もよく覚えていないようだ。
「なんだよ自分から聞いて来たくせによ! あ、それより明日その桃果に会わせてくれよぉ」
「ええ、嫌だよ。悪い虫つけるみたいで!」
「はぁあ、この崇高な化け烏様を虫けらと同列に語りやがったな? 表出ろ!」
「うるせー! 何時だと思ってんだ!」
隣室の壁を、拳がドンドンと叩く音が響いた。二人はそれきり、口をつぐむより他なかった。
***
翌日の放課後。
「あ、うーん、ごめん、誰だっけ?」
すっとぼけた顔で桃果に問われ、晦は声にならない悲鳴を上げた。
「か・いだよ! かーいっ!」
「やほ。改めて、私は長月柚貴、よろしくね。中央に住んでるから、わからない事があったらなんでも聞いてね」
金髪で背の高い、華やかな少女が手を振って近づいてくる。柚貴がそれまで雑談していた桃果と他の生徒も、自然な流れで快晴を囲む形になる。
「よろしく! 俺、昨日ここに来たばっかりだから、助かるよー」
「あぁ、やっぱりねー。でも安心して。ここにも結構いるよ、高等部からの人」
「わ、私もそうです。卯月かりん、よろしくお願いします……」
栗色の長い髪の小柄な少女が、小さな声でおずおずと名乗った。緊張しているのが誰の目にも明らかだった。
「意外といるもんだよなー、合宿行ってないのに受かってるヤツ。長月モズ。よろしくなー」
跳ねた短髪のひょろりと背の高い少年は、のんびりとした口調だった。モズは自己紹介で柚貴を親戚ではなく幼馴染だと言っていた。
「よろしくー」
斗傘が右手を挙げて応じた。快晴もそれに続く。
「よろしくな、かりん、モズ! でも、そうなんだ。確かに見かけた記憶ないもんなー」
「ん? お前もだろ?」
「え? 行ったよ、俺」
「……は?」
モズと柚貴が顔を見合わせた。快晴が周囲を見渡すと、他の同期も何人か、不思議そうに見返してくる。
何かまずいことを言ってしまったのだろうか。快晴は桃果へ視線を送った。
「桃果、俺いたよね?」
思ったより情けない声が出た。一瞬、桃果の視線が揺れる。ほんの瞬きひとつ分にも満たない間だったが、確かに何かがよぎったように見えた。それが何であったのか、快晴には分からなかった。
「快晴、いたよ。森で襲われた時に助けてくれた」
「あぁ、そういえば桃果、途中で怪我してたよね……へぇ、助けたの快晴だったんだ。やるぅ」
柚貴が桃果と快晴を交互に見やる。
「は、はは」
覚えていないことを正直に言えるはずもなく、快晴は頭をかいてごまかした。
「待てよ、なんかこれって……」
快晴がふと下を向く。それを見た柚貴が、気に障ることを言ってしまったのかと心配そうに眉を寄せた。
「俺、めっちゃ影薄いやつみたいじゃん?」
あまりに真剣な顔で悩む快晴がおかしかったのか、誰からともなく周囲に笑いが起きる。気づけば快晴自身も、つられて笑っていた。
「結構参加者多かったから、遠くの班の人のことなんて覚えてないかも」
柚貴が快晴の肩に手を置いた。慰めてくれているのかもしれない。
「合宿行ったけど、腹でも下して寝てたんじゃねーの?」
モズが片方の口角を上げて言う。あり得なくもない。
教壇の上の満と目が合った。満は口元を緩め、そのまま書類に目を落とした。
快晴がガタリという音に振り返ると、入口には重い戸をぶっきらぼうに運ぶ大男こと葉月乱堂の姿があった。
***
その晩、寮の快晴の部屋。
「俺、去年の守護候補生合宿ってどんなだった?」
「は? なんだよいきなり」
化け烏晦が、億劫そうに片目を開ける。快晴は昼間あったことを、順を追って説明した。
「あぁ、確かにお前は腹をくだして寝てたな」
「やっぱりそうなのかー!?」
声を上げてから、晦の興味なさそうな仕草に嘘だと気づく。快晴はすぐに首を振った。
「……いや、そんな訳ないだろ。なんか森で女の子を助けたらしいんだけど、記憶にないんだよなー」
「はぁぁ? なんだとお前、それだけは忘れちゃいけない情報じゃねぇか」
「桃果っていうこげ茶の髪の子なんだけど、覚えてる?」
「あたりめぇだ馬鹿野郎この野郎! あの時の俺様の美技、凄かったぜ。惚れるに決まってるだろ?」
得意げに胸を張る晦を、快晴はどこか胡散臭いものを見る目で眺めた。
「なんかさ、野獣に襲われた所を助けたらしいんだけど」
「はあぁぁぁ……お前って本当に無神経だな」
晦は兄貴分ぶった様子で、快晴の肩を叩いた。
「いいか、快晴。あの日俺達は森にいただろ? そして、あいつ、あの変態野郎もまた森にいた。うら若き乙女を狙う鬼畜野郎だ」
「いや、だから野獣だって」
「変態野郎なんか野獣も野獣、ケダモノ以外の何物でもねぇじゃねぇか! このポンコツ野郎! 言えないだろうそんなこと、悟れ!!」
「えぇー……」
「そいつを俺様が空中から華麗に攻撃! 桃果を華麗に救出!」
翼を突き出したり足で虚空を蹴ったりしてみせた晦は、そこで唐突に投げやりに付け加える。
「お前は援助くらいはしてたかもしれないな」
鼻をほじる仕草が憎たらしい。しかし快晴は腑に落ちず食い下がる。
「なんか桃果の印象とずれるんだけど」
「まだ言うか! とにかく俺の活躍で彼女は救われたわけだ。しかし残念なことに俺を求める女は彼女だけじゃあない。別れは辛いが、俺は一人の女の胸に納まるようなタマじゃないのさ」
「もういいや。とりあえず良い事したみたいだし」
引っかかりは解消されないが、晦もよく覚えていないようだ。
「なんだよ自分から聞いて来たくせによ! あ、それより明日その桃果に会わせてくれよぉ」
「ええ、嫌だよ。悪い虫つけるみたいで!」
「はぁあ、この崇高な化け烏様を虫けらと同列に語りやがったな? 表出ろ!」
「うるせー! 何時だと思ってんだ!」
隣室の壁を、拳がドンドンと叩く音が響いた。二人はそれきり、口をつぐむより他なかった。
***
翌日の放課後。
「あ、うーん、ごめん、誰だっけ?」
すっとぼけた顔で桃果に問われ、晦は声にならない悲鳴を上げた。
「か・いだよ! かーいっ!」
