夕凪と月光

 俺の住むここは、本州からは少し離れた自然が豊かで静かでのどかな島。栄えている街のように時間に追われていないし、島の人みんながマイペースという感じだ。作りすぎたおかずを近所に分けに行ったり、おばあちゃん同士の井戸端会議がどこかしらで開かれている。まだ若い俺なんかが通れば、「ちょっと寄ってきな」とお菓子やジュースやら何かしらもてなしてくれる。別に生きにくいなんて思わない。
 高校2年生の俺は自分のペースで生きている。ただそれだけのことなのになぜが物足りなく感じることがある。
 明日から、夏休みが始まる。
 チャイムが鳴り響いたと同時に、クラスメイトが一斉に教室を出た。
「おーい。教科書とノート、全部持ってきーよ」
「はーい」
 担任が声をかけると、クラスメイトはバラバラに返事をした。
「美霞瑠(みかる)、この時期が勉強の踏ん張り所だからな。頑張りや」
「うぃーす」
 適当な返事をし、担任の柴田と一瞬だけ目を合わせて教室を出た。


「美霞瑠くんバイバーイ」
「美霞瑠また連絡するわ!夏休み遊ぼうぜ!」
「お祭り一緒に行こうな!またみんな誘っとく!」
「今度海行こーぜ!」
 廊下と玄関を歩くだけで、同級生から声が掛かる。少しめんどくさながらも、それを悟られないように笑顔で振る舞う。
 俺、吉崎美霞瑠(よしざきみかる)は、担任に適当な返事をしても意外と何をしてても許される。
 親は医者で、その遺伝を継いだからか、成績は優秀。授業中に寝ていても、課題をやっていても特に何も言われない。俺の両親は船に乗って本州へと仕事に行き、夜は遅くに帰ってくる。大変な両親のことは昔から理解していて、1人で料理、洗濯、掃除など一通りの家事はそつなくこなせる。家の中では基本的には1人のことも多くて自由にできる。
 一見、何不自由のない男子高校生だが、俺の人生はなぜか退屈に満ちている。
 なぜだろうか。

 靴を履き終え、門に向かって歩きながら上を向くと、夕陽がかる空が眩しかった。
 門から出ようとした時、後ろから肩を叩かれ、抱き締められた。
「おおっ」
 驚いて思わず声を上げた。
 後ろを振り向くと、そこにいたのは親友の瀬名湊(せなみなと)だった。幼稚園からの仲で、気を遣うこともなく、唯一砕けて話せる友達だ。いつも明るく、口が達者でよく揶揄(からか)われる。
 湊は、何かをお願いするような表情で俺の顔を見つめてきた。
「担任に色々運ぶの頼まれてよ、ちょっと手伝ってくれん?」
「もう靴履いちゃったよ。また戻るの面倒臭い。他の人に頼めよ」
「そう言わずにさぁ。俺なんて靴履いてないんだから、ほら」
 下を見ると、本当に靴を履いていなくて、靴下のままで外に出てきた。
「あ、俺が美霞瑠を背負えばいいやんな!よし」
 えっと、動揺する隙もなく、背負われてまたも玄関へと連れて行かれた。
「まって、なんで俺背負われてんの」
「だって歩くの面倒臭いんやろ」
 その答えにハテナが浮かんだが、高校2年生にもなって背負われるのはなんだか恥ずかしかった。
「おーい、何しよんと」
「美霞瑠くんどうしたん」
「なんか湊面白いことしとるやん」
 周りからのギャラリーの声が凄い。同級生からは笑われ、後輩からは冷たい視線。先輩からは呆れた顔。
「はいはいはい、美霞瑠様が通るから道開けろよ。はいはい、どいたどいた」
 この状況を湊は楽しんでいた。
 玄関に着くと、回れ右で雑に下ろされた。
「もう痛いって」
「はぁー、お前重くなったな」
「失礼や、今日は鞄が重いんやさ」
「はいはい、鞄ね。よし行くぞ行くぞ」
 背中を手で押され、強制的に前に進まされた。
「しっつれいしまーす」
「失礼します」
 職員室に入ると、化学担当の足立先生がにこりと笑って俺たちを待っていた。
 机の荷物の多さに俺たちは絶句した。


「あー先生ー、疲れたよ」
 化学室に荷物を運び終えた俺たちは、涼しい職員室に戻った。湊はどかんと職員室のウォーターサーバーの横にあるソファに雑に倒れた。俺は強引にソファに座る。
「美霞瑠狭いよ」
「こっちのセリフや」
 俺も重いものを持った疲れと、エアコンのかかっていない廊下と化学室を往復する暑さにやられた。
「2人ともご苦労さん。助かったよ、これで今日は定時で帰れそうだ。ちょっと来い」
 定時で帰れそうなことをいかにも嬉しそうな表情で言う。そして小さく手招きをされて冷蔵庫の前へと案内された。湊は勢いよく立ち上がる。
 足立先生は周りの先生の視線を気にしつつ、1番下の冷凍庫を開けた。開けると同時に冷たい冷気が顔に降りかかる。
「こっから好きなのを選んでけ。もう他の生徒は帰ってる頃だから、帰りにでも食べて帰れ。職員室はさすがに僕も怒られちゃうから」
「先生!ありがとうございます」
 俺たちは小声でシンクロさせてお礼を言った。
 俺はスイカバー。湊はパピコを選んだ。静かに足立先生に手を振り、職員室を出た。