土砂降りの大雨は、あっという間に炎を消した。
私はぬかるんだ道を走って、皇居に戻った。雨はもう止み、建物や木々は焼け落ちていた。
「小鳥」
びしょびしょになった武尊さまが、正殿の庭で手を振っていた。そばに駆け寄ると、
「できた」
武尊さまが無邪気に笑ったので、私は安堵で泣きたくなった。
でも、
「……ぷ」
あまりにも訳が分からなくて、
「あはははは!」
ついに大笑いしてしまった。こんなに笑ったのは、生まれて初めてだった。
「武尊さまは、どんな小説より、変です」
笑いすぎてお腹が痛い。
「そうか?」
ぽりぽり、と武尊さまは眉の上をかいた。ハクさまは、舌をちろちろ出して頷いている。
「そうですよ、だって──」
「小鳥」
私がまだ笑っていると、背後から声がした。
驚いて振り向くと、そこにいたのは、なんと、信じられないことに──
「誰〜!?」
知らない男が立っていた。
「お父さんだよ」
苦笑いで言われて、びっくりした。もういい加減にしてほしい。背の高い、私に似た幽霊。
「お父さん、なのですか」
私は狼狽えた。
「ああ。小鳥、今まですまなかったね。私の行いがお前を苦しめた。お前への愛故だったのだが、こんなことになっちゃって」
「なっちゃって、ではないですよ」
「ごめんて」
呆れて言うと、父は申し訳なさそうに頭を下げた。
「武尊くんがいれば、もう何も心配いらないようだ。明道と術と共に、私も成仏するよ」
父は、私の肩にいた明道を指先でつまみあげた。
「えー! もうちょっとだけ小鳥ちゃんといたい!」
「だまらっしゃい」
父にぴしゃりと言われて、明道は黙った。
「小鳥があんなに笑うのを初めて見た。武尊くん、ありがとう」
父が武尊さまを見た。
「君ってすごいね、いろんな意味で」
「はい。筋肉は努力を裏切りません」
きり、と武尊さまは答えた。
「君も、小鳥ちゃんのことを裏切らないで、幸せにしてあげてね」
父と武尊さまは、目と目を合わせて、頷きあっている。なんだこれ。
「小鳥、幸せにね」
父は実体がないので、抱きしめてもらっても、やっぱりすり抜けてしまった。
「はい。全ての元凶のくせに最後にしれっと現れていい父親面してるのが釈然としませんが、お疲れ様でした」
私が淡々と言うと、父は微笑んだ。
「うちの子は、怒っていても、かわいいな……」
そして、その微笑みを最後まで残してすぅっと……消えたのだ。
「小鳥ちゃん、大好き! 生まれ変わったら一緒になろうね!」
最後に、明道の小さな声がした。
「なりません……」
もういない明道に、私は静かに答えた。父の微笑みと明道の声が、いつまでもそこに残っているようだった。
二人は、消えてしまったのだ──。胸がとても静かだった。
私は、
「やったぁ! お祓い完了!」
飛び上がって喜んだ。武尊さまに振り返って、両手同士をぱん、と合わせた。
「自由〜!!」
私が叫ぶと、空の雲が流れ、青空がのぞいた。焼け落ちた皇居はまずい。どうするんだこれ。私たちは晴れやかに、途方に暮れた。
でも、気持ちは明るかった。
「そういえば、武尊さま」
私は言った。どうしても訊きたいことがあったのだ。
「どうやってあんな素晴らしい和歌を書いたのですか?」
今思い出しても胸が温かくなる、あの歌。
参ったなぁ〜と焼け跡を眺めていた武尊さまは、
「ああ、あれか、家庭教師をつけたのだ」
と言った。
「家庭教師?」
首を傾げる。
「紫小納言さんだ」
さらり、と言われ
「ええ!?」
父が現れた時より、正直驚いた。どういうこと!?
「ハクさまが、過去とも話ができると言うので、紫小納言さんと繋げてもらったのだ。それで、和歌の書き方を教わったり、添削をお願いしたのだ」
「そ、そんなことが!?」
「えへん」
ハクさまは胸を張るようにした。
「なんて羨ましい!」
憧れの紫小納言先生が、和歌の監修をしてくださっていたなんて!
「羨ましい、か……?ものすごい毒舌であれがだめこれがだめと言うが、じゃあどうすればいいかは教えてくれないし、ひたすら罵倒されながら書き直しをしたんだ……」
こわかった……と、武尊さまが、幼い時みたいに蚊の鳴くような声で言った。
「それでも羨ましいです! 私もお話ししてみたかったです」
「向こうも、小鳥と話がしたいと言っていたぞ?」
「本当ですか!?」
武尊さまの腕に飛びつく。
「小鳥の話をしたら、小説のネタになりそうだと」
「やったぁ!」
ぴょんぴょん跳ねる。そんな私を見て武尊さまが、
「怒っていてもかわいいが、笑っている方がかわいいな」
満面の笑みで言って、かわいかった。

