厄鳥の姫は、パワー系皇子とも怨霊とも結婚したくない!



翌日。

私の部屋には三枚の座布団が並び、その向かいには座布団の山。頂上でハクさまが偉そうにとぐろを巻いていた。

本日は、いよいよ和歌勝負の日だ。

「えー、では、順番に和歌を披露してもらう。より小鳥の心を打った方を勝ちとするが、もし武尊が勝った場合、明道は小鳥にかかった術をまるごと抱えて成仏するように」

ハクさまが仕切りつつ、非常に大事なことを明確に念押ししてくれる。

「はい! でも、もし僕が勝ったら、小鳥ちゃんと結婚できるんだよね!?」

明道が非常に厄介なことを明確に念押ししてくる。もちろん今も清玄さんの体に入ったままだ。

「結婚はしません。でも、あなたと島に帰りはします。でも清玄さんの体は置いていきます」

「そんな! 体がないとあれやこれができないじゃない!?」

「死人が贅沢を言わない」

ぴしゃりと言うと、明道は口を尖らせ、

「まぁいいか。島に二人きりだし。でも小鳥ちゃんも公正な判断をしてよね!? 詠み人の生死は問わないでね!?」

「ぜひ問いたいところだけれど、ちゃんと和歌の良し悪しで判断します。それは約束する」

文学好きの意地はある。ちら、と武尊さまを見ると、目の下にクマがあり、目もしょぼしょぼ。よほど苦労したのだろう。目が合うと弱々しく微笑んだ。大丈夫かなぁ。

「では、まずは薄雨明道から」

「はい」

明道は自信満々で、ハクさまに和歌を提出した。

ハクさまはすっと鎌首を持ち上げ、ひとつ喉を鳴らした。

そして、普段ののほほんとした話し方とは打って変わり、ゆったりとした節回しで和歌を読み上げた。



我が身こそ 秋の白露 消え果つれ 君に立ち添ふ 野辺の夕霧



歌が終わっても、私はしばらく黙っていた。

秋の野辺に、白い夕霧が静かに立ち込める。その美しい光景が、目の前に浮かぶようだった。

「……綺麗」

思わず声が漏れた。

まさか、あの明道が、こんなにも美しい和歌を詠むなんて。

「明道、本当に和歌が上手だったのね」

言うと、明道が感極まったように身を乗り出し、

「『秋の白露』は消えた僕の体のこと、『夕霧』は死してなお小鳥ちゃんといる僕のことを詠んだんだよ!」

ぎゅっと私の手を握った。

「これからもずっとそばにいるからね!」

盛り上がっている明道に抱きしめられそうになるが、それをぐいっと押し退けて、

「まだ勝ってない」

と言った。

「もう勝ったも同然でしょうこれは。自分でも会心の出来だもん」

と、勝ち誇って言う。

ハクさまが、咳払いをした。

「静かに。では続いて、武尊の歌じゃ」

私は武尊さまに目を向けた。

「はい」

と返事をして、武尊さまもハクさまに紙を渡した。

「では」

ハクさまが首をまっすぐに立てた。私の背筋も自然と伸びる。目を閉じた。



音もせで 氷の下を ゆく水の 落ち合ふ瀬には 花ぞ流るる



歌が終わった。

私は──

すぐには言葉が出なかった。

氷の下を、音も立てずに流れてゆく水。その水が、いつか落ち合う。そして、そこには花が流れている。

たった三十一音の間に、冷たく寂しかった景色に春の香りがした。

「……ハクさま」

少し目を開ける。

「もう一度、読んでいただけますか」

ハクさまが、つぶらな瞳を少し丸くした。

私は、武尊さまを見た。武尊さまもこちらを見ていたけれど、何も言わなかった。

いつものように「かわいい」だとか、端的な言葉はない。幸せになろうとも、そんなことは一言も書かれていない。

それなのに、どうしてこんなにも……嬉しいのだろう。

歌がもう一度読まれ、私は歌の温度や香りを吸い込むように、胸を膨らませた。

そして、口を開いた。

「うおおおん!」

私ではない。明道だ。明道がその場にうずくまって大声で泣いていた。

「な、なんであなたが泣くの」

いきなりのことで、心底驚いた。明道は泣きじゃくっている。

「和歌に詳しいからこそ、分かってしまったんじゃな」

ハクさまが言うと、明道の声がますます大きくなった。

「小鳥」

ハクさまは私を見た。その意味は分かっていた。

私は、二人を交互に見た。

「どちらの和歌も素晴らしいと思いました」

正直に言う。

「けれど、武尊さまの歌が好きです」

迷いなく、言った。

明るい明日を詠う歌。

ハクさまのところにあった紙を手に取る。太く力強い字で紙いっぱいに和歌が書かれていて笑ってしまう。

「美味い居酒屋のメニューみたいじゃな」

「意味は分かりませんが、武尊さまらしいです」

武尊さまを見ると、少し照れくさそうに笑っていた。私も笑顔を返した。そんな私たちを恨めしそうに見て、

「認めます……」

ぼそっと、泣き声で、明道が言った。

「え、本当に!?」

私は驚いて言った。こんなに素直に認めるとは思っていなかったのだ。潔いところもあるじゃないの。

「約束は、約束ですから」

明道が顔を上げると、すうっと清玄さんの体から明道の霊体が抜け、清玄さんが力なく床に倒れた。清玄さんを解放した明道が半透明の姿で漂っている。

「……小鳥さま、今までお世話になりました。あなたに出会えて幸せでした」

げじ眉を垂れ、つぶらな瞳に涙をためて、明道は私の手を握ろうとした。けれど、霊の体でそれはかなわず、私の手をすり抜けるばかりだった。諦めたように離れた手を、私は両手で包むようにした。

「明道、素敵な和歌をありがとう。忘れません」

存在はすごく迷惑だったけれど、あんな素敵な和歌をくれたのだ。ちゃんとお礼とお別れを言いたかった。

「さようなら」

添える手に、力を込めた。

「小鳥ちゃん……」

明道の声が震え、涙がぽろりと頬を伝った。

そして──



「かわいい! やっぱり成仏したくない!!」



明道が叫ぶやいなや、その体が突然発火し、巨大な火柱となった。

「ええぇぇ!?」

私の部屋の天井を焼いた炎は、あっという間に部屋を包んだ。感動を返して。

「小鳥!」

武尊さまは私とハクさまと倒れたままの清玄さんを抱えあげて、部屋から脱出した。けれど、炎はどんどん広がって殿舎を包んでいた。

「桃の木がっ」

二人で植えた桃の木にも火がついた。炎は次々と木や建物に燃え移る。私たちは壊れた正殿の前まで逃げ、武尊さまから降りた。

「皇居がっ」

空まで焼くほどに成長した大火を目に、私は立ちすくんだ。

どうしよう、どうしよう!? 頭が真っ白になる。

その時。

「ごめんね、小鳥ちゃん!」

と、微かな声がした。

「明道!?」

聞き覚えのある声の主を探す。けれど、その姿はない。

「ここ! ここ! 肩!」

そう言われ、自分の肩を見ると、何かいる。よく目を凝らして見ると、それは豆粒大の明道だった。

「明道! あなたなんてことを!」

「ごめんね! 僕はこの通り、本当に君たち二人を祝福して成仏しようと思ったんだよ!? でもまだあった僅かな心残りと小鳥ちゃんのお父様の術が合わさって、恨みの炎になっちゃった!」

「なっちゃった、じゃない! その姿が祝福の気持ちの現れなら、小指の爪ほどしか祝福してないじゃない!」

「だって好きなんだもの」

えーん、と肩の上で豆が泣いている。そんなことをしている間にも、火の手は伸びている。

「小鳥、とりあえずここを離れよう」

武尊さまが私に手を差し出してくれたけれど、私はそれを取らなかった。

「だめです、なんとかしないと。なんとかしないと、この怨霊の炎が皇居だけじゃなく、山や都まで焼いてしまいます。国中を焼くことになるかも」

ついに。ついに私は、こんな大厄災を招いてしまった。足が震える。やはり私は、厄鳥の姫なのだ。

「ここは危険だ」

私を抱えようとする武尊さまを遠ざけて、

「ハクさま、お願いがあります」

武尊さまの首に巻きついているハクさまに言った。

赤い目を見る。ハクさまは鎌首をあげた。

私は、心を決めた。

「私を、魂の起源ごと、消してもらえませんか?」

「小鳥!?」

武尊さまが声を上げた。

「小鳥ちゃん!? だめだよ、そんなこと! 小鳥ちゃんが消えるくらいなら、僕が消えるから!」

必死に明道が叫ぶが、その声はもう本当に小さい。

「いいえ。初めからこうするべきだった。私さえいなければ、いろんな人が不幸になることもなかった。明道だっておかしくならずに、もっと別の恋ができたのかも。だから、消えるべきなのは、私なのです」

赤い空と黒煙を見つめながら、私は言った。

「最初から私がいないことになれば、この運命は変わりますよね?」

訊くと、ハクさまは小さく頷いた。

「では、お願いできますか」

ハクさまの頭を指先で撫でた。小さくて冷たい頭。大事な友達。

「小鳥」

武尊さまが私を抱きしめた。

「そんなことはしなくていい。お前は悪くない」

その言葉に、涙が出てしまった。そんなことを言われたのは、初めてだった。

「そうかもしれません。でも、責任をとるべきは私です」

ぽろぽろ泣きながら、大きな胸に頬を寄せる。

「本当は、もっと一緒にいたかったです。だって再会してまだ三日ですよ?運命を恨みます。なので、運命も道連れにしてやります」

くくく、と半ばやけになって笑う。

「いや、いったん本当に待ってくれ、落ち着け」

泣きながら笑っている私の両脇に手を入れ、猫みたいに持ち上げる武尊さま。

涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をじっと見られる。落ち着けって、無理でしょう、こんな状況じゃ、と私は鼻をすすった。

「ヘイ、ハクさま。この状況の解決方法を」

「検索します」

武尊さまが言うと、ハクさまがまた単調な口調になって答えた。

「えぇ!?」

解決方法!? そんなものがあるはずが──

「ユーザーさんにおすすめの解決方法をご案内します」

「まさか!?」

しばらく目をぐるぐるさせていたハクさまが、突如喋りだした。

「超音速の正拳突きによる『局所的低気圧』の発生をおこなってください。筋肉の収縮速度と腕力を限界まで高め、音速を遥かに超える超高速の正拳突きや空振りを連続で繰り出します」

!?

「周囲の空気を凄まじい勢いで引き剥がし、その場に瞬間的な超低気圧地帯を作り出します。周囲の湿った空気がその中心へと急激に流れ込み、上昇気流となって急冷されることで、雲が一瞬で生成されて豪雨へと変わります」

正拳突き!? 雨!?

「ふむ」

私を地面に降ろしながら、武尊さまは頷いた。

「小鳥」

呼ばれて、泣き顔で見上げる。

「なんとかなりそうだ」

「そうですかねぇ!?!?」

ついに私は大声を出した。自分の理解を遥かに超えた状況で、もう訳が分からない。

「小鳥は清玄を連れて、避難しておいてくれないか?」

「でも」

「頼む」

大きな手で頭をぽん、とされる。武尊さまが明るい笑顔だったので、私は──頷いた。

「信じます」

涙を拭って清玄さんの元へ駆け寄り、避難を始めた。

炎と武尊さまと、その首に巻きついたハクさまの後ろ姿から離れていく。

「小鳥ちゃん、頑張れ!」

明道に励まされながら、清玄さんを必死に引きずり、皇居から少し離れたところまで逃げた。赤い空を見る。

「武尊さま」

どうか。

どうか、助けてください。

神様になんて祈ったことがなかったけれど、心から祈った。

涙がいくつも流れて、頬を濡らす。

そこへ──

ぽたり。

冷たい何かが落ちた。

え!?

「まさか!?」

はっとした私は、天を仰ぎ見た。

すると、空に黒い雲がみるみる立ち込めて、辺りを暗くした。

そして──

私はこの時ばかりは明道と一緒に飛び上がった。

「降った!!」

雨が。

豪雨が。

降ったのだ。