厄鳥の姫は、パワー系皇子とも怨霊とも結婚したくない!



翌朝。

「おはよう、小鳥ちゃん」

目の前に男の顔があったので、反射的に殴ってしまった。

「はっ! 清玄さんのお顔なのに!」

私は飛び起きた。

「痛いよぉ」

被害者面で頬を押さえている明道。

「言ったでしょう?寝込みを襲ったら、ハクさまに頼んであなただけでも魂の起源から消してもらうと」

昨日、部屋に戻るころには百足はいなくなっていた。父の術で刺される心配もないので、そのまま寝た。明道には勝手にどこか別の場所で寝るように言っておいた。

「起こしてあげたのに!」

「私は昼前まで眠るつもりだったの!」

島にいた時の怠惰な生活はそう簡単に捨てられない。

「付き纏い怨霊のくせに、私のことちっとも分かってない」

「分かってるとも」

得意げに言った明道は、背中に隠していた何かをさっと差し出し、

「小鳥ちゃん、朝は果物だよね」

籠に入った桃や梨を見せた。

「わぁ! うん、そうなの、ありがとう」

と、思わず喜んでしまってから、はっとする。

「いや、やっぱり勝手に知られているのは不快だな。嬉しさ半減」

「まだあるよ!」

はい、と今度は紙を渡されて、嫌な予感。

「これは?」

また血文か?とぞっとしながら、中をちらりと覗き見る。

「この陰陽師の道具で、二人の相性を占ってきたよ!」

はん、占いが一番嫌いだ。紙には「籠目小鳥と薄雨明道。相性は大大吉。二人は結ばれる運命にあり。夫婦となれば末永く円満。婚姻は早いほど吉」と書かれていた。

「またでたらめな」

「でたらめじゃないよ!? 陰陽師の体を使って占ったんだから、正確に決まってるじゃない!」

「占ったのはあなたでしょう?」

紙を小さく畳んで屑籠に捨てようとしたら、

「あぁ! その結果になるまで百回以上占い直して大変だったのに!」

と手首を取られた。

「ほら! やっぱりいい加減な結果じゃない」

呆れてため息をつく私の手首を、明道が引いて胸に抱きとめた。

「ちょっと」

清玄さんの胸に頬が埋まる。抱きしめられて動けず、睨むしかできない。

「でも本当に相性が悪いなら、百回占っても大大吉なんて出ないと思わない?」

「偶然です」

「つれないことばかり言わないで」

見上げる顎に手を添えられて、今度は顔を背けられなくなってしまった。

青い瞳に目を覗き込まれて、どきりとしてしまう。まつ毛が長い。さすがこの国一の美男子の陰陽師だ。清玄さんに目を奪われているだけなのに、明道は嬉しそうに笑うと

「小鳥ちゃんは僕のこと、何も知らないでしょ?」

切れ長の目が、すぐ近くで細められた。

「知ればきっと好きになるよ?」

腰にあった手が、脇を伝って胸元へ滑ってきた。

「あん」

甘い声。もちろん私ではない。小袖の胸元からハクさまがにゅっと出て、不埒な明道の顔を睨みつけた。

「うわぁ!」

明道は驚いて飛び退いた。

「ハクさま、武尊さまのところに泊まっているのかと」

私も驚いて言う。百足騒動のあと、武尊さまのところで遊ぶ、とハクさまが言ったので、私は部屋に一人で戻ったのだ。

「ちゃんと夜中に帰って懐におったぞ」

なぜ懐を選ぶのだこのスケベ蛇、と思ったが言わなかった。おかげで助かった。

「セクハラ禁止じゃ」

ハクさまは赤い目で、明道を見据えた。

「はい!」

怒られたことだけは分かるらしい。

「まったく。清玄さんの見た目で、余計な真似をしないで」

やれやれ、朝から疲れてしまった。

武尊さまは、昨日私が恋愛のあれこれを説明したせいか、「昼に部屋に行く」とちゃんと言っていたし、それまでなにをしようか。そう思ったところで、庭の方から妙な音が聞こえてきた。ずしん、ずしん、と重たい音がする。

「……なに?」

縁側の向こうに目をやると、庭の奥から、大きな木がこちらへ近づいてきていた。いや、木が歩いているのではない。木を担いだ武尊さまが歩いているのだ。

「武尊さま!」

私は縁側に飛び出した。

「朝早いな。起こしたか?」

「……いえ?いつもこの時間に起きていますよ???」

「小鳥ちゃん???」

「すまん、部屋には昼行くと言ったが、庭に来てしまった」

「そんなことより、その木はどうしたのですか」

少し慌てた様子で武尊さまが言ったが、それどころではない。木には、桃の実がいくつもなっていた。根や周りの土までついていて、相当重そうだ。

「小鳥は桃が好きだっただろう。帝の殿舎の桃まで盗み食いするほどに」

「お恥ずかしい」

身に覚えがありすぎる。あちこちの桃をよくいただいた。

「なので、一本頂戴してきた。ここに植え替えよう」

木はゆっくり置かれたけれど、ずしんと地面を揺らした。ここにって、庭師も道具もないというのに。

「どうやって穴を掘るんですか」

植える位置を考えている武尊さまに訊く。

「素手だが」

はい、そんな気はしてました。

「私もご一緒していいですか?」

武尊さまは驚いた顔をした。

「かまわんが、汚れるぞ」

「大丈夫です。あなたもやる?明道」

訊くと、明道は梨を剥いていた手をとめ

「土は苦手なので!」

と言い、

「僕は書物庫に行ってきまぁす!」

と慌てて去っていった。肉体労働から逃げたな。

「支度をしてきます」

剥いてもらった梨を食べて、汚れてもいい格好に着替えようと思っていると、

「ではこれを」

武尊さまがなにやら包みを手渡した。

「これは?」

絹の包みを開くと、また別の布がいくつか入っていた。一枚をとってみると、

「これは! 単躯突布ではないですか!?」

布を広げ、その独特の形に興奮して言う。

「いつか奥方様にどうぞと商人からもらっていたのだ。よければ」

「わぁ、異国の服ですね! ありがとうございます!」

喜んで着替えにいった。着方はハクさまが教えてくれた。

単躯突布の上から、長袖の上衣を重ねる。下は、長さの違う下衣を重ね着した。長い方は体に妙に密着するので、変な感じだ。

「ランニングウェアというものじゃ」

と、教えてもらった。これが異国の装い! おもしろい。

「どうでしょうか」

穴を掘り始めていた武尊さまの前に立ってみた。
武尊さまはぴたりと手を止めて、上から下まで私をよく見た。それを何往復も。そしてようやく口を開きかけたと思ったら、はっとして言うのをやめた。

「感想は和歌に込めた方がいいんだったか」

「ふふ、いいえ。もう大丈夫です」

おかしくて笑ってしまう。桃の木や、異国の服をくれたり、

「私が喜びそうなものを考えてくださったんですね」

紫小納言先生の話を覚えていてくださったのだろうか。

「その髪留めは?」

「包みの中に入っていましたよ?ハクさま曰く、『しゅしゅ』というものらしいです」

髪を頭の高い位置で結んで、しゅしゅなるものを巻いてみた。

「ふわふわしていてかわいいのです」

くるりと回ってみせる。髪も一緒についてくる。

「……」

「変でしたか」

武尊さまが難しい顔をしている。

「いや」

手が伸びてきて、土のついていない甲の部分で、露わになっている私のうなじを少し撫でた。

「かわいすぎても困るものだな」

言ってから、

「あ、言ってしまった」

と、口を押さえた。お互い困ってしまって、目を合わせられなかった。

「はよう掘れ。桃の木をわしの巣にする」

ハクさまに呆れられて、私たちはようやく作業に取り掛かった。

穴掘りは大変だった! と言いたいが、私はちょろちょろしていただけ。途中、大きな蜂が来たが、叫ぶ前に武尊さまが処理してくれた。過保護術も負けっぱなしだ。

そうして、庭に立派な桃の木が生えた。

「これで桃が食べ放題ですね」

私が笑顔で見上げると、武尊さまが目を和らげた。

あ。

「ここにずっといるのならば、ですが……」

付け足して、俯く。
危ない、武尊さまが優しく頼れるからって、ここにいる自分を想像してはいけない。周りに不幸を呼んでしまう限り、私は皇子さまの妻に相応しくないのだ。
ごちゃごちゃと考えていると、

「さて。俺は走りに行くが、小鳥はどうする?」

訊かれて、考える。

私は──

「私も、行きたいです」

妙に、必死な響きになってしまった。

「昨日、武尊さまは私の話をたくさん聞いてくださいました。だから私も、武尊さまの好きなことを知りたいです」

せっかく動きやすい服装もいただきましたし、と続ける。

「もしお邪魔でなければ。あ、でも邪魔が入ることは確定なので、邪魔にはなると思います。邪魔ですが、武尊さまがよければ」

自分で行きたいと言っておいてなんだが、きっと何か、虫か猪か熊か何か、不幸はやってくるのだ。

「平気だ」

武尊さまは笑った。

そして、本当に平気だった。山道をゆっくり走りながら、襲って来た猪を投げ飛ばし、熊は武尊さまと目が合うと山へ帰っていった。巨大な落石は拳で砕いた。

「本当にすみません」

ことごとく武尊さまめがけて不幸がやってくるので、申し訳なくなる。

「いや、問題ない」

武尊さまは道を塞ぐ岩片をどかしている。

「あと少し行った先に、好きな場所がある。頑張れるか?」

「はい」

運動不足がたたって、もうへろへろだったが、頑張りたかった。武尊さまがゆっくり走ってくれるので、なんとか山頂まで行けた。そこには、巨大な欅の木が生えていた。見上げる首が痛くなるほど、大きく太い木だった。

「まだ木登りはできるか?」

訊かれてびっくりする。

「この木を登るのですか?」

あんぐりと見上げて言う。私にはとても無理だ。

「では」

と武尊さまが両腕を広げた。下で待つと言いかけたが、木の上の景色が見たくなってしまい、その腕に寄った。軽々と抱き上げられ、武尊さまは片腕だけで木に登る。ちらりと見下ろせば地面が遠すぎて怖くなり、武尊さまの首にしがみついて目をつぶった。

「着いたぞ」

言われて、目を開けた。

「……わぁ」

思わず声が出た。

山の斜面の向こうに、都の街並みが広がっていた。小さな家々の屋根が連なり、その中心には、皇居が見えた。

「皇居が、小さく見えますね」

遠くには川が光り、その向こうには青く霞んだ山々。まるで、空の上から瑞穂の国を眺めているようだった。

「綺麗」

抱えられたままだったのを、しっかりとした太い枝に座らせてもらう。この枝が一番座りやすいのだそうだ。

「あ、武尊さま」

別の枝へ武尊さまが座ろうとしたので嫌な予感がした。予想通り、武尊さまの腰掛けた太い枝が急にぼきりと折れた。

「おぉ」

武尊さまはすぐに別の枝に掴まったので落ちることはなかったけれど、太い枝が地面に激突した音が生々しかった。こんなちょうどいい殺傷の機会を、父の術が見逃すはずないと思ったが、やっぱりだった。

「私と一緒なら大丈夫です。まぁそもそも私と一緒だから危ないのですが」

隣に座る場所を作れず、結局武尊さまが座った上に乗ることになった。恥ずかしい。でも景色を楽しまないのはもったいない。涼しい秋風が髪を撫で、聞こえるのは木の葉の音だけだった。

「静かですね」

空の高いところで、鳶が飛んでいた。

「そうだ、昨日面白い発見をしたんだった」

思い出したように武尊さまが言った。

なになに?と私が斜めに見上げると、武尊さまは少しにやっとした。

「ヘイ、ハクさま。何か気の利いた音楽を」

「え?」

武尊さまが言うと、いつから武尊さまの懐にいたのか、ハクさまがにゅっと顔をだした。

「J-POPのおすすめプレイリストより、デートに最適BGMを再生します」

淡々とした口調。途端、口から聞いたこともない音楽が流れ始めた。琵琶や琴や笛しか知らない私には、楽器の見当もつかない。不思議な音だった。

「こ、これは?」

驚きを隠せずに言う。

「昨日、ハクさまから、未来の音楽も奏でることができると聞いたのだ」

「すごい! 使いこなしてますね!」

「でも金をかけないと二曲に一回は広告が入って不快だから、金を払うことにした」

「課金しちゃいましたか」

優しい音が、心地よく響いている。

「武尊さまといると、驚かされてばかりです。こんな景色まで見せてもらえるなんて」

私は、山のもっと向こうへ目を凝らした。島の外の世界の大きさに、改めて感動した。

「俺は」

武尊さまが、不意に言った。すうっと息を吸う音。

「小鳥が死んだと聞いてから、とても退屈だったのだ」

耳を澄ませて聞く。

「だから、小鳥がいつも座っていた欅に登ってみたくなった。小鳥がそこからどんな景色を見ていたのか、見たくなった」

私は、小さい頃のことを思い出してみた。そんなに高くもない欅に腰かけ、本を読んでばかりいた。そのそばで、武尊さまはどんぐりを集めていた。

「毎日木登りの練習をした。そのうちに登れるようになって、いつもより高いところから景色が見れて嬉しかった。小鳥の見ていた世界が少し見えた気がした。それで、次はもっと高い木に登ってみたくなった」

私が落ちないように腰に添えてくれている大きな手。

「どんどん目標が高くなるうち、体を鍛えるようになった、というわけだ」

風が、音楽と武尊さまの言葉をさらっていく。

あの小さな武尊さまが、一生懸命木に登ろうとしているところを想像して、胸が痛くなった。手がぼろぼろになったり、落ちて痛かったりしたのではないだろうか。

私と同じ景色を見るために、頑張ってくれたなんて。

「『というわけだ』では片付かないほどの成長ぶりですが、すごいです」

胸が苦しくなってしまい、私は冗談めかしてしか返せなかった。

「小鳥が生きていると父から聞かされた時は嬉しかったし、鍛えてきてよかったと思えた。小鳥を守れる男になれるかもしれんと思った」

私の背中に武尊さまは少し近づいた。背中越しにも分かる体温と重さに、どきりとして顔はおろか首元まで一度に赤くなってしまう。でも武尊さまはそれ以上は近づかないでくれた。

相変わらず素敵な音楽が鳴っていたけれど、自分の胸の音ばかりがうるさかった。

そのまま喋れもしないまま時間だけが過ぎて、風が少し冷たくなってきたので下に降りた。

「武尊さま、和歌は順調ですか」

帰り道、ゆっくり歩きながら、私は武尊さまを見上げた。すると、いつも平然としている武尊さまの表情が少し険しくなって、

「頑張っている」

困ったような笑顔になった。本を読むのも苦手なのだ。和歌を作るなんて初めてのことだろう。

明日、和歌勝負をして、何かが変わるかもしれないし、変わらないのかもしれない。でも。

「頑張ってください」

私は止まって、武尊さまの手をぎゅっと握った。

欲しいと思っていいのだろうか。私みたいな者が。誰かが心から詠んだ歌を。

「頑張る」

頭を撫でてもらう手がすごく大きくて、なぜだか胸が痛い。

本ならたくさん読んでいるくせに、今の気持ちをうまく言葉にできそうになかった。