「僕の名前は薄雨明道。享年十七歳、一人っ子。特技は和歌を詠むこと、好物は鮑の酒蒸し、嫌いなものは虫と土。一番好きなものは小鳥ちゃんです」
「こいつ、よく喋るな?」
「小鳥さまと喋れて嬉しいのでは?」
霊体も縛れるという不思議な陰陽道具、禁霊縄で縛られた薄雨明道は、きらきらした目で私を見つめた。武尊さまと清玄さんが呆れて顔を見合わせている。
「おい明道とやら、なぜ小鳥に取り憑いている?」
「小鳥ちゃん、感動の再会だね!」
「あ、こいつ! 怨霊の分際で、皇子さまを無視するな!」
「申し訳ありませんが、本当にどなたか存じません」
明道があまりにも私しか見ていないので、武尊さまが間に立ってくれた。その背中に隠れ、前髪の隙間から明道の顔をよく見てみるも、覚えがない。
馬のような長い顔、げじげじの太眉、細く長い鼻につぶらな瞳。
「そんな。いつも茂みの中から覗き見たり、座っていた木に残る温もりを確かめたりしていたというのに」
「きもっっち悪いな」
清玄さんがひきつる。
「送った血文字の手紙や髪の組紐は、気に入ってもらえたかな!? 一生懸命作ったんだよ!」
「あなたの仕業だったの!? 一体いつから私を見ていたんですか!?」
「二人の出会いは小鳥ちゃんが八歳、僕が十五の時だよぉ」
「出会ってない出会ってない」
「清玄さん、早く祓ってください、怨霊以前にこの人の嗜好が本当に無理ですっ」
私は泣きついた。そんな私に明道も擦り寄ってきた。
「そんな! 籠目家に続く地下通路を掘る最中に崩落で死に、小鳥ちゃんに憑いて七年。毎日一緒だったじゃない! 命まで捧げたというのに!」
「なぜ死んでも懲りないのですか」
「他の怨霊が小鳥ちゃんに憑こうとするのだって、ずっと僕が追い払ってきたんだからね! 小鳥ちゃんのことは僕が守るよ!」
「お主が一番危ないわ」
ハクさまが言って、三人で頷いた。
父の術以外にも、こんな人が憑いていたとは。私が皇居に着かないように嵐で邪魔をしていたのはこいつなのだろうか。
「小鳥ちゃん、一緒に島に帰ろうよ」
明道が口を尖らせる。
「小鳥は帰らない。守るのも、俺がやる」
武尊さまが明道から私を遠ざけるように抱き寄せたので、驚きで口から心臓が出そうになった。
「た、武尊さま」
「ひゅ〜♪」
「離れろ、この筋肉ダルマ!」
周りが騒ぐので余計に恥ずかしい。簾前髪の中で顔が赤くなる。
「武尊さま、お言葉はありがたいのですが……。怨霊にも驚きましたが、武尊さまの成長ぶりにも正直驚いています……」
「俺のことは気にするな。鍛えただけだ」
「鍛えただけで、雷を素手でかき消せるものでしょうか?」
「かなり鍛えた」
「説明が増えてません」
「小鳥ちゃん! そんな奴から早く離れて!」
怒鳴るように明道が言うと、彼を縛っていた縄がばちんと切れた。自由の身になった明道が天に手をかざすと、再び空が黒くなったかと思うと、雷がごろごろと鳴りだした。
武尊さまがさっと私を遠ざけるなり、明道は武尊さまめがけ雷を次々に落とした。それを武尊さまは横へ飛び退って避け続けている。天井の穴は広がるし、床も穴だらけ。
「反復横跳びで雷を避けておる」
ハクさまがけらけら笑った。
「小鳥! お主、逞しい男が好みだったのか?赤くなっておったぞ」
「ち、違います! 不慣れなだけです!」
蛇に揶揄われて赤くなってしまうとは、情けない。
私は壁際に避難している清玄さんのところへ行って、
「陰陽師の人! なんとかしてください!」
と喧嘩している二人を指差した。すると清玄さんは、美しい顔をぐにゃりと歪めて
「いやいや、無理無理無理!」
と顔の前で手を振った。
「小鳥さまの父上の術強すぎるし、あの怨霊も長年小鳥ちゃんに取り憑くことでほぼ術と同化してるから、特級怨霊になってるよ。天候も操るし、禁霊縄もいとも簡単に千切られたし。ってか照魔鏡が割れちゃった時点で、私にはなす術がないよ〜ん」
すっかり飽きたように、清玄さんは床に転がって、やりあっている武尊さまと明道に向かって「いいぞ、もっとやれ」と言い、鼻をほじり出した。ここが地獄か。
「帰りたい」
「まぁまぁ」
ハクさまが私の頭の上でとぐろを巻いた。
「小鳥の父の術とあの怨霊小僧がほぼ同化しておるなら、あの小僧を成仏させれば術も一緒に解除されるじゃろう」
しれっとハクさまが言うと、明道と武尊さまの動きがぴたりと止まった。
「それは本当か?」
「絶対成仏してたまるか!」
二人がハクさまのそばに寄ってきた。
「真ですか?どうしてそんなことが分かるのです?」
頭の上のハクさまに訊いた。
「わしに分からぬことなどない!」
「えぇ?」
「わしは今ここにおるが、この同じ瞬間、現在、過去、はるか未来のどの瞬間どの場所にも存在するのじゃ。オムニプレゼンスでオムニテンポラルな存在! 実はすごい蛇なのじゃ!」
「な、なんと!?」
まさか自分の連れていた蛇がそんな凄い存在だったとは。
「着物の中に入ってくるただのスケベ蛇ではなかったのですね!」
「失敬な」
「つまり蛇殿には、小鳥が自由になっている未来が既に見えているということですか?」
武尊さまがハクさまに顔を近づけた。
「いや?」
ハクさまは喉をしゅろろと鳴らした。
「未来は常に枝分かれしておる。明道が成仏して小鳥が自由になる未来も、何も変わらぬ未来もある。どこへ進むかは、お主たちの選択と努力次第じゃ」
「そんな」
もっと明るい話が聞きたかった私は、その場にへたり込んだ。そんな私の頭を、武尊さまが撫でた。
「努力次第。そういう方が分かりやすくていい」
力強くなでなでとされて、涙が出そうになった。こういうの、小説であったかも、とちらりと思う。もっとも本の中の男は素手で雷を止めたりしなかったけど。
「ってか〜、その蛇さま、そんなに凄いなら、怨霊の一つも祓えないのですか?」
相変わらず寝転がったままの清玄さん。頼れる陰陽師はもういない。
「わしにできるのは、アカシックレコードにアクセスして小鳥の父親や明道の存在ごと、魂の起源から削除することぐらいじゃが、父親を消すと小鳥の存在も消えてしまうので、おすすめはせんの」
「なんか分かりませんが、凄そう!」
「僕はただの恋する男です! 魂の起源ごと消されるほどの罪人でしょうか!?」
明道が芝居めかして言った。まぁ確かに。かなり迷惑ではあるが。
「では大人しく成仏なさい。何か心残りでもあるというの?」
私が訊くと、明道は目を見開いた。
「では小鳥さまと一晩」
「だまらっしゃい。だいたい実体がないくせに、どうするんですか」
心底呆れてため息をつく。これだから現実の男は。
「それは問題ないよ」
と、明道はついに居眠りを始めていた清玄さんに近づき、
「えいや」
その体に飛び込んだ。すると、清玄さんの体が一瞬びくりと跳ねたかと思うと、白目を剥いて震え、やがて仰向けに倒れた。
「え!? 清玄さん!?」
驚いて駆け寄る。前髪を横に払って清玄さんの顔を覗き込むと、顔が真っ白になっていた。
「清玄さん!」
ぺちぺち、と冷たい頬を叩く。まさか死──
ぞっとした時、私の背と腰にするんと腕が回されてぐいっと引き寄せられた。
「きゃ!?」
抵抗が間に合わず、清玄さんの胸に抱きしめられてしまった。慌てて起き上がると、目の前に清玄さんの顔があった。
「あ〜ん、きゃわいい!」
「ん?」
清玄さんがだらしなく鼻の下を伸ばしたので、違和感に気づく。
「もしや、明道、清玄さんの体に乗り移った!?」
頬をすりすりと撫でられているところを、武尊さまが抱き上げて助けてくれる。
「ええい、邪魔な筋肉ダルマめ。僕の小鳥ちゃんにべたべたと!」
「誰があなたのものですか」
武尊さまの片腕に軽々抱えられながら、すかさず言う。
「そうだ。小鳥は俺の妻だ」
「……。武尊さま、それもちょっと……」
「違うのか?」
「いや、帝から言われて来ただけなので……」
簾頭の中でもごもご言う。急に本気で妻と言われても。そんなつもりはない。
「僕を無視するな!」
空をぴかっと光らされて、私も武尊さまもはっとして、明道に向き直る。
「えーと、明道。手伝ってあげるから、大人しく成仏なさい。何か望みはないの?いやらしいこと以外ですが」
抱っこされたまま言う。
明道は清玄さんの美しい体に入ったまま私たち二人を睨みつけていたが、しばらく考えてから
「僕は、小鳥ちゃんに、ちゃんと気持ちを受け取ってもらいたい」
と、形のいい唇で言った。
「ええ?もう伝わってるけど。見てよ、この鳥肌」
「違う! もっとこの情熱を! 小鳥ちゃんを想う気持ちは誰にも負けないことを、分かってほしい!」
なんて大仰な。
「私にどうしろと?」
なぜ私が幽霊の駄々に付き合わねばならないのか。ため息まじりに訊くと、明道はつかつかと寄ってきて、私の前髪を指でよけ、
「あなたを想った和歌を詠みます。それを聞いて、僕の愛を分かってほしい」
と言った。
「うぐ」
落ち着いた甘い声、清玄さんの美しい姿で目の奥を覗き込まれ、悔しいがちょっとドキッとしてしまった。
「その見た目は反則では?」
胸を押さえながら私が言うと、武尊さまは私を抱えるのと反対の手で明道の首根っこを捕まえて
「というか、今ならこいつをこの体ごとぶっ飛ばせるのでは?」
と言った。明道は手足をばたつかせ、降ろせと騒いだ。
「いえ、殴る前に清玄さんの体から抜けるでしょう。清玄さんを殴ってはかわいそうです」
私は正気を取り戻しながら言った。見た目は清玄さんでも、中身は明道なのだ。しっかりするのよ小鳥。
「おい、七光り! お前も和歌を書け!」
明道が吊られたまま、武尊さまを指差した。
「俺も?」
驚いた武尊さまは、ぽとりと明道を放した。
「どちらが良い和歌を書けるか勝負だ! 万が一僕が負けたら成仏するけど、勝ったら僕と小鳥ちゃんの邪魔をするな! 僕はこの体をもらって小鳥ちゃんと結婚する!」
「なんて厚かましい!」
「その体を持っていっていいから、小鳥から離れるというのは?新しい恋でも探したらどうだ?」
「武尊さま???」
「僕は小鳥ちゃんがいいの!」
「明道を追い払ったところで、小鳥の術はそのまま残るしのう。術と同化したまま一緒に成仏してもらうのが最善ではないか?」
「確かに」
ハクさまに言われ、武尊さまは悔しそうだった。
「……あの、武尊さま?」
おずおず、腕の中から見上げる。
「無理に勝負していただかなくて大丈夫ですからね?私の問題ですから……」
本当は泣くほど嫌だけど、皇子に自分のために戦ってほしいなどと、とても言えない。そもそも私だって、結婚など考えていないのだから。
目の潤む私から顔を背けて、
「いや、やる」
と武尊さまは答えた。耳の先が少し赤い。
すると、明道は清玄さんの顔で美しく笑い、
「それでは勝負は二日後。筋肉じゃ和歌は書けないもんね!」
と既に勝ち誇って言った。

