厄鳥の姫は、パワー系皇子とも怨霊とも結婚したくない!



その後の道中でも、馬が八頭逃げ、従者は発熱し、空は嵐になった。術が婚姻を阻もうとしているのだろうか?

私は皆の屍を越え(死んでないけど)、ようやく皇居に辿り着いた。

輿から降りた私を正門で待ち構えていたのは、白い狩衣に濃紺の袴をまとい、頭に烏帽子を被った若い男だった。

「うわぁ!」

長い髪の毛を引きずりながら現れた私を見て、男は飛び退いた。

「し、失礼、昆布の妖かと思ったら、小鳥さまでしたか。私は、陰陽師の天野清玄(あまのせいげん)と申します」

うやうやしく挨拶してくれた途端、空が光って轟音が響き、雷が近くの松に落ちた。

私も、清玄と名乗った陰陽師も、かなりびっくりした。

「当たらなくてよかったですね」

私が言うと、清玄さんは

「ですよね!? 危なかったぁ!」

と一気に情けない声になった。
前髪を少し開いて相手を覗き見る。歳は私より上だろうか。切れ長の目、その瞳は青い炎の色をしていた。わりと、いやかなり、美男の部類だろう。知らんけど。

「護符を百枚も懐に忍ばせておいてよかったです! ほら!」

と、符を見せようとしたが、それは取り出した途端、燃えかすのようにはらはらと風に舞った。

「だ、大丈夫ですよ、まだ予備がありますので」

青い顔で言われても、私はそもそも大丈夫なので申し訳ない。
私は周りに不幸を呼ぶが、自分自身は平穏無事なのだ。皇子と一緒に雨に打たれようとも風邪はひかないし、たとえ船が沈んだとしても、私はきっと助かっただろう。

「ひどいんですよ?帝ったら。私が超優秀な陰陽師だからって、小鳥さまの面倒をみるように頼んできたんです! 加護の術がある私しか、適任はいないとか!」

ねぇ!? と同意を求められても困る。よく喋る男だな。紫小納言先生の書かれる男はそんなにぺちゃくちゃ喋らない。

雷と激しい風の中、屈みながら歩く。

「皇居なのに、全く人が見当たりませんね?」

天候が最悪なのもあるだろうが、敷地内に人っ子一人見当たらない。

「あはは。『厄鳥(やくどり)の姫』が実は生きていて、しかも帰ってくると聞き、皆尻尾を巻いて逃げだしましたよ」

清玄さんが帽子を押さえながら苦笑した。
厄鳥の姫。懐かしい。子どもの時のあだ名だ。不幸を呼ぶ噂は健在らしい。聞けば、帝までが私を恐れて別宅で政を行っているらしい。人を恐れて遷都しよって。

嵐の中、白い砂利の庭を通って正殿に入り、ようやく一息ついた。昼とは思えぬ黒い空に、稲光が走っている。

「昆布、いえ、小鳥さま。長旅と嵐のせいで着物も髪もボロ雑巾のようではないですか。身なりを整え、汚らわしくないようにしましょう」

優しい顔でずけずけ言ってくる。

「いえ、お構いなく。長居する気はないので。それに髪は、父の『刃物除け』の術のせいで鋏が通りませんし」

簾(すだれ)前髪の奥から、目だけ覗かせて言うと、清玄さんがごくりと唾を飲んだ。

「噂は聞いておりましたが、かなり強力な術を施されているようですね」

「早く私を島まで帰した方が賢明ですよ」

私が言った途端に空がカッ! と光ったので、なんだかそういう演出みたいになってしまった。清玄さんのこめかみから汗が伝う。

「ご安心ください。ご覧の通り、私はこの国一番の美男子の陰陽師なのです。美と陰陽道の力で、小鳥さまを呪いからお救いいたします」

「美と何の関係が?」

「美しいは正義なのです」

きり、と決め顔をされたが、前髪のせいでよくは見えなかった。

「小鳥さま、この鏡をご覧ください」

清玄さんが取り出したのは、銀色の美しい卓上鏡だった。

「これは、『照魔鏡』という道具で、その者に憑いている呪いや悪霊を映し出し、鏡に封じることができるのです」

「ほぅ」

珍しい道具に心惹かれ、過保護術からの解放を期待して、にわかに興奮した。

「才色兼備のこの私が、小鳥さまを救ってみせます!」

「あぁ、はいはい」

私は鏡をじっと覗き込んだ。不気味な金色の瞳、つんとした生意気そうな鼻、両頬には黒子が二つずつ点々と。自分の顔は嫌いだ。

「では、参ります」

清玄さんは正座待機の私の前に立ち、すっと目を閉じた。

「天清く──」

顔の前で指印を作る。綺麗な声だった。

「地明らかなり。陰陽の理、隠れし因果を照らし出さん」

途端に建物がドンと揺れた。

「きゃっ」

鏡を押さえる。突如として風が吹き荒れ、庭に雷が続けさまに落ちた。

「清玄さんっ」

見上げると、清玄さんは脂汗を流しながらも唱え続けていた。風が清玄さんの帽子を飛ばし、私の髪を乱す。激しい揺れで調度品は倒れ、御簾が落ちた。うずくまらねば吹き飛ばされそうだ。

怖い。そう思った時。

「小鳥」

声と共に、大きな何かが肩に置かれた。重い。それは、ごつごつとした大きな手だった。

「武尊さま!!」

清玄さんが叫んだ。私はその懐かしい名前で呼ばれた男の方へ振り返った。

太い腕。いや、太すぎる腕!

「武尊さま!? うそ!?」

熊ほどもありそうな、大きく分厚い体、太い首。見慣れぬ袖なしの上衣。むき出しの肩と腕は、筋肉ではち切れそうだった。

「凄まじく成長している!?」

武尊さまは丸太のような腕で私を抱き込み、風から守ってくれた。髪が後ろに乱れたので、武尊さまがよく見えた。そして武尊さまも私の顔をじっと見て、

「小鳥は、相変わらず、かわいい」

と優しい目で言った。

私は沸騰するように赤くなった。抱きしめられた経験がなかったので、動揺してしまったのだ。

「会いたかった。生きていると聞いて嬉しかった」

「は、はい! ご無沙汰しております! でも今はそれどころではありません!」

武尊さまの熱が伝わってきて動揺したが、本当にそれどころではないのだ。手に持った鏡がガタガタと揺れ、眩しく光り出している。

「これはただの呪いや術だけではありませんね! 何か強力なものが、小鳥さまに憑いています……!」

清玄さんが大声で言う。

「え!? 憑き物!? 過保護術仕事して!」

私は亡き父に向かって叫んだ。

「姿を暴かれたくないのでしょう! 抵抗がすごいです……!」

一体、何がこんなことを?

怖くなって、武尊さまの服を握ってしまう。その手をぎゅっと握り返してもらった時、轟音が鳴り、雷が正殿の天井を撃ち抜いた。

「きゃあ!」

思わず縮こまる。

「大丈夫」

武尊さまが守るように腕に力を込めてくれる。
見上げると、唱え続ける清玄さんの真上の天井に大穴が空いていた。

「隠れしものの真を暴け! 急急如律令!!」

途端、稲妻が天井の穴を通って清玄さんめがけて落ちてきた。

「だめ!」

手元の鏡が粉々に砕け散りながら眩く光った。たまらず目を瞑りながら、私は泣きたかった。どうしよう。私のせいで、清玄さんが。これまで私のせいで人に不幸が起ころうとも、目の前で人が命を落とすことはなかった。姿を暴こうとしたせいで、何かの逆鱗に触れたのだ。

ぽた、と自分の涙が床に落ちる音が聞こえて、あたりの静けさに気づいた。私は目を開け、

「清玄さん」

力なく呟いた。

「え!?」

しかし、目の前の光景に、思わず声を上げた。

印を結んだままの清玄さんと、その前に仁王立ちになっている武尊さま。その腕は天高く突き上げられ、しゅう、っと手のひらから煙が上がっている。

「か、雷は……」

唖然としていると、私の胸元からハクさまがにゅるりと出てきて、

「あの男、超音速の掌底で大気を吹き飛ばし!雷の放電経路を強制遮断しよった!!」

と興奮して言った。

「いや分からん!」

私は叫んだし、

「いやその蛇、何!? 喋ってるぅ!?」

清玄さんも叫んだ。混乱で取り乱しまくる二人の肩に、

「そんなことより」

と武尊さまが手をずしんと置いた。

「『そんなことより』じゃない! 雷を筋力で解決しないでください!!」

動揺のあまり、皇子さまについ怒鳴ってしまった。

「いや、小鳥さま、後ろ」

私の後方を、二人が指差している。

そうだ! 憑き物の正体が明らかになったのだ。それが今、私の背後に──!?

ごくり、と唾を飲み込み、覚悟を決めて、一気に振り向いた。そして、私は、もう騒ぎ過ぎて喉が痛いというのに、また叫ぶ羽目になった。

信じられない。

「だ、」

喉が、震えた。

「誰〜!?」

正真正銘、初対面の男性だったのだ。