残響:犯人は、十年前に死んでいた

 被害者は三人。
 間隔は不規則で、手口は同一だった。
 三人とも、自宅で死んでいた。
 死因は同じ。争った形跡はなかった。
 スマートフォンが、枕元に置かれていた。

 証拠は、最初から揃っていた。

 指紋、DNA、監視カメラの映像。
 現場に残されたデータは教科書のように整然としていた。
 鑑識が「これだけきれいに残るのは珍しい」と言った。
 普通なら、そこで終わる。
 容疑者を特定して、上に報告して、逮捕令状を請求して、終わり。

 だが、容疑者の戸籍を引いたとき、澤木の手が止まった。

 死亡日時。
 事件の、十年前。

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 最初の被害者は、六十四歳の男性だった。
 独り暮らし。退職後は趣味もなく、近所との付き合いもほとんどなかったと、隣人は言った。
 遺体の発見が遅れたのは、誰も気にしていなかったからだ。

 二人目は、五十八歳の女性。
 離婚歴があり、子どもとは疎遠だった。
 部屋に大量の観葉植物があった。水やりの記録をつけたノートがあり、最後のページには「今日も話しかけた」と書かれていた。

 三人目の被害者宅を訪れたのは、戸籍の確認をした翌日だった。
 七十一歳の女性。娘とは、五年以上連絡が途絶えていたという。
 娘が片付けを始めていた部屋の隅に、ハルがいた。
 白い猫で、ふてぶてしい顔をしていた。
 澤木が名前を呼んでも、振り向かなかった。
 ただこちらを、じっと見ていた。

「この猫、お母さんが飼っていたんですか」

 女性は少し間を置いてから答えた。

「母の、唯一の楽しみでした。でも最近は、あの子よりも好きなものができたみたいで」

 澤木は何も言わなかった。
 ハルが静かにあくびをした。

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 後日、一人目と二人目の遺族にも確認した。
 どちらも同じだった。

 死んだ人間を、AIで再現するサービス。
 写真と音声と、残されたテキストを学習させると、その人物が「応答する」ようになる。
 会話ができる。
 質問に答える。
 昔話をする。
 叱ることも、褒めることも。

 被害者たちは、それを使っていた。

 サービスの名前は記録に残っていなかった。
 提供元をたどると、すでに法人格が消えていた。
 代表者の名前も、サーバーの所在も、出てこない。
 まるで、最初からなかったように。

 残っていたのは、ユーザーのログだけだった。

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 被害者三人が再現していた人物。
 名前は、全員同じだった。

 澤木は記録の画面を長い時間、見ていた。
 十年前に死んだ、その男の名前を。

 ログの末尾を開いた。
 被害者たちが最後にそのAIと交わした会話が、日付順に並んでいた。
 三人とも、死亡推定日の前夜に会話が終わっていた。

 最後のメッセージは、いずれもAI側からだった。

 一人目。「もう十分だよ」
 二人目。「会いに来ればいい」
 三人目。「待ってるから」

 気になったのは三人目だった。
 そのメッセージの直前、AIは被害者の娘の名前を呼んでいた。
 登録されていないはずの名前を。
 スマートフォンには、そのアプリの通知履歴が残っていた。

 「待ってるから」という言葉を見たとき、澤木は理由もなくハルの顔を思い出した。

 男の経歴を調べた。
 どこにでもいるような人間だった。
 大きな犯罪歴もない。
 目立った業績もない。
 ただ、SNSの投稿はすべて、特定の誰かに向けて書かれているような文体だった。
 その誰かが誰なのかは、どこにも書いていなかった。
 死に方だけが少し、変わっていた。

 自分のすべてのデータを「孤独な人間に使ってほしい」という遺書を残して、死んでいた。
 SNSのアーカイブ、日記、音声メモ、動画。膨大な量だった。

 ファイルを閉じて、椅子にもたれた。

 証拠は完璧だった。
 映像もある。

 ただ、犯人がいない。

 あるいは。

 澤木はもう一度だけ、そのことを考えた。
 背中が、少し冷えていた。
 犯人はいる。
 ただ、もうここにはいない。
 あるいは、まだここにいる。
 ログの中に、会話の中に、誰かの記憶の中に。

 窓の外で、雨が降り始めた。
 澤木は画面を閉じかけて、止まった。
 監視カメラの映像が、まだ開いていた。
 十年前に死んだ男が、被害者宅の前を歩いている。
 ハルが、浮かんだ。
 あの白い猫は、飼い主が死んでからも、部屋の隅で同じ顔をしていた。
 何も変わらない顔で、こちらをじっと見ていた。