忘却の呪印と忌み蔵の女官


陽華殿の狂騒から抜け出し、私が連れてこられたのは、奥宮の端に位置する急ごしらえの局(つぼね)だった。

「……いくらなんでも、殺風景すぎないかしら」

用意された寝所に足を踏み入れ、私は思わずこめかみを押さえた。
一応、新参の妃の部屋ということになっているらしいが、元が物置代わりに使われていたのか、調度品と呼べるものはほとんどない。
部屋の粗を隠すように古い几帳(きちょう)がいくつか立て回されているものの、隙間風のせいで心細げに揺れている。
控えている女房(にょうぼう)たちも、腰の曲がった古参の老女ばかりだ。

おぞましい呪物に囲まれたあの狭くて薄暗い忌み蔵に比べれば、よほどマシだと思っている。
けれど、曲がりなりにも一国の帝を迎える閨(ねや)としては、あまりにも貧相すぎた。

「……随分と落ち着いているな。もっと怯えて泣き喚くかと思ったが」

背後から声がして、私は静かに振り返った。
くつろいだ直衣(のうし)姿の帝、煌星様がそこに立っていた。
威圧感はそのままに、今はどこか気怠げな色気を漂わせている。

部屋の隅に控えていた近習(きんじゅ)や女房たちが、一斉に板の間に額を擦り付けた。

「お見苦しいところにお通しして申し訳ありませぬ、主上。その、急なお召しであったもので……」

「気にするな。ごちゃごちゃと飾られているより、よほど息がしやすい」

煌星様は彼らに一瞥もくれず、私の腰に長い腕を回して引き寄せた。

「下がれ。今夜は誰も近づくことは許さん。俺の可愛い妃と、甘い夜を過ごすからな」

その声は、甘く蕩けるような響きを持っていた。
まさに噂に聞く『好色な覇王』そのものだ。
女房たちが顔を赤らめ、そそくさと退出していく。

私の背後で、遣戸(やりど)が静かに閉まった。
部屋に二人きりになった、その瞬間。
私を抱き寄せていた煌星様の腕から、ふっと力が抜けた。

「……っ」

かすかな呻き声と共に、彼は私の肩に重くのしかかってきた。
驚いて彼を支えると、その体は異常なほど熱く、同時に氷のように冷たい汗をかいていた。
宵闇に誘われるかの如く、濃い『穢れ』が、彼の全身から立ち上っている。

先ほどまで宴の席で気怠げな色気を振りまいていた覇気が、嘘のように霧散していた。

「主上……!」

「……やっと、あの頭の痛くなるような匂いから解放されたというのに今度はこれか」

低い声でそう零すと、飾り気のない質素な御帳台(みちょうだい)の端にどさりと腰を下ろした。
長い指で自身の襟元を乱暴に引き下げ、不快そうに息を吐く。

「あの、主上。お加減が……?」

「……来い」

「えっ」

「治療だと言っただろう。早く俺に触れろ」

有無を言わさず腕を引かれ、私は彼の胸元にぽすんと顔から突っ込む形になった。

「あ、あの……っ!」

「暴れるな。……ああ、お前は、あの吐き気のするような薫物(たきもの)の匂いがしないのだな」