忘却の呪印と忌み蔵の女官

陽煌国の内裏、その中心に位置する「陽華殿(ようかでん)」。
むせ返るような白粉(おしろい)の匂いと、甘ったるい菊花酒の香りが、広い庇(ひさし)の間にねっとりと渦巻いていた。

「……何なの、この地獄みたいな空間は」

部屋の最も端、御簾(みす)の近くの末席に座らされた私――は、引きつりそうになる頬を必死に盃で隠していた。
上座には、繧繝縁(うんげんべり)の茵(しとね)に気怠げに身を横たえる若き帝、煌星様の姿がある。
彼の周りには、色とりどりの袿(うちき)を纏った見目麗しい高位の女御(にょうご)たちが群がり、その腕や胸板にすり寄っていた。

「主上、今宵はわたくしの局へお越しくださいますわよね?」

「いいや、主上は私とお約束をなさいました。ねえ、主上?」

甘ったるい猫撫で声が飛び交う中、一九歳になったばかりの若き覇帝は、喉の奥でくくっと艶っぽく笑った。

「諍いをするな。お前たちは皆、等しく愛らしい。……ああ、その玉の釵(さい)、お前の白い肌によく似合っている。美しいな」

「まあっ、主上……!」

蕩けるような視線と甘い言葉を無造作に振り撒き、女御たちを次々と赤面させていく。
巷で『好色家』と囁かれるその悪名に違わぬ、見事なまでの放蕩ぶりだった。
政敵を冷酷に粛清し、玉座を奪い取った血塗られた覇王とは到底思えない、退廃的でいい加減な振る舞いだ。

(あれで国の統治が成り立っているんだから、世の中どうなってるのよ……)

私は冷めた頭でそんなことを考えながら、こっそりとため息をついた。
ただの呪物管理の女官だった私が、突然『新参の妃』として召し上げられ、この宴に放り込まれてからまだ数刻しか経っていない。
周囲からの視線は、文字通り私を射殺さんばかりの苛烈さだった。

「ご覧なさいな、あの新参者。忌み蔵に這いつくばっていた薄汚い女官ですって」

「主上も物好きでいらっしゃる。あんな年増の貧相な娘、一夜の気まぐれに決まっていますわ」

「ええ。どうせ二夜通われることはないのだから、明日の朝には捨てられる哀れな方よ」

檜扇(ひおうぎ)の陰から向けられる、針のような冷笑と嫉妬の眼差し。
無理もない。
誰も寄り付かない忌み蔵から引きずり出された二十二歳の私が、急に帝の『今夜の供物』としてこの場にいるのだ。
牽制と敵意の的になるのは当然だった。

(早く終わらないかな。というか、呪いの痛みを逸らすだけなら、別に私を宴になんて呼ばなくてもいいのに……)

女たちの情念と薫物(たきもの)の香りが混ざり合うこの異様な空気に、私は完全に気が萎えていた。
愛憎劇に巻き込まれるのは御免だ。
私はただの『呪いの治療薬』として、大人しく目立たずに役目を果たすだけ。
そう割り切って、ひっそりと息を潜めていた時だった。

ふと、上座で女御たちに囲まれていた帝が、流し目でこちらを見た。

「――お前たちと飲む酒は甘くて美味いが、少々酔いすぎたらしい」

彼は長い指で自身の唇を色っぽく拭うと、集まった妃たちを甘く見回してから、ふっと薄く笑った。

「今夜は、あの隅で震えている哀れな新参者を味見してやるとしよう。……案内しろ」

その瞬間、広間中の妃から女官たちに至るまで、憎悪に満ちた凄まじい視線が、一斉に私へと突き刺さった。