いつも塩対応だった義弟の溺愛スイッチを押してしまったようです

 家に帰ってすぐ、俺が作った塩と溶き卵オンリーという質素、いや、シンプルなおかゆを食べてから二階の自室に上がっていった佑士は、夜になるにつれて回復していった。ぐっすり眠ったんだろう。
 仕事から帰宅して初めて息子たちの早退を知った母さんに「遠慮しないで連絡してくれればよかったのに」と小言を食らい、「玲が付き添ってくれたからへーき」なんてぬけぬけと返していた。
 そして俺はというと、只今、絶賛具合が悪い。

「もらった……佑士の風邪をもらった……絶対、絶対伝染った……」

 リビングのソファーに転がってわめく俺を、母さんが生ぬるい眼差しで見下ろしてくる。

「頼りにならない子ね……」
「なんだとー……」

 反論にも力がこもらない。比喩じゃなく頭が割れそう。なんだ、この頭痛。
 
「もう、仕方ないわね。風邪薬買ってきてあげるから、それ飲んで、今日はお風呂には入らずに寝ちゃいなさい」
「そうする……」
「佑士くんも、だいぶ調子が良さそうだけど、念のため薬を飲んで、早く寝ること」
「はい」

 そう言って母さんが駅前のドラッグストアへ出かけていったので、家には俺と佑士の二人きりだ。「音がないと、なんか寂しいのよね」と点けっぱなしにされたテレビから聞こえてくるバラエティ番組特有の笑い声が、今日はひどく頭の芯に響く。

「佑士、テレビの音量下げて」
「ん」
 
 佑士は素直にボリュームを極限まで下げてくれた。

「なんなら消してくれてもいいし」
「音がないと、なんとなく居心地が悪ィ」
「母さんみたいなこと言うのなー……」
 
 一緒に暮らしているうちに似てきたんだろうか。
 向かい側に座ってスマホをいじっていた佑士が顔を上げた。その眼差しがとても真っ直ぐで、俺は固まる。

「おまえと二人きりになんの、落ち着かねえんだよ」
「……そうなの?」
「そりゃそうだろ。——風邪、伝染すようなこともした訳だし」

 ですね。二回もしやがりましたね。
 俺は佑士から視線をそらす。
 すると、元凶の佑士が深い溜め息を漏らした。いや、溜め息つきたいのはこっちだから。

「調子良くねえ時に何度も言うのはアレだけどな、玲、おまえ、マジで危機感持てよ」
「危機感……佑士相手に……?」
「それだよ、それ。おまえ、俺を信頼しすぎなんだよ。俺は、おまえにキス以上のことだってしてえんだっつうの。そのへん、ちゃんと頭に入れとけ」

 はいはい、キス以上ね。
 そういうややこしい話は、こっちの体調が良い時にしてくれないかな。俺、今すごくだるいし、頭痛いんだよね。早く薬飲んで寝たいんだよ。母さん、まだ帰ってこないのかな。一度買い物に行くと長いんだ、あの人。また余計な特売品とか買ってきそう。
 返事もせず、面倒くささを前面に押し出しながら寝返りを打った俺の態度をどう捉えたのか、佑士はさっきよりさらに大きな溜め息をつき、
 
「風呂入ってくる。頭、冷やすわ」

 と言い捨ててリビングを出て行った。

「佑士も本調子じゃなさそうだし、今日は風呂やめとけば? 明日にしなよー」

 弱弱しい俺の呟きは、たぶん届いてない。
 まあいいか。
 風邪がぶり返しても知らないからな。