いつも塩対応だった義弟の溺愛スイッチを押してしまったようです

「ごめん。俺、佑士が好きだ」
「……謝んの?」

 いつか佑士に言い放った台詞を、そのまま返される。
 そうだな、告白なのに、ごめんは無いよな。

「遅くなってごめん、の、ごめんだよ」

 別の理由を絞り出せば、

「謝んなくていい。おまえは俺を好きだって思ってたし」

 って口元だけで微笑まれたから、思わず目をみはる。

「……なんだその自信……」
「だって、見てりゃ分かる。おまえ、めっちゃ分かりやすいからな」
 
 相変わらず俺の方を向かないまま、佑士は脚を組み替える。

「『やっぱり兄弟がいい』って言われた時、分かったって答えたけどな、それは『フラれたのを了解した』って意味じゃねえから。『今はまだ駄目なのが分かった』だ。何年か後でも、タイミング見て押すつもりだった。時間かかっても、遠回りしても。今んところはまだ覚悟が出来ねえんだろうなって思っただけ」
 
 流し目で一瞬俺を見やってから、また前を向く。

「実際、戸館みたいな考えの奴はいるからな。それは俺にはどうしようもできない。俺を選んだことで、多分おまえはこれからもたくさん傷つく。それでもいいって、それでも俺を選ぶって、おまえ自身が思ってくれないと無理だし」

 どうしてか、あの佑士が寄る辺のない子供のように小さく見えて、俺は空いていた距離を詰め、隣へと移動した。
 身を乗り出して、強引に目を合わせる。
 黒々とした切れ長の双眸に、確かに俺が映り込んでいる。成長した俺の存在が、今の佑士の中に息づいている。
 それを認めるた途端、両目の縁がひどく熱くなってきた。
 
「うん、おれ、佑士がいい。佑士がいいよ……!」
「泣くなって」
「うん」

 俺の声が震えているのに気づいた佑士が、脚を組むのをやめ、ゆるく両手を広げた。俺は、おずおずとその腕の中に収まる。
 行き場のない手を佑士の制服の胸元に添えると、彼は俺の後ろ頭へと片手を回し、たくましい肩口に目元を押し当てさせた。

「俺、おまえが泣くのが一番嫌なんだよ」
「……佑士ぃ……」
 
 こんなに甘やかしてくれちゃって、俺が佑士なしでいられなくなったらどうしてくれるんだ。
 頭が沸いたような苦情しか、もう出てこない。

「こんなんさ、好きになんなって言う方が無理じゃん……」
「じゃあ、なってくれるか? 俺の彼氏に」
「なる、なるよ……これからよろしく、俺の彼氏」
「おい、だから泣きやめって、ばか」

 母さんと実の父親の結末は、ハッピーエンドじゃなかった。
 俺たちの未来だって、どうなるかは未知数だ。
 けれど、俺たちはきっと、あの二人みたいにはならない。
 そう思わせてくれたのは佑士だ。
 俺の好きな人。
 俺の恋人。

「これ以上泣きやがったら襲う」

 焦れたように舌打ちして、佑士が俺を覗き込んできた。
 駄目だって、こんな顔、見せられたもんじゃない。鼻水出てる。っていうか佑士のブレザー絶対汚した、ごめん。
 必死に顔を伏せようとする俺の顎を、右手で捉えて上向かせる。
 え、キス?

「待って、俺の顔面が汚い。あと、見られてる」
「別に汚くねえし、いちいち部屋にカメラなんかついてねえよ」
「そか、バイト先、ここの系列店だっけ……で、でも、今はちょっと」

 渋る俺に、佑士の語気が若干弱まる。

「嫌、か?」
「ええと、ここじゃやだ」
 
 正直に答えると、頷いた佑士が手を下ろしてあっさり離れようとしたから、慌ててがっしりした体へ抱き着いた。俺から佑士に縋りついて、そうしてねだった。

「家なら……佑士の部屋ならいい」

 カメラがないとしてもカラオケルームじゃ、いつ人が入ってくるかと落ち着かなくてたまらない。
 だから家でってお願いしたのに、佑士の奴、無言で穴が開きそうなくらいガン見してきた挙句、制服の袖で俺の目元と鼻の下をおざなりに拭くと、整った顔を強引に寄せてきた。

「ちょっ……」

 ——あ、食われた。
 文字通り、俺の唇が。
 佑士のやや肉厚な唇で。
 かっぷり大きく食(は)まれたかと思うと、唾液で濡れた唇同士が擦り合わされて、背筋の神経が粟立つ。
 わずかに開いた口の隙間から佑士の舌が入り込んできて、丁寧に歯列をなぞっていく。探るように、暴くように。思わず俺が身をすくめた箇所は、ひどく執拗に。上顎、駄目だ。舐め上げられると、ぞくぞくする。

「ん——、んッ」

 抗議のために胸板を叩くも、びくともしない。体格差が恨めしい。
 酸欠でか、それとも無理やりに引き出された興奮でか、だんだん意識が朦朧としてきたから、最後の手段で舌を噛んでやった。甘噛みのつもりだったけど、思いのほか力が入ったらしい。犬歯が刺さったのかも。
 やっと動きを止めた佑士が、少しだけ顔を離す。涙目で睨む俺に負けず劣らずの、不機嫌そうな顔つきをしていた。
 やっぱり部屋に行くのはやめた、と言いかけた俺の機先を制するように、佑士は、べ、と舌を出した。

「噛むんじゃねえよ」
 
 大した仕草じゃない筈なのに、キスの後だからだろうか、ひどくなまめかしい。
 うっかり赤面した俺を見て、佑士の機嫌は少し直ったみたいだ。
 俺の耳元に唇を近づけ、囁きを流し込んできた。

「続きは俺の部屋で、な。逃がさねえから」

 ——そのあとのことは、俺たちだけの秘密。