これ以上人目につく場所でのあれこれは避けたいというお互いの意見が一致し、しばらく思案した末、俺からカラオケ店を提案した。当然、クラスで予約していた店とは別の系列で、距離も離れてるところだ。
それはそうと、あんな地獄のような空気の中、クラスメートたちは二次会へ行くんだろうか。地獄の空気にした渦中の人物でもある俺が、心配するのもどうなんだって感じだけど。
短い時間に色々起こりすぎたな。
立ち去る前に、ちらりと戸館へ視線をやってみた。
戸館の顔色が、青白いを通り越して、もはや血が通っていないような色味だったのも気にかかったし、あれだけ騒いだ戸館のことを、誰もが意識の外に追いやっているのが少し恐ろしかった。
今回の件で、完全にスクールカーストの上位から転落しただろう戸館には、もう無関心か悪意のどちらかしか向けられないのかもしれない。
あいつのことは大嫌いだ。
俺だけじゃなく、佑士や槙たちまで侮辱したし、笹塚さんの騒動だってある。
ただ、戸館も自分の傷口を隠してた。
みんな、よそゆきの笑顔の裏に本当の自分を隠して生きている。
つらいのは俺だけじゃない。
そう考えると、完全に戸館を『悪人』だと切り捨てる気持ちにもなれなかった。
嫌いだけども。
「……何考えてんの」
カラオケのチェックインを済ませた佑士が、目顔でドリンクバーの飲み物を選ぶよう促しながら尋ねてきた。
戸館について思いを馳せていたとは言えず、俺はあいまいに誤魔化した。
使い込まれたプラスチックのコップにメロンソーダをなみなみ注ぐ。
「いや、明日から学校、どんな空気になるかなって」
嘘はついてない。
今、口にしたのも大きな懸念事項で、俺にとっては死活問題だ。
目立つし人気がある佑士はともかく、吹けば飛ぶような地味男の俺なんて一体どうなるか……悪い想像しか浮かんでこない。
「坂下たちが適当にフォローしてくれるだろ。あと、おまえのやべえ友達とかも。クラスも持ち上がりで三年だし、そう困ったことにはならねえと思う。まあ、別クラの奴からのからかいとかは、多少あるかもしんねえけど、出来るだけ俺が潰しとくから」
「潰すって何ですか、佑士さん。——でも、おねしゃす!」
「っは、おまえ、現金だよな!」
スクールカースト上位の陽キャにおもねり、深々と頭を下げた俺がツボったのか、普段ローテンション気味な佑士が吹き出す。
だって嫌だしね、居心地の悪いスクールライフ。
覚悟はもちろんしてるけど、避けられるものは避けたい。
612と部屋番号の書かれた防音ドアを開けると、十人くらい余裕で入れそうな小さめのパーティールームが広がっていた。土曜日なのにどうした。
ジンジャーエールが入ったコップをテーブルに置いて、液晶モニターの近くに佑士が座ったから、少し離れたソファーに腰を下ろそうとして、止められる。
「そこだと話しづらいだろ」
もっともな指摘を受けて、俺は静かに佑士と同じソファーへ移り、人ひとり分の間を開けて座る。
佑士がこぼした小さな溜め息はスルーした。
気が散るからモニターの電源は消している。部屋の明かりもつけたままだ。廊下を流れる音楽や、周りの部屋の熱唱の音漏れがあるから、完全に静かじゃないのが逆にありがたい。
微妙な距離を保った状態で、手持ち無沙汰になった俺がメロンソーダに手を伸ばそうとしたのと、佑士が口を開くのがほぼ同時だった。
「……悪い。なんか大ごとになっちまったな」
「あれは不可抗力じゃない?」
俺は手を引っ込めて膝の上に置く。
佐藤(仮)とのエンカウントは、出会いがしらの事故みたいなものだし、暴れる戸館の心を折りに篠田や槙が参戦してくるなんて、正直誰も予想出来なかったと思う。
だから佑士が謝る必要はないのに、彼は難しげな面持ちを崩そうとしない。
「あの場でおまえから言わせたくなかった。ただ、馬鹿正直に暴露しなくても、もっと上手い回避方法があったよな」
「……俺が何言おうとしたか、気づいてた?」
「そりゃあ、ずっと見てきてるしな。片想い歴長いんで?」
佑士の発言に照れるよりも先に、東棟から見かけたお団子頭の女子が思い起こされて、両手の拳を握りしめる。
「佑士、彼女出来たって聞いたんだけど」
俺なりに勇気のいった質問を、佑士は鼻で笑い飛ばした。
「出来る訳ねえだろ。おまえが好きなんだぞ」
「でも、一緒にいるところ見た……」
「一緒にいたら即、彼女なのかよ」
「それは違う、な」
確かに、彼女じゃなくても一緒にいることなんて、ざらにある。友達だったり、単に委員会が同じ相手だったり。
周りが勝手に彼女だって噂してただけだ。佑士はちゃんと「ちげえよ」って答えてた。
そうか、ただの俺の早とちりか。恥ずすぎる。
「浮気野郎の汚名は晴れたか?」
「……ごめん」
「許してやるよ。俺がずっとおまえだけ好きなの、おまえは最近まで知らなかったんだもんな。まだ信じられなくても仕方ねえし」
ジンジャーエールをあおる佑士の喉仏が、飲み物が喉を通るのに合わせて大きく動く。
そんな仕草に色気を感じるなんて、今までなかった。
色気だけじゃない。
佑士が笑えば心臓がうるさく飛び跳ねるし、寂しそうな顔をされれば居ても立っても居られなくなる。俺に出来ることだったら何でもしてあげたくなる。笑っていて欲しい。ともすると俺が心不全を起こしそうになるけど、それでも笑っていて欲しい。
俺の隣じゃなくてもいいから。
たとえどこにいても、いつか離れる日が来たとしても、幸せでいて欲しい、ずっと。
この気持ちが恋じゃないなら、ほかの何が恋だっていうんだ。
それはそうと、あんな地獄のような空気の中、クラスメートたちは二次会へ行くんだろうか。地獄の空気にした渦中の人物でもある俺が、心配するのもどうなんだって感じだけど。
短い時間に色々起こりすぎたな。
立ち去る前に、ちらりと戸館へ視線をやってみた。
戸館の顔色が、青白いを通り越して、もはや血が通っていないような色味だったのも気にかかったし、あれだけ騒いだ戸館のことを、誰もが意識の外に追いやっているのが少し恐ろしかった。
今回の件で、完全にスクールカーストの上位から転落しただろう戸館には、もう無関心か悪意のどちらかしか向けられないのかもしれない。
あいつのことは大嫌いだ。
俺だけじゃなく、佑士や槙たちまで侮辱したし、笹塚さんの騒動だってある。
ただ、戸館も自分の傷口を隠してた。
みんな、よそゆきの笑顔の裏に本当の自分を隠して生きている。
つらいのは俺だけじゃない。
そう考えると、完全に戸館を『悪人』だと切り捨てる気持ちにもなれなかった。
嫌いだけども。
「……何考えてんの」
カラオケのチェックインを済ませた佑士が、目顔でドリンクバーの飲み物を選ぶよう促しながら尋ねてきた。
戸館について思いを馳せていたとは言えず、俺はあいまいに誤魔化した。
使い込まれたプラスチックのコップにメロンソーダをなみなみ注ぐ。
「いや、明日から学校、どんな空気になるかなって」
嘘はついてない。
今、口にしたのも大きな懸念事項で、俺にとっては死活問題だ。
目立つし人気がある佑士はともかく、吹けば飛ぶような地味男の俺なんて一体どうなるか……悪い想像しか浮かんでこない。
「坂下たちが適当にフォローしてくれるだろ。あと、おまえのやべえ友達とかも。クラスも持ち上がりで三年だし、そう困ったことにはならねえと思う。まあ、別クラの奴からのからかいとかは、多少あるかもしんねえけど、出来るだけ俺が潰しとくから」
「潰すって何ですか、佑士さん。——でも、おねしゃす!」
「っは、おまえ、現金だよな!」
スクールカースト上位の陽キャにおもねり、深々と頭を下げた俺がツボったのか、普段ローテンション気味な佑士が吹き出す。
だって嫌だしね、居心地の悪いスクールライフ。
覚悟はもちろんしてるけど、避けられるものは避けたい。
612と部屋番号の書かれた防音ドアを開けると、十人くらい余裕で入れそうな小さめのパーティールームが広がっていた。土曜日なのにどうした。
ジンジャーエールが入ったコップをテーブルに置いて、液晶モニターの近くに佑士が座ったから、少し離れたソファーに腰を下ろそうとして、止められる。
「そこだと話しづらいだろ」
もっともな指摘を受けて、俺は静かに佑士と同じソファーへ移り、人ひとり分の間を開けて座る。
佑士がこぼした小さな溜め息はスルーした。
気が散るからモニターの電源は消している。部屋の明かりもつけたままだ。廊下を流れる音楽や、周りの部屋の熱唱の音漏れがあるから、完全に静かじゃないのが逆にありがたい。
微妙な距離を保った状態で、手持ち無沙汰になった俺がメロンソーダに手を伸ばそうとしたのと、佑士が口を開くのがほぼ同時だった。
「……悪い。なんか大ごとになっちまったな」
「あれは不可抗力じゃない?」
俺は手を引っ込めて膝の上に置く。
佐藤(仮)とのエンカウントは、出会いがしらの事故みたいなものだし、暴れる戸館の心を折りに篠田や槙が参戦してくるなんて、正直誰も予想出来なかったと思う。
だから佑士が謝る必要はないのに、彼は難しげな面持ちを崩そうとしない。
「あの場でおまえから言わせたくなかった。ただ、馬鹿正直に暴露しなくても、もっと上手い回避方法があったよな」
「……俺が何言おうとしたか、気づいてた?」
「そりゃあ、ずっと見てきてるしな。片想い歴長いんで?」
佑士の発言に照れるよりも先に、東棟から見かけたお団子頭の女子が思い起こされて、両手の拳を握りしめる。
「佑士、彼女出来たって聞いたんだけど」
俺なりに勇気のいった質問を、佑士は鼻で笑い飛ばした。
「出来る訳ねえだろ。おまえが好きなんだぞ」
「でも、一緒にいるところ見た……」
「一緒にいたら即、彼女なのかよ」
「それは違う、な」
確かに、彼女じゃなくても一緒にいることなんて、ざらにある。友達だったり、単に委員会が同じ相手だったり。
周りが勝手に彼女だって噂してただけだ。佑士はちゃんと「ちげえよ」って答えてた。
そうか、ただの俺の早とちりか。恥ずすぎる。
「浮気野郎の汚名は晴れたか?」
「……ごめん」
「許してやるよ。俺がずっとおまえだけ好きなの、おまえは最近まで知らなかったんだもんな。まだ信じられなくても仕方ねえし」
ジンジャーエールをあおる佑士の喉仏が、飲み物が喉を通るのに合わせて大きく動く。
そんな仕草に色気を感じるなんて、今までなかった。
色気だけじゃない。
佑士が笑えば心臓がうるさく飛び跳ねるし、寂しそうな顔をされれば居ても立っても居られなくなる。俺に出来ることだったら何でもしてあげたくなる。笑っていて欲しい。ともすると俺が心不全を起こしそうになるけど、それでも笑っていて欲しい。
俺の隣じゃなくてもいいから。
たとえどこにいても、いつか離れる日が来たとしても、幸せでいて欲しい、ずっと。
この気持ちが恋じゃないなら、ほかの何が恋だっていうんだ。
