いつも塩対応だった義弟の溺愛スイッチを押してしまったようです

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「新見、ちょっとツラ貸せや」

 帰りのHRが終わり、目が据わった桧垣に制服の胸倉を掴まれて、俺は斜めに視線を逸らした。その先には槙がいて、困っているとも、ちょっと呆れているとも判断がつかない複雑な眼差しを俺に向けている。
 三学期最大のイベント、球技大会が間近に迫っていた。
 希望の競技からあぶれ、最終的にくじ引きでバレーボールを引き当ててしまった俺は、男バレ所属者が多いクラスという洗礼を受け、毎日練習ずくめだ。
 桧垣は卓球、槙は中学までクラブに入っていたというサッカーだ。羨ましい。万年帰宅部の俺も、修学旅行先の旅館で何度かやったことのある卓球が良かった。
 ちなみに佑士はバスケ。部活をしてたのは中一の時の一瞬だけど、授業で見てる限り今でも得意そうだから、余裕でこなすんだろう。まあ、佑士は大体何でも出来るからな。
 同じバレーボール組には佑士の友達、スポーツ系一軍イケメン様の坂下が入っていて、俺がうまくサーブを返せなかったりで足手まといになっていると、「OK、OK! 切り替えて次行こう!」なんて爽やかな笑みを浮かべて空気を変えてくれるので助かっている。特別俺を気にかけてくれているというより、チーム全体に優しい男だ。これは女子だったら惚れる、かもしれない。イケメン坂下には足を向けて寝られないほど、俺はお世話になっている。
 そんなこんなで毎日が忙しくて佑士と接する時間も少なく、また練習のおかげで余計なことを考えずに済んでいる。
 C組、クラス優勝狙うぞー。
 
「そういう訳で、放課後はバレーの練習が——」
「謎に燃えてるところに水を差して悪いんだけどさ、今日は俺らとお話ししようね」
「逃がさねえぞ、新見」

 槙にまで首根っこを掴まれ、ちょうど通りがかった坂下に眼差しだけで助けを求めると、彼はジャージが入ったナップサックを肩に引っ掛け、清涼飲料水のCMに出てきそうな佇まいで俺と槙、桧垣を見やったのち、にっこりと頷いた。

「新見は練習遅れるってみんなに伝えとくね。行ってらっしゃい」
 
 空気が読めるのも考え物ですね。この八方美人イケメンめ。
 しぶしぶ桧垣たちに従った俺は、半ば引きずられるように南棟へ連れてこられ、やっぱり第二家庭科室へ押し込められた。
 この部屋、まだ鬼門なんだよな。
 あの日の佑士の背中がうっかり脳裏に甦ってしまい、俺はそこから少し離れた調理台の丸椅子に腰を下ろした。

「新見」

 俺の隣の丸椅子に座った桧垣が、一挙一動を観察するように覗き込んでくる。
 
「おまえ、宮之原となんかあっただろ」

 めっちゃ直球で聞くじゃん。
 俺は口元が引きつるのをこらえながら、左右に頭を振る。

「別に、何も?」
「嘘つけ」
「逆になんで? 俺と佑士、どっかおかしいか?」

 自分で言うのも何だけど、俺たちはごく自然に『幼馴染』を演じてると思ってる。
 そう、幼馴染。桧垣たちには知られてるとはいえ、学校では幼馴染の設定だからな。
 おはようや、じゃあなの挨拶はする。会話する必要があれば、学校でも家でも言葉を交わす。
 ただ、一緒に通学することはなくなった。
 そして、佑士は以前のように熱のこもった目で俺を見なくなった。大切なものにするような特別な態度は、もう取らない。それが俺の望んだことだ。
 家では兄弟で、学校では幼馴染。俺たちは完璧にやれている。
 桧垣が大きく溜め息をついた。

「おまえ、自分じゃ気づいてないのな」

 槙が続ける。

「笑わなくなったよ、新見。あと、ちょっと瘦せたかな」
 
 認めたくなくて、俺はそっぽを向く。

「最近ダイエットしてまして……」
「やかましい」
 
 桧垣が一刀両断した。
 ええと、もっと優しく接してほしいな。あんまり当たりが強いと泣けてきちゃう。繊細だから、これでも。
 
「……別に佑士は関係ないよ」
「それこそ逆になんでだよ。おまえ——」
「ねえ、新見。友達の話をしようか」
「は?」