大切な話なら、家でする方が落ち着くとは思ったけど、あそこは佑士が俺のために守ってくれた居場所だから、失いたくない。
槙の了承をもらって、俺は佑士を放課後の第二家庭科室へ呼び出した。今日は料理同好会の活動がないらしいから、タイミングが良かった。
「聞きたくねえ」
入ってくるなり、佑士はそう言って横を向いた。
調理台の下に収まっていた丸椅子を引っ張り出し、俺に背を向ける形で座る。
「……って言いてえのが本音だけど、ちゃんと話は聞く」
やっぱ中身も男前だな、佑士。
そういうところ、すごく、すごく——。
「……うん」
俺は立ったまま、佑士の後ろ姿を見つめた。少し猫背気味の広い背中。佑士のだって、すぐ分かる背中。
佑士は俺のことを後ろから眺めていたかったって言ってくれたけど、俺も、佑士の後ろ姿を見ているのが好きだった。無視されるのはつらかったけど、その時だって、俺は佑士の姿を眺められる今の席を『良かった』って感じてた。
たぶん俺は、もうずっと前から、佑士のことを特別の範疇に入れてた。
佑士と同じ気持ちでいたんだと思う。
それでも、やっぱり俺には乗り越えられそうもない。
俺の気持ちは、すぐに揺れてしまうから。
俺は、弱い。
強くはいられない。
AIは『俺の気持ちが大事』だって回答したけど、やっぱり好きだけじゃ無理だ。
Rさんが忠告してくれたみたいに、人の気持ちは変わるから。不変ではいられない。俺の想いも、佑士のそれだって、これから先、どう移り変わっていくかなんて誰にも分からない。そう、俺の本当の父親と、母さんみたいに。
——入籍したの。これで本当に家族よ。
それに、母さんのあの蕩けきった幸せそうな笑顔。あんな表情、初めて目にしたんだ。
絶対に壊したくない。
そう思うのが俺のエゴだとしても。
自分の弱さから目をそむけ、逃げることを正当化するための後づけの理由だとしても。
幸せになって欲しいのは、本当なんだ。
「佑士」
「……ああ」
こんなにも脆い恋心なんて、重しをつけて沈めてしまおう。
「俺、佑士とはやっぱり『兄弟』がいい」
佑士は振り向かないまま、静かに俺へ問いかけた。
「俺のことは好きじゃない、か?」
「好きだよ、もちろん」
嘘をつくのって難しいな。
声が震える。
ちゃんとやらなきゃ。
俺たち家族の未来のために。
「でも、兄弟以上には思えない」
俺は上手に笑えているだろうか。
佑士からは見えなくても、ちゃんと笑わなきゃ。
俺は無理やり口角を上げる。必死に笑顔を形作る。きっと、ひどい顔をしている。だから振り向かないでほしい。今にも泣き出しそうな俺を見ないでほしい。絶対に、振り向かないで、振り向かないで、そのまま——。
「分かった」
俺の願いが叶ったのか、佑士が俺を見ることはなかった。はっきり、「分かった」と口にした。
そっか。
なら、いいや。
良かった。本当に、良かった。
俺は一瞬だけ俯くと、浮かんできた涙をまばたきで散らし、また顔を上げた。
「ありがとう」
そして佑士の背中に向けて小さく会釈をすると、文字通り部屋から逃げ出した。
これで全て丸く収まる。
全部、うまく行くんだ。
槙の了承をもらって、俺は佑士を放課後の第二家庭科室へ呼び出した。今日は料理同好会の活動がないらしいから、タイミングが良かった。
「聞きたくねえ」
入ってくるなり、佑士はそう言って横を向いた。
調理台の下に収まっていた丸椅子を引っ張り出し、俺に背を向ける形で座る。
「……って言いてえのが本音だけど、ちゃんと話は聞く」
やっぱ中身も男前だな、佑士。
そういうところ、すごく、すごく——。
「……うん」
俺は立ったまま、佑士の後ろ姿を見つめた。少し猫背気味の広い背中。佑士のだって、すぐ分かる背中。
佑士は俺のことを後ろから眺めていたかったって言ってくれたけど、俺も、佑士の後ろ姿を見ているのが好きだった。無視されるのはつらかったけど、その時だって、俺は佑士の姿を眺められる今の席を『良かった』って感じてた。
たぶん俺は、もうずっと前から、佑士のことを特別の範疇に入れてた。
佑士と同じ気持ちでいたんだと思う。
それでも、やっぱり俺には乗り越えられそうもない。
俺の気持ちは、すぐに揺れてしまうから。
俺は、弱い。
強くはいられない。
AIは『俺の気持ちが大事』だって回答したけど、やっぱり好きだけじゃ無理だ。
Rさんが忠告してくれたみたいに、人の気持ちは変わるから。不変ではいられない。俺の想いも、佑士のそれだって、これから先、どう移り変わっていくかなんて誰にも分からない。そう、俺の本当の父親と、母さんみたいに。
——入籍したの。これで本当に家族よ。
それに、母さんのあの蕩けきった幸せそうな笑顔。あんな表情、初めて目にしたんだ。
絶対に壊したくない。
そう思うのが俺のエゴだとしても。
自分の弱さから目をそむけ、逃げることを正当化するための後づけの理由だとしても。
幸せになって欲しいのは、本当なんだ。
「佑士」
「……ああ」
こんなにも脆い恋心なんて、重しをつけて沈めてしまおう。
「俺、佑士とはやっぱり『兄弟』がいい」
佑士は振り向かないまま、静かに俺へ問いかけた。
「俺のことは好きじゃない、か?」
「好きだよ、もちろん」
嘘をつくのって難しいな。
声が震える。
ちゃんとやらなきゃ。
俺たち家族の未来のために。
「でも、兄弟以上には思えない」
俺は上手に笑えているだろうか。
佑士からは見えなくても、ちゃんと笑わなきゃ。
俺は無理やり口角を上げる。必死に笑顔を形作る。きっと、ひどい顔をしている。だから振り向かないでほしい。今にも泣き出しそうな俺を見ないでほしい。絶対に、振り向かないで、振り向かないで、そのまま——。
「分かった」
俺の願いが叶ったのか、佑士が俺を見ることはなかった。はっきり、「分かった」と口にした。
そっか。
なら、いいや。
良かった。本当に、良かった。
俺は一瞬だけ俯くと、浮かんできた涙をまばたきで散らし、また顔を上げた。
「ありがとう」
そして佑士の背中に向けて小さく会釈をすると、文字通り部屋から逃げ出した。
これで全て丸く収まる。
全部、うまく行くんだ。
