いつも塩対応だった義弟の溺愛スイッチを押してしまったようです

「で、おまえ、その時ちょうど後ろを向いてたしず香さんのブラウスを捲り上げてさ」
「は?」
「『これ、俺を庇って出来た傷なんだ』って、やりやがったんだよ。小学生って言ったって、デリカシーないにも程があるよな」
「俺えええええ……」

 まじか。
 この局面で佑士が嘘つく必要ないから、事実だな。
 
「しず香さんの背中の傷、ちらっとだけど俺にも見えた。……あれ、結構な大怪我だったろ」
「……うん」

 母さんの怪我については、もちろん覚えてる。
 殴られかけた俺をとっさに抱きしめて、親父から庇ってくれた時のだ。どんなに振り払おうとしても離れてくれなくて、腕の中でひたすらギャン泣きしたっけ。
 結局、異変に気づいた隣の住人が救急車を呼んでくれたんだった。
 母さんの洋服をめくって佑士に見せたことは、記憶の底に沈めてた。きっとお母様の怒り狂い方が尋常じゃなかったせいだ。そりゃあ、俺のやり方がまずかったんだけどさ。
 
「後先考えずに動く奴だったよな、おまえ」
「何も反論できません……」
「そんなことされたって、俺からは『庇ってもらえたのはおまえが実の子供だからじゃん』、って捻くれた感想しか出てこなかったんだけどな。そのあと、おまえが俺の部屋に押しかけてきたんだよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ。で、こう言いやがった。『母さんは俺に、“佑士くんも自分が産んだ子供だって思って育てるの。玲、あなた、最初から二人兄弟だったって思いなさいね”、って言ったから、俺と佑士は実の兄弟な』って笑った」

 正直、その話も記憶に残ってない。
 何しろ、それからしばらくして、佑士からよそよそしく接せられるようになった訳だから。挙句、学校では他人のふり宣言だしな。
 やんわりと告げると、佑士はばつが悪そうに微笑みを苦笑いに変えた。

「まあ、おまえにとっては楽しくない思い出だもんな。ただ、俺は純粋に嬉しかった。日が経つにつれて、おまえが口にしてくれた言葉が沁みてきてさ……何度も反芻するたび、しっくりと胸に馴染んできた。しず香さんは母親で、玲は同い年の兄貴。ちゃんと家族なんだって思えるようになった。おかげで、しず香さんとの関係は修復されたと思う」
「うん。おまえと母さん、下手したら俺より仲良しだよ」
「だから、おまえが優しいのを俺は知ってる。感謝してるよ、俺としず香さんを母子(おやこ)に繋いでくれて、他人の俺を兄弟にしてくれたんだからな」
「……俺、やっぱほとんど覚えてないや……」
「いい。おまえにとっては当たり前のことだったんだろ。だから覚えてないんだ」

 眩しいものを見るように目を細める佑士は、俺の姿の先に子供の頃の俺を見ているみたいだった。
 佑士の中の俺は、ちゃんと優しい人間なんだ。
 あの父親の子供なのは変えられなくとも、俺は母さんの子供でもあるから。
 俺は俺だから。
 同じ生き物にはならない。
 そう思っていいんだろうか。
 佑士が言ってくれるなら、少しは信じてもいいのかな。