いつも塩対応だった義弟の溺愛スイッチを押してしまったようです

 金曜日の夜によく流れる、日本が誇る国民的アニメスタジオの名前を挙げたら、佑士は「名前は知ってっけど、ちゃんと観たことあるのはモグラの神様みたいなのが大中小と出てくる話だけだな」なんて答えたから、モグラじゃないとだけ訂正しておいた。だって耳があるじゃん。小さい頃の俺は、あの猫のバスに乗りたかったっけ。
 
「じゃあさ、主人公が魔女のおばあさんに名前を奪われて、でっかい銭湯で働く話にしよう。トンネルをくぐったら異世界で、親がそこの食べ物を食っちゃって豚にされちゃうんだよ」
「黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)かよ。無事に帰ってこれんの?」
「帰れるけど、ちょっと切ない終わり方かな。——ヨモツヘグイって何?」
「黄泉の国で煮炊きした食い物を食うことをヨモツヘグイって言うらしい。死者の国で作られた物を食べると、こっちに帰れなくなんだよ。日本神話にあるだろ、イザナギとイザナミの話」
「なんか聞いたことある。あれ、ヨモツヘグイっていうんだ。どんな字書くのか想像がつかないわ」
「日常で使うことはねえから、いんじゃね」

 意外な方面の知識を披露した佑士に、あれ、もしかしてこいつって読書家? すました陽キャの顔して神話とか読んじゃうタイプなの? って慄いたけど、よくよく聞いてみたら漫画から仕入れたんだって。安心したわ。あんまり高尚な趣味を持ってるようだったら、俺とは話が合わないからさ。
 ほかに候補も挙がらなかったので、そのアニメに決める。
 佑士はどうかな。面白いって思うかな。
 俺の心配をよそに、

「……主人公の母親、ちょっと冷たい感じすんな」
「俺も思った」

 とか、

「ん? この世界のものは食ったら駄目って話かと思ったら、ボブ男子、『食わないと消える』とか言ってんな」
「ヨモ……」
「ヨモツヘグイ」
「ヨモツヘグイじゃない感じ?」
「だな。よく分かんね」
「その曖昧さがいいんだよ」
「へえ」
 
 だとか、
 
「『振り返るな』のところ、日本神話ってよりギリシャ神話っぽくね」
「そんなことより、二人が別れなきゃならないのが俺はつらい……」
「おまえ、何回も観てんだろ」
「何回観てもつらいの。泣けるの」
「また会えるって言ってただろ」
「……そうかな……そうだね」
「姿が変わっても、忘れても、また会えるんだよ」
「嫌だ。あのまんまで再会したい!」
「おまえなあ、ガキかよ」

 と、時々話しかけてきたから、佑士なりに楽しんでたと思う。視聴中でも気軽に話せる分、家を選んだのは正解だったかもしれない。
 映画が終わり、どこか懐かしい音色のエンドロールが流れ出す。
 俺は少しだけ涙目になっていた。
 切ない幕引きは、いつだって心に小さな棘を残す。普段は忘れているのに、ふとした弾みにちくりと疼き、痛みの理由を思い出させる。
 その時、俺の左手に触れる指先があった。
 反射的に傍らの佑士を見上げようとして、思いとどまる。
 指先はそのまま俺の小指と薬指を絡め取って、ついに手の甲ごとゆるく握られた。
 
「……少し、触ってもいいか?」
「……もう触ってるじゃん」
「だな」
 
 エンドロールが終わり、次のお薦め映画が表示された画面から目を逸らさないまま、俺は指を掴む佑士の指を握り返した。
 強い視線を感じる。
 俺は頑なに左隣を見ないようにする。
 色気をはらんだ吐息が耳朶を打った。

「あー、もっと触りてえな」

 独り言めいた囁きに固まるだけの俺をどう捉えたのか、佑士は俺の肩口に頭を乗せてきた。