いつも塩対応だった義弟の溺愛スイッチを押してしまったようです

 ◆ ◆ ◆
 


「やっべえ、だりぃ……死にそう。頭痛えわ」

 気まずい朝のさらに翌日、教室に入ってきて早々、スクールバッグを背負ったまま佑士がうめいた。
 珍しくきっちり閉めたワイシャツとブレザーの上からぐるぐる巻きのマフラーに、大きな白いマスク。長い前髪の間から覗く真っ黒の双眸は、心なしか潤んでいる。目尻だって赤い。
 いつも猫背気味な長身がさらに丸まっている。
 
「薬飲んだんかよ、佑士ィ」
「飲んだ。でも鼻づまりに特化したやつにしちまった」
「うちも頭痛向けの風邪薬持ってるけど、いるぅ?」
「……おんなじような薬、時間空けずに飲んでも問題ないん?」
「いけるっしょ」

 ——いや、駄目だろ。

「宮之原!」

 思わず声が出ていた。
 佑士だけじゃなく、戸館や女子の篠田、佑士の周りに群がっていた何人もが一斉に俺の方を向く。
 うわあ、って一瞬ひるんだけど、引き下がれない。だってこのまま放っておいたら、あいつ、さらに薬飲むだろ。余計にだるくなるだけならまだしも、飲み合わせが悪くて倒れたりしたらどうするんだよ。
 
「……なに、新見」

 自分は佑士を苗字で呼んだのに、いざ同じように苗字で返されると、なんだろう、すごく佑士が遠く感じる。
 向こうは一軍の中のトップ。
 俺は、なんでもない奴。クラスに一人二人いる、つるむ友達が少なくて、目立たないタイプ。
 でも、いいんだ。
 俺は兄弟じゃなく『クラスメート』として、親切心で佑士に声をかけただけだから。

「薬は時間空けて飲まないと良くないよ。頭が痛いなら、まず保健室行こう」
「……あー……」

 佑士は、うん、とも、いや、とも口にしなかった。
 うんとは言いたくない。でも、もし嫌だって答えたら、俺が明日から困るかもしれないから。そんな眼差しをしてた。
 いじめっていうのは些細なことから始まる。陽キャの否定は、陰キャの学生生活を左右する。
 佑士はそれだけの影響力を持っている。
 分かりにくそうに思えて、すごく分かりやすいところもあるんだ、佑士は。

「行こう」

 俺は佑士の右手首を掴んだ。
 佑士の体がわずかに震えた気がする。
 でも、振りほどかれはしなかった。
 そのまま、ずんずんと教室を横切る。
 
「今の何なん? 新見(にいみ)って保健委員だったっけ」
「さあ……」
「日直? 違うよねえ。何、あいつ」

 スライドドアを閉める瞬間、そんな声が聞こえた。