いつも塩対応だった義弟の溺愛スイッチを押してしまったようです

 食い下がる俺をなだめるように、もしかしたら慰めるかのように、俺の頭を佑士が乱暴に撫でた。ほんの一瞬のことで、すぐに手は離れていく。

「俺ら、高二になって、初めて学校で同じクラスになっただろ」

 自分のペットボトルを片手でもてあそびながら、佑士は脈絡もなく話題を変えた。

「二学期最初の席替えで、俺は窓際近くの一番後ろの席になった。おまえは窓際の一番前でさ」

 窓際の一番前。
 席替え前の、俺の席。
 今の佑士が座る席。
 今回の席替え直後に、彼が「最強にだるい席」ってぼやいてた位置だ。
 「最強にだるい『奴』」。まるで俺自身を指しているかのように感じられて、勝手にひどく傷ついた。
 俺の身がこわばったのを知ってか知らずか、佑士はさらに言葉を紡ぐ。

「あの席なら、おまえの後ろ姿がよく見えた」

 俺は目を見開く。
 佑士の方は見られない。見られる訳がない。
 
「俺な、あの一番後ろの席から、おまえの背中を眺めてるのがすげえ好きだった。おまえより後ろの席がよかったんだよ。おまえのこと、ずっと見つめてられるだろ」

 ずっと、佑士に疎まれていると勘違いしていた。
 だって一緒に帰らなくなった。家に帰ってくるのが遅くなった。会話もろくに交わしてくれなくなった。上っ面の話を合わせるだけになった。俺に笑いかけているようでいて、俺のことなんて全然目に入れてないみたいだった。佑士にとって、俺はここにいないも同然の人間なんだと思い込んでた。むしろ、視界から消えてほしい存在だと。
 そうじゃなかった。
 俺を好きだって言ってくれた。
 だから避けてたって。
 あれから、オセロの黒が白へひっくり返るみたいに世界が反転していった。息苦しいばかりの重たい水の中で沈んでいたら、ふいに、本当は呼吸が出来る体だったことを思い出したような感覚。
 傍らの佑士が忍び笑ったのが、わずかに触れた二の腕から伝わってくる。
 ああ、声もいいな。俺、佑士のちょっと艶のある声、好きだ。

「でも今は、欲が出た。後ろじゃなくて、おまえの横がいい。隣がいいんだ。おまえの表情が見えて、いざという時に助けられる、隣がいい」

 うっかり気を抜くと、涙が出ちゃいそうだ。
 俺は顔を上向かせて、これ以上涙を溢れさせないよう瞳を閉じた。
 佑士の左肩が、ごく軽い調子で俺の右肩に当てられた。

「無理してんのに、すぐに気づけなくてごめんな」
 
 目をつぶったまま、首を振る。

「映画にするって決めたの、俺だよ。佑士は別の提案してくれたのに、俺が映画がいいって言ったんだ」

 たぶんRさんの回答の件を考えすぎて寝不足じゃなければ、たとえ映画館であっても、こんな醜態は晒さなかった。
 これは佑士には話せそうにない。
 
「それでも、好きな奴の体調悪くさせるとか、最悪だろ。後日リベンジすっから、今日はいったん家に戻ろうぜ」
「え……やだよ」
「鼻声になってる。風邪ぶり返したのかもだろ。どうせ住んでるのは同じ家なんだから、なんか食うもん買って帰って、様子みるぞ」
「うん……」
 
 鼻声の理由を的外れなものにしてくれてありがとう。
 ただ、そもそも風邪を引いた原因って、佑士に伝染(うつ)されたからなんだよな。まあ、細かいことは不問にするか。
 俺はさりげなく両目を拭ってから、

「じゃあ、帰ろっか。俺たちの家にさ」

 と、佑士を急かして立ち上がった。