予告動画はまだ続いている。
次の映像は、国内映画のものだった。
雨が降っている。
小学生になったばかりの年頃に見える男の子が、アパートの一室から外を見上げている。カメラは窓の外にあるから、男の子の姿は雨粒と窓ガラスの結露でけぶっているけれど、ズームされて近づいていくうちに、その顔や首筋に殴られた跡があるのが見て取れるようになった。
「玲」
佑士が鋭く囁いた。左の手首を掴んできたけれど、俺は動けない。
突如、血が飛び散ったようにスクリーンが赤く染まり、テロップが入る。
——無戸籍の少年は、生き延びるために親を殺した
——闇の中で生まれた生き物は、闇でしか生きられない
スクリーンの中では場面が転換し、二十歳くらいの男がけばけばしい雑踏を歩いている。アパートにいた少年が成長した姿だろう。この人が主人公らしい。
多分、撮影場所は新宿歌舞伎町界隈だ。分かりやすい日本の影の象徴。濁りきって底の見えない暗い水。でも、ある一部の人間にとっては、そこは清流に等しい。清らかな場所では息ができない人間だっているんだ、きっと。
画面上では主要人物らしきキャストがバストアップで目まぐるしく切り替わり、複数人での会話が流れる。
『今の名前はなんて言うの?』
『……ユウト』
『いい名前ね。昔と違って。ねえ、シロ』
『シロ?』
『この子、名前がないの。ずっと家の中に閉じ込められてて、肌が真っ白だったから、白なのよ』
差し込まれる、黒背景に赤文字だけのテロップ。
——金さえあれば何でも買える
『働かなくても生きていける。まるで夢みたいな場所よ』
『弱者だから食い物にされる。弱いのが悪いんだよォ』
狭い簡易宿泊所で共同生活を送る人たちの毎日が映し出される。笑顔と、諍いと、労りと、暴力。
そしてまたテロップ。
——貧困ビジネスの実態
次に、一人きりで泣いている少年に映像が切り替わった。アパートで雨空を眺めていた頃の主人公と同じくらいの年齢だ。
『女が一人、子供を捨てて逃げました』
——かつて無戸籍だった少年が、同じ境遇の子供を作り出す
そのテロップが表示された時、俺の呼吸は知らず知らず止まっていた。
どこか遠くで子供が泣いている。
ずっと、一人で泣いている。
あの押し入れで息を殺している。
今も。
……同じ境遇に育った子供が、また同じ連鎖を生み出すなら。
かつて虐待を受けた子供は、どんな大人になるんだろう。
「玲!」
掴まれたままの手首を強く引っ張られて、我に返った。
もう、子供の泣き声は聞こえない。
映画の予告が終わり、配給会社のマークが映し出されたところだった。
なのに佑士は俺の背を抱くようにして立ち上がらせ、後ろの座席に頭を下げながら通路に出た。
「佑士……」
「ロビーに戻るぞ」
「でも」
「いいから、大人しく言うこと聞いとけ」
赤い絨毯を踏みしめてロビーへ戻る。
ちょうど、どの映画も上映中なのか、ロビーにはほとんど人けがなかった。
壁際のソファーへ座り込む。
俺に「そのまま座ってろ」と言い置いて、しばらくして戻ってきた佑士の手には二本のミネラルウォーターのペットボトルがあった。俺のすぐ横に腰を下ろすと、そのうち一本のキャップを開けて手渡してくれた。
小さく頭を下げてから、ありがたく受け取る。勢いよくあおると、喉奥を流れていく水はすごく美味しく感じられた。喉が渇いていたんだと、その時やっと気がついた。
「ごめん。映画、始まっちゃったね」
「ああ」
「スクリーンに戻ろっか。もう平気みたいだし」
「調子がいい時に、また来りゃいい。無理しなくていい」
「けどさ……」
俺だって、楽しみにしてたんだ。
近ごろ考えることが多すぎて、ぐるぐると悩んではいたけれど、佑士と出掛けるだなんて一大イベントに心躍らせてたのも本当なんだ。
次の映像は、国内映画のものだった。
雨が降っている。
小学生になったばかりの年頃に見える男の子が、アパートの一室から外を見上げている。カメラは窓の外にあるから、男の子の姿は雨粒と窓ガラスの結露でけぶっているけれど、ズームされて近づいていくうちに、その顔や首筋に殴られた跡があるのが見て取れるようになった。
「玲」
佑士が鋭く囁いた。左の手首を掴んできたけれど、俺は動けない。
突如、血が飛び散ったようにスクリーンが赤く染まり、テロップが入る。
——無戸籍の少年は、生き延びるために親を殺した
——闇の中で生まれた生き物は、闇でしか生きられない
スクリーンの中では場面が転換し、二十歳くらいの男がけばけばしい雑踏を歩いている。アパートにいた少年が成長した姿だろう。この人が主人公らしい。
多分、撮影場所は新宿歌舞伎町界隈だ。分かりやすい日本の影の象徴。濁りきって底の見えない暗い水。でも、ある一部の人間にとっては、そこは清流に等しい。清らかな場所では息ができない人間だっているんだ、きっと。
画面上では主要人物らしきキャストがバストアップで目まぐるしく切り替わり、複数人での会話が流れる。
『今の名前はなんて言うの?』
『……ユウト』
『いい名前ね。昔と違って。ねえ、シロ』
『シロ?』
『この子、名前がないの。ずっと家の中に閉じ込められてて、肌が真っ白だったから、白なのよ』
差し込まれる、黒背景に赤文字だけのテロップ。
——金さえあれば何でも買える
『働かなくても生きていける。まるで夢みたいな場所よ』
『弱者だから食い物にされる。弱いのが悪いんだよォ』
狭い簡易宿泊所で共同生活を送る人たちの毎日が映し出される。笑顔と、諍いと、労りと、暴力。
そしてまたテロップ。
——貧困ビジネスの実態
次に、一人きりで泣いている少年に映像が切り替わった。アパートで雨空を眺めていた頃の主人公と同じくらいの年齢だ。
『女が一人、子供を捨てて逃げました』
——かつて無戸籍だった少年が、同じ境遇の子供を作り出す
そのテロップが表示された時、俺の呼吸は知らず知らず止まっていた。
どこか遠くで子供が泣いている。
ずっと、一人で泣いている。
あの押し入れで息を殺している。
今も。
……同じ境遇に育った子供が、また同じ連鎖を生み出すなら。
かつて虐待を受けた子供は、どんな大人になるんだろう。
「玲!」
掴まれたままの手首を強く引っ張られて、我に返った。
もう、子供の泣き声は聞こえない。
映画の予告が終わり、配給会社のマークが映し出されたところだった。
なのに佑士は俺の背を抱くようにして立ち上がらせ、後ろの座席に頭を下げながら通路に出た。
「佑士……」
「ロビーに戻るぞ」
「でも」
「いいから、大人しく言うこと聞いとけ」
赤い絨毯を踏みしめてロビーへ戻る。
ちょうど、どの映画も上映中なのか、ロビーにはほとんど人けがなかった。
壁際のソファーへ座り込む。
俺に「そのまま座ってろ」と言い置いて、しばらくして戻ってきた佑士の手には二本のミネラルウォーターのペットボトルがあった。俺のすぐ横に腰を下ろすと、そのうち一本のキャップを開けて手渡してくれた。
小さく頭を下げてから、ありがたく受け取る。勢いよくあおると、喉奥を流れていく水はすごく美味しく感じられた。喉が渇いていたんだと、その時やっと気がついた。
「ごめん。映画、始まっちゃったね」
「ああ」
「スクリーンに戻ろっか。もう平気みたいだし」
「調子がいい時に、また来りゃいい。無理しなくていい」
「けどさ……」
俺だって、楽しみにしてたんだ。
近ごろ考えることが多すぎて、ぐるぐると悩んではいたけれど、佑士と出掛けるだなんて一大イベントに心躍らせてたのも本当なんだ。
