だから俺は廊下のフローリングの一点を凝視しながら、佑士の身支度が整うのを待っている。
佑士の部屋の前だ。
二階には三部屋あって、一番階段側が俺、その隣が義父さんの趣味部屋兼客間、突き当たりが佑士の部屋になっている。
それにしてもあいつ、時間かかってるな。
約束してる時刻は十三時だから、あと五分ある。ただ、佑士は家族との食事なんかでも予定していた時間より早く出てくるのが普通だ。素材がいいからか、自分に似合う服を分かっているのか、その両方か。むしろ俺の方がみんなを待たせる側だ。
ちょうど時間になったから、控えめにノックしてみたところ、ドア越しに、
「悪い、あと二分!」
と切羽詰まった様子で叫ばれた。
仕方ない、リビングで待ってるか。
席を予約してるらしいから、映画館には遅れずに着きたいな。どうせならポップコーンも買いたい。
ソファーでだらだらしていたら、階段を駆け降りてくる足音がして、佑士が飛び込んできた。
「待たせた! 出られるか?」
「うん、俺は」
「本ッ当に悪い! 着る服は夜のうちに決めてたのに、直前でやっぱ違えなとか思っちまって……正直今も、正解引いたのか分かんねえ」
俺は佑士の姿を上から下まで眺めやった。
珍しく佑士が視線を逸らす。
「……気合い入れた」
「めっちゃイケてんじゃん。大人っぽい」
「……そうか?」
「大学生みたい」
オーバーサイズのダークグレーのテーラードジャケットと、同色のワイドパンツのセットアップ。インナーのハーフジップのハイネックニットはアイボリーで、柔らかい色味は意外と佑士に似合ってる。
アウターは着ないみたいだけど、代わりに太めのざっくりとしたブラックのマフラーを手に持っていた。やっぱり寒そうだ。今日はダウンブルゾンを選んだ俺とは、きっと体感温度が違う。
というか、何着ても似合うな、こいつ。部屋着も普通におしゃれだけど、その時も当たり前にかっこいいし。
俺としては最大限に褒めたのに、何故か佑士は俺の服装と見比べて、焦ったように呟いた。
「もうちょっとラフな格好に変えてくる」
「なんでだよ」
ロゴ入りペールブルーのフーディーにジーンズじゃ、子供っぽすぎて釣り合わないとか言いたいのか。
これでもクローゼット内を引っかき回す勢いで悩んだのに。
「この感じだと兄貴と弟みたいに見えるだろ」
「……間違ってはないじゃん。俺が兄貴で、佑士が弟だけど」
佑士が言いたいのは、たぶんそういうことじゃないんだろうけど、あえてそう返してみた。
すると佑士は、俺の両肩をがしっと掴んで揺さぶった。
「違えだろ、言ったじゃねえか! ……デートだって」
蚊の鳴くような声音で発された最後の言葉を置き土産に、身をひるがえしてまた二階へ上がろうとする佑士を、俺は必死で引きとめた。かろうじて佑士のジャケットの裾を捕まえる。
「佑士、これ以上時間かかるとマジで遅れる!」
「いや、着替える」
「かっこいいから! 充分! ほら、年上の頼れる彼氏みたいで!」
覆水盆に返らず。
口に出してしまった言葉は取り消せない。
立ち止まってこちらを顧みた佑士のジャケットから手を放し、俺は意味もなく両手を顔の前で振り回した。
「こ、言葉の綾! だけど、かっこいいのと、頼れるっていうのは、本当にそう思ってる……から、そのままが、いい」
「……了解」
両親が不在で良かった。「篤士さんの休日出勤がないから、今日はおデートしてくるね。ふふふ」「うん、せっかくだから二人で過ごしたいんだ。埋め合わせの家族サービスはまた今度するからね、玲くん。佑士は嫌がっても強制連行するから」なんて臆面もなく口にする人たちだから、二人がいたら外で待ち合わせて合流する形になったと思うけど、だったらこんな恥ずかしいこと口走らなかったと思う。
なら、いてくれた方がましだったのか。
いや、どうなんだ。もしかしたら待ち合わせ場所で同じようなやり取りをして、公衆の面前で自爆する可能性も大いにある。
結論、家の中で良かったことにしておこう。
佑士の部屋の前だ。
二階には三部屋あって、一番階段側が俺、その隣が義父さんの趣味部屋兼客間、突き当たりが佑士の部屋になっている。
それにしてもあいつ、時間かかってるな。
約束してる時刻は十三時だから、あと五分ある。ただ、佑士は家族との食事なんかでも予定していた時間より早く出てくるのが普通だ。素材がいいからか、自分に似合う服を分かっているのか、その両方か。むしろ俺の方がみんなを待たせる側だ。
ちょうど時間になったから、控えめにノックしてみたところ、ドア越しに、
「悪い、あと二分!」
と切羽詰まった様子で叫ばれた。
仕方ない、リビングで待ってるか。
席を予約してるらしいから、映画館には遅れずに着きたいな。どうせならポップコーンも買いたい。
ソファーでだらだらしていたら、階段を駆け降りてくる足音がして、佑士が飛び込んできた。
「待たせた! 出られるか?」
「うん、俺は」
「本ッ当に悪い! 着る服は夜のうちに決めてたのに、直前でやっぱ違えなとか思っちまって……正直今も、正解引いたのか分かんねえ」
俺は佑士の姿を上から下まで眺めやった。
珍しく佑士が視線を逸らす。
「……気合い入れた」
「めっちゃイケてんじゃん。大人っぽい」
「……そうか?」
「大学生みたい」
オーバーサイズのダークグレーのテーラードジャケットと、同色のワイドパンツのセットアップ。インナーのハーフジップのハイネックニットはアイボリーで、柔らかい色味は意外と佑士に似合ってる。
アウターは着ないみたいだけど、代わりに太めのざっくりとしたブラックのマフラーを手に持っていた。やっぱり寒そうだ。今日はダウンブルゾンを選んだ俺とは、きっと体感温度が違う。
というか、何着ても似合うな、こいつ。部屋着も普通におしゃれだけど、その時も当たり前にかっこいいし。
俺としては最大限に褒めたのに、何故か佑士は俺の服装と見比べて、焦ったように呟いた。
「もうちょっとラフな格好に変えてくる」
「なんでだよ」
ロゴ入りペールブルーのフーディーにジーンズじゃ、子供っぽすぎて釣り合わないとか言いたいのか。
これでもクローゼット内を引っかき回す勢いで悩んだのに。
「この感じだと兄貴と弟みたいに見えるだろ」
「……間違ってはないじゃん。俺が兄貴で、佑士が弟だけど」
佑士が言いたいのは、たぶんそういうことじゃないんだろうけど、あえてそう返してみた。
すると佑士は、俺の両肩をがしっと掴んで揺さぶった。
「違えだろ、言ったじゃねえか! ……デートだって」
蚊の鳴くような声音で発された最後の言葉を置き土産に、身をひるがえしてまた二階へ上がろうとする佑士を、俺は必死で引きとめた。かろうじて佑士のジャケットの裾を捕まえる。
「佑士、これ以上時間かかるとマジで遅れる!」
「いや、着替える」
「かっこいいから! 充分! ほら、年上の頼れる彼氏みたいで!」
覆水盆に返らず。
口に出してしまった言葉は取り消せない。
立ち止まってこちらを顧みた佑士のジャケットから手を放し、俺は意味もなく両手を顔の前で振り回した。
「こ、言葉の綾! だけど、かっこいいのと、頼れるっていうのは、本当にそう思ってる……から、そのままが、いい」
「……了解」
両親が不在で良かった。「篤士さんの休日出勤がないから、今日はおデートしてくるね。ふふふ」「うん、せっかくだから二人で過ごしたいんだ。埋め合わせの家族サービスはまた今度するからね、玲くん。佑士は嫌がっても強制連行するから」なんて臆面もなく口にする人たちだから、二人がいたら外で待ち合わせて合流する形になったと思うけど、だったらこんな恥ずかしいこと口走らなかったと思う。
なら、いてくれた方がましだったのか。
いや、どうなんだ。もしかしたら待ち合わせ場所で同じようなやり取りをして、公衆の面前で自爆する可能性も大いにある。
結論、家の中で良かったことにしておこう。
